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第20話:志の刀と魔法のナイフ

 十月、丈太郎のログハウスに征二を訪ねてきた日本人の男女の姿があった。

『Is there a Seiji Saito here?(こちらに斎藤征二さんはいらっしゃいますか?)』

 女性はログハウスの前で薪を割っているボビーに声をかけた。

「僕日本語話せるよ。征二さんはいるけど、あなたたちはどなたですか?」

「私は門脇貴理子(かどわききりこ)、こっちのじいちゃんが門脇徹心(かどわきてっしん)。斎藤さんに頼まれた物を届けに来ました」

「そうなの。征二さんはログハウスにいるよ。中に入って」

 ボビーに案内されて二人はログハウスの中に入った。

 征二はキッチンで夕食の支度していた。

「征二さん、お客さんだよ」

「久しぶりだの、征二」

「門脇さんですか? お久しぶりです。どうしてこちらへ?」

 征二は夕食の支度の手を止め徹心と貴理子のいるリビングに向かった。麗香、丈太郎、ボビーもリビングに集まった。

「どうしたも、こうしたも、お前さんに頼まれた物を持ってきたんだよ」

「わざわざお持ちいただくために日本からいらっしゃったのですか?」

「いや、こっちでお前に頼まれた物を作るためだ」

「なぜそのようなことを? 日本からお送りいただければ良かったのに」

「日本刀を海外に持ち出すには許可や温度と湿度の管理が大変でな。こっちにいる知り合いの鍛錬所を借りて作ったほうが手っ取り早いんだよ」

 徹心の言うとおり、日本刀を日本から海外に持ち出すのは手間がかかることだった。まず、文化庁に持ち出す刀が文化財扱いにならない普通の美術刀剣であることを証明してもらい、海外持ち出し許可証を発行してもらう必要がある。この時、刀に付いている登録証は抹消される。許可が得られれば海外に持ち出せるが、温度や湿度の変化などで白鞘(しろさや)の場合だと(ゆが)んだり割れることがありえる。特に湿度の変化には敏感なので細心の注意が必要となる。

「それと、(わし)は三年前に引退してな、十七代目は孫の貴理子が継いだ。儂はもう日本では刀が作れんのだよ」

「私がご連絡した時になぜそのことをおっしゃらなかったのですか?」

「なぜってあんたの覚悟に応えるためさ。あんた、住崎夫婦とメイドさんの仇を取るつもりだろ? それと、美術品ではなく武器としての刀を作りたかったという刀匠(とうしょう)としての気持ちもあってな。貴理子、征二に刀を見せてやってくれ」

「はい」

 貴理子は、刀袋(かたなぶくろ)から刀を取り出し征二に見せた。

「この刀は……」

刀身(とうしん)玉鋼(たまはがね)を使ったが、拵え(こしらえ)はコンバットナイフを参考にして、(つば)はチタン製、(つか)はクレイトン、(さや)はカイデックスという素材を使った。美術刀剣としての装飾を一切排除して武器としての機能性を追求した一振り(ひとふり)だ。征二、持ってみろ」

