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第19話:ギフテッド

 九月二十八日金曜日。夕食後、麗香はダイニングルームで分厚い英語で書かれた本をパラパラとめくり続けていた。

「麗香、お前さっきから何してんの?」

 それを向かいの席に座って見ていた丈太郎が声をかけた。

「読書よ。見ればわかるでしょ」

「俺にはページをパラパラめくっているようにしか見えないんだが、それで本に書かれている内容が頭に入るのか?」

「ええ。一度読めば八割くらいは頭に入るわ」

「マジかよ。ところで何の本を読んでるんだ?」

「アーネスト・ヒルガードと、リチャード・C・アトキンソンによる心理学の入門書。心理学の世界においては名著だそうよ」

「心理学を学ぶことは復讐に何かつながるのか?」

「心理学を学べば他人の心理がわかるようになるじゃない。ケインはせっかちで自己顕示欲が強い奴。心理学を学ばなくても初めて会った時の言葉や態度にはっきりと現れていたわ。ケインは利口だと思うけど賢くはないわね。私が殺し屋に依頼するのなら自分の素性は決して明かさないもの」

「確かにそりゃそうだ」

「ねぇ丈太郎、今私がやっている訓練はいつまで続けるの? もっと実戦的な訓練をしてくれないかしら?」

「まだだ。今は体力作りが重要だ。射撃の腕が少し上達からって調子に乗るな。自衛隊員だって六ヶ月の教育期間が必要なんだ」

「そうなの」

「お前には自衛隊員の精鋭でも音を上げるレンジャー訓練に近い訓練をさせる。六ヶ月後、並の自衛隊員の能力を身に付けてるだけではダメだ。ボビーまでとは言わないがそれなりの能力を身に付けさせる」

 二〇〇七年時点において自衛隊では女性隊員に対するレンジャー訓練を行っていない。丈太郎の言うとおりレンジャー訓練は優れた男性隊員でも音を上げるほど過酷な訓練である。

「今日はもう寝ろ。夜更かしすると明日に響くぞ」

「わ、了解しました」

 麗香は先日丈太郎に指示されてから意識して「了解しました」という返事を使っていた。

 丈太郎に返事をすると麗香は二階の寝室に向かった。


 しばらくすると風呂から上がった征二がダイニングルームにやって来た。征二は常に最後に風呂に入るようにしていた。征二も射撃場に来てからは麗香と同様に訓練を受けており、これまでの執事としての仕事はほとんどしていなかった。現在麗香の訓練は丈太郎が行い、征二の訓練はボビーが行っている。

「征二さん、普段から体を鍛えていたみたいですね。ボビーが征二さんの体力に驚いていましたよ」

「執事の仕事は見た目によらず体力も必要な仕事ですから。主より先に起きて主が寝てから寝るのが当たり前の仕事です」

「そっか。結構大変なんですね。ところで麗香は何かスポーツをやっていたんですか?」

「麗香様は小学生時代クラシックバレエと器械体操をなさっていました。シカゴ大学に進学されてからはテニスをなさっていましたね」

「なるほど。クラシックバレエに器械体操か。柔軟さと基礎体力を身に付けているのか。だからこの一、二週間で体力面の訓練で音を上げなくなってきたのか。それにしてもシカゴ大学に飛び級で進学して首席で卒業するとは、麗香は『ギフテッド』ってやつなんですか?」

「ギフテッド」とは、同世代の子どもと比べても並外れた成果を出せるほどの突出した才能を持つ子どものことであると定義されている。

「そうなのかもしれません。一般的には一歳三~四ヶ月で約九十%近くの赤ん坊がしゃべれるようになるそうですが、麗香様は二歳になっても一言もしゃべれませんでした。しかし、二歳の冬に急に高熱を出し、大吾様の治療によって熱が下がってからすぐに言葉をしゃべるようになりました。麗香様の能力が垣間見えるようになったのはその頃からです。ただ……」

「ただ? 麗香は何か問題を抱えているんですか?」

「問題と言うほどではないと思うのですが、麗香様は並外れた知能をお持ちですが、怒りと悲しみの感情をコントロールすることが苦手です。これまでの生活で怒ることと悲しむことがほとんど無かったことが影響しているのかもしれません」

「感情のコントロールが苦手なのか……」

 征二から麗香に関することを聞いた丈太郎はわずかに表情が曇った。

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