第24話:緊迫のカフェテラス
二〇〇八年三月、古谷、新庄、チャーリーは、FBIニューヨーク支局の小さな会議室と覆面パトカーを借りて捜査を続けていた。ニューヨークに来る機内でチャーリーが古谷と新庄に話したとおり、FBIの捜査協力は消極的だった。ニューヨークでは古谷と新庄に捜査権限は無く、オブザーバー的な位置づけで参加せざるを得なかった。捜査権限はチャーリー一人に託されていた。
午後になり三人は支局の近くのカフェテラスで昼食を取ることにした。三人は歩道に設置されたテーブル席に腰を下ろした。
チャーリーは席につくとジャケットのポケットからバランス栄養食を取り出しモソモソと食べ始めた。
新庄はニューヨークに来てから日本から持参したノートパソコンを片時も離さず熱心にKZプロモーションのサイトを閲覧していた。仲井戸の許可を得た上でKZプロモーションにユーザー登録を行い、登録後に閲覧できるすべての情報に目を通していた。ユーザー登録後に判明したことは、三人が追っているキラーゼロがKZプロモーション内でただ一人最上位に位置するSクラスの殺し屋ということだった。
「それにしてもチャーリーさんから聞いたこと驚きましたよ。まさか住崎麗香さんが復讐を依頼するなんて」
チャーリーは、征二に丈太郎を紹介した村野を情報源の一つとして連絡を取っていた。
「住崎製薬の神代副会長の話では住崎麗香さんと斎藤征二さんは経営学を学ぶために現在海外留学中だそうだ」
「やっぱりお金持ちって何事もお金で解決しちゃうんですかね?」
「もし俺が住崎麗香さんの立場だったら自分で復讐することを考えるかもな」
「酷い殺され方でしたからね……」
「相席いいかな?」
そう言うと男は三人の座るテーブル席の空いている椅子にどかっと座った。
「キ、キラーゼロ!」
新庄は思わず椅子から立ち上がった。
「いいからお前座ってろ」
キラーゼロは新庄の左肩を左手で掴むと新庄を強引に座らせた。
「あ、あ……」
新庄を椅子に座らせるわずかな時間の動作の中でキラーゼロは右手で新庄の腹部にナイフを刺していた。
チャーリーは咄嗟にジャケットの内側のショルダーホルスターから拳銃を抜くとキラーゼロに対して銃口を向けた。
「キャアーーー!」
拳銃を構えたチャーリーの姿を見た他のテーブルについていた女性客の悲鳴をきっかけに、周りの客たちは一斉に席を立ちカフェテラスから逃げていった。カフェテラスにいるのは古谷、新庄、チャーリー、キラーゼロの四人だけとなった。
「銃をしまえ。席から立つな。さて、ゆっくり会話を楽しもうか」
新庄のワイシャツの腹部は徐々に血で赤く染まっている。一刻も早く救急搬送しなければ命に関わる状況に陥っていた。
「手短にさっさと話せ!」
キラーゼロの向かいに座る古谷はキラーゼロを睨みつけて言い放った。
「お前らが使ってるダークウェブ用のブラウザのパスワードにはアルファベットの『K』が含まれてないだろ?」
キラーゼロの言うとおり古谷たちが使っているダークウェブ用のブラウザの二十桁のパスワードには『K』が含まれていなかった。
「パスワードに『K』が含まれていないブラウザにはスパイ機能が搭載されていてな、ブラウザ起動中はパソコンの設定を強制的に操作してパソコンの位置情報とマイクからの音声情報が取得できるんだ」
「なんだと?」
チャーリーは思わず声を上げた。
「だから、お前たちがブラウザを使い始めてからの『キラーゼロ対策室』だっけか、お前たちの組織の所在地や情報は丸わかりだよ」
「それを言いに来たのか? 他にも言いたいことがあるならさっさと話せ!」
古谷は声を荒らげた。新庄の息は荒くなり額には脂汗が滲んでいた。
「まあまあゆっくり話そうぜ。時間はたっぷりあるんだ」
「……、新庄の命が危ない。救急車を呼ばせてくれ。頼む」
「しょうがないな。いいよ。だけど警察やFBIは呼ぶなよ。ま、FBIは俺のためには動かないだろうけど」
チャーリーはすぐさま携帯電話で救急車の出動要請を行った。
「チャーリー、銃を構えたならすぐに撃てよ。俺を射殺するんだろ? お前たち二人ではボスは逮捕できないし、俺を射殺することもできない。さっさと日本に帰りな。仲井戸に『何の成果も得られなかった』って報告しな」
キラーゼロがそう言った直後銃声が響いた。新庄が渾身の力を振り絞って発砲した。しかし、キラーゼロは新庄が発砲する直前に銃身を左手で握りしめ銃口の向きを上に変えたため弾は上空に飛んでいった。
「ぼ、僕がいることを忘れるな……。お前は僕が必ず射殺してやる……」
そう言った直後、新庄は意識を失った。
「新庄! 新庄!」
古谷は思わず席を立って新庄に近寄って声をかけた。
「へぇ、日本の刑事はいい根性をしている。新庄の根性に敬意を表してそのナイフはプレゼントするよ。今度会うことがあったらその時は三人ともきっちり殺してやるよ。チャーリー、天国で娘と再会できるぞ。楽しみにしておけ」
「シットッ!」
キラーゼロは席を立つと、チャーリーの感情を逆撫でする内容を含めた捨て台詞を吐いてからその場を立ち去った。
「I will definitely kill him!(私が絶対にあいつを殺してやる!)」
チャーリーは英語で怒りの感情を顕にした。
キラーゼロが去ってからしばらくすると救急車のサイレン音が古谷たちのもとに近づいてきた。
その時、古谷の携帯電話に着信があった。電話は下嶋からだった。
「古谷さん、ダークウェブ用のブラウザの使用を今すぐ止めてください! ブラウザを使っている間、パソコンの位置情報と音声情報が送信されていることがわかりました!」
「それならついさっきキラーゼロから聞かされた。それよりも新庄がキラーゼロに刺された」
「な、なんやてぇ? 新庄の具合は?」
「意識を失っている。俺たちはこれから新庄と一緒に救急車で病院に向かう」
「ワイのミスや。すんません! すんません!」
「謝らなくていい。今は新庄の無事を祈ってくれ。もう切るぞ」
新庄がストレッチャーに乗せられ救急車に搬入された後、古谷とチャーリーも急いで救急車に乗り込んだ。
救急車のサイレンが徐々に遠ざかり、歩道に設置されたカフェテラスの席は無人の状態と化した。




