第22話:ひと時の安らぎ
訓練を始めて五ヶ月目を迎えた十二月下旬、この頃には麗香はアレックが見守る状況での一人での射撃訓練を許されていた。
麗香は熱心に訓練を続けていた。予備のマガジンも撃ち尽くしマガジンに弾を装填しているとアレックが近づいてきていることに気づきイヤーマフを外した。
「もう少し脇を絞ることを意識したほうがいい。少し休憩しないか?」
「そうね。少し休むわ」
「紅茶を飲むかい? 征二から君は紅茶が好きだと聞いたよ」
「ええ、いただくわ」
アレックはカウンターの奥に向かい紅茶を入れた。麗香はカウンターの席に座った。
しばらくするとアレックは紅茶の入ったステンレス製のマグカップを両手に持ってやって来て、片方のマグカップを麗香の手元にそっと置いた。
「洒落たティーカップは置いてなくてな。これで我慢してくれ」
「これで充分よ。ありがとう」
麗香は丈太郎から緊張感を維持するために訓練期間中に紅茶を飲むことを禁止されていた。アレックの入れた紅茶はティーバッグタイプのものだったが、久しぶりに飲む紅茶は麗香にとってとても美味しく感じられた。
「パンサーの訓練は厳しいかね?」
「ええ、とっても。ベッドに入ったらすぐに眠ってしまうわ。あっという間に翌朝になっているという感じです」
「そうか。今はまだ序の口といったところだ。これからもっと厳しくなるぞ。覚悟しておいたほうがいい」
「はい」
「クルツとグロックにはもう慣れたかい?」
「クルツにはまだ慣れないけれど『グロリア』には少しずつ慣れてきたような感じかしら」
「グロリア? 銃に名前をつけたのか?」
「ええ」
麗香は父の大吾が生前に観ていた戦争映画で登場人物が銃に名前をつけていたことを覚えていた。
「クルツには名前をつけないのか?」
「クルツはそのままの名前が似合っていると思うわ」
「君が使う銃は君にとっても愛されているな。こいつらも持ち主の思いにきっと応えてくれるはずさ」
「そうだといいけれど」
「銃と出会うこと、銃に触れること、銃を撃つこと、そんなことはこの世から無くなったほうがいいんだ」
アレックは後ろを振り返って壁にかけてある銃を見つめながら寂しげに言った。ベトナム戦争に出兵した経験のあるアレックの言葉には重みがあった。
「そうなったら俺は食い扶持を失うがね。でも銃がない争いがない世界ならなんとか暮らしていけるだろう」
「そんな世界に早くなったらいいのにね。復讐を遂げたら会社の会長として平和な世界を作るためのお手伝いをしたいわ」
「期待しているよ、会長さん」
「はい。紅茶ありがとう。もう少し練習するわ」
「ああ、またごちそうしてやるよ。あまり根を詰めるなよ」
麗香はレーンに戻るとグロックにマガジンを装填しターゲットに向かって四発の弾丸を撃ち込んだ。四発のうちの一発は見事にターゲットの中心を貫いていた。