 征二は徹心に促されて刀を手にした。

「軽い……」

 柄には滑り止めの凹凸が加工されていた。柄に使われているクレイトンは、工具のハンドルやグリップなどに使われる強度の高い素材である。

「さすが十六代目門脇。惚れ惚れ(ほれぼれ)するほどの逸品です」

「儂が鍛刀した最後の一振りだ。切れ味は保証する」

「門脇さん、この刀の刀銘(かたなめい)は何というのですか?」

「『斎藤征二カスタム』はどうかな?」

「刀の名前っぽくないな」

 丈太郎が口を挟んだ。

「冗談だよ。こいつの刀銘は『志貫石割桜(しかんいしわりざくら)』。儂の名前ではなくあんたの剣術の流派の名と桜の名前をつけた。あんたは桜が好きだったよな」

 石割桜とは、岩手県盛岡市にある花崗岩の割れ目から育った一本桜の名前である。

「征二さんはなんて言う流派に属してるんだ?」

「斎藤は志貫一刀流(しかんいっとうりゅう)の免許皆伝の実力を持っているのよ」

「極道に身を落とした時に流派からは除籍されましたけどね。門脇さん、本当にありがとうございます。大事に使わせていただきます」

「大事に扱うのは戦いの前と後でいい。戦いの時に大事に使っていたら戦いには勝てんぞ」

「はい、肝に銘じておきます」

 貴理子は刀を眺めていた麗香のことを見つめていた。

「ねぇ、少しの間彼女と出かけてもいいかな?」

「かまわんがどこに行くんだ?」

 丈太郎は貴理子の問いに答えつつ質問した。

「ここらへんをツーリングしてくるわ」

 徹心と貴理子はアレックの射撃場まで貴理子が運転するオートバイで来ていた。

 麗香と貴理子は射撃場の駐車場に停めてある貴理子のオートバイのもとに向かった。

「このバイクを貴理子さんが運転してきたんですか?」

「そうよ」

 貴理子のオートバイは、排気量千五百ccを越える大型のアメリカンバイクだった。麗香は自分の身長百五十七センチよりわずかに高いくらいの小柄な体つきの貴理子が運転していることに驚いた。

「後ろに乗って」

「はい」

 貴理子のオートバイは麗香を後ろに乗せてゆっくりと走り出した。

「貴理子が戻ってきたら儂たちは帰るよ」

「ここまで来るのに疲れたでしょう。部屋は空いてるから泊まっていってくださいよ」

 丈太郎は徹心に泊まっていくよう勧めた。

「いや、行きたい所があってな。今日のうちに帰るよ」

「行きたい所とはどこなのですか?」

 征二は徹心に問いかけた。

「ラスベガスだ。征二からもらった刀の代金を軍資金にして遊ぶつもりだ。十月ともなればラスベガスも過ごしやすい気温になるからな。少し滞在する予定だ」

「大損しないように気をつけてくださいね」

 征二は徹心のこと案じて注意を促した。徹心はギャンブルに熱中するタイプだったからだ。

 貴理子と麗香は射撃場の周辺を走った後、射撃場近くのコンロー湖の(ほと)りでオートバイを停めてしばし休息を取っていた。

「どう? バイクに乗って気持ちよかった?」

「はい」

 麗香はオートバイに乗っている時、復讐のことを考えず風の心地よさを全身で感じていた。

「あなたのその髪型から察すると、復讐するための覚悟として丸坊主にして女を捨てたといったところかしら?」

「はい」

 貴理子は徹心から刀を作る理由が復讐のためであることを聞かされていた。麗香の髪の毛は八月に丸坊主にした時から二センチほど伸びていた。

「私もじいちゃんに弟子入りする時に『女を捨てて修行に励む』と言ったの。その後じいちゃんがなんて言ったと思う?」

「さぁ? 『よく言った』とかかしら?」

「『女を捨てるなんて言ってるようじゃ技術は習得できん。そんなことで技術が習得できるなら儂はとっくに男を捨ててるよ』って言われたわ」

「そうなんですか」

「あなたは女よ。女を捨てるのではなく、女であることを武器にしなさい。色仕掛けができるようになるにはあと十年はかかりそうだけどね」

 貴理子の言葉を聞いて麗香は張り詰めていた心に優しい光が差し込んだように感じた。

「これ、あなたにあげる」

 貴理子はカーゴパンツの太もものポケットからナイフケースに仕舞われたナイフを麗香に差し出した。

「これは……。綺麗なナイフ……」

「これ私が最初に作ったナイフなの。名付けて『魔法のナイフ』。あなたと一緒に戦うことはできないけどお守りがわりにして」

「貴理子さん、ありがとうございます。大事にします」

「戦いの時に大事に使っていたら戦いには勝てないわよ」

 貴理子は徹心と同じような言葉を口にした。

「さぁ、そろそろ戻ろうか?」

「はい」

 二人はコンロー湖を後にして射撃場に戻っていった。湖面には夕日の暖かな色が映っていた。

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