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第17話:最初の試練

 ログハウスのダイニングで昼食を食べ終えると麗香、征二、ボビーは、丈太郎に地下室の入口まで案内された。

 丈太郎は地下室の鉄製の重いドアを開けた。入口の明かりが室内を照らしたが、部屋の奥までうかがい知ることはできなかった。

「麗香、中に入れ」

 麗香は丈太郎に促されて部屋の中に入った。その直後、丈太郎はドアを閉めて外側から鍵をかけた。麗香のいる部屋は暗闇に包まれた。

 麗香は照明のスイッチを探したが、見当たらないことに気づくとドアを叩き部屋の外の丈太郎に声をかけた。

「ちょっと、丈太郎、開けてよ。真っ暗で何も見えないわ。早く開けてよ!」

「麗香、お前には短期間で俺たちの世界に慣れてもらう。そのためにはまずお前のお嬢様気質を取り除く。これがさっき話した『毒抜き』だ」

「何よそれ? 早くドアを開けてよ! 早くぅ!」

「いや、お前のお嬢様気質が抜けるまで出すわけにはいかない」

「こんなことをして何の意味があるの? 早く私に戦う術を教えてよ!」

「これはお前に戦う術を教えるための最初の試練だ。つべこべ言うな!」

「丈さん、これはやりすぎではないですか?」

「いや、温室育ちの麗香に短期間でハングリー精神と闘争本能を芽生えさせるにはこの方法が手っ取り早い。俺もやりたくはないけどね」

 丈太郎、ボビー、征二が地下室の入口を後にしてから一時間ほど麗香はドアを叩きながら叫び続けた。叫ぶのをやめると室内はしんと静まりかえった。室内は換気はされているようだが蒸し暑く、麗香の肌には汗がにじんでいた。

 麗香は両手で探りながら室内を調べた。ドアには食事の差入口があるが外側から鍵がかけられているようだった。壁に突き当たり目を凝らしてよく見てみると、壁は黒一色で塗られていることがわかった。室内には間仕切りのないトイレと、洗面台が設置されていることがわかったが、それ以外の設備はまったく無かった。

 叫び続けたことと蒸し暑さによって喉が乾いた麗香は洗面台の蛇口をひねり水を飲もうとした。しかし、蛇口を目一杯(めいっぱい)ひねっても水はポタポタと落ちる程度しか出てこなかった。麗香は時間をかけて両手に貯まった水を飲んだ。

「なにこの水、不味い……」

 普段浄水器で浄水された水やミネラルウォーターを飲んでいる麗香にとって飲み慣れない水道水はとても不味く感じられた。

 地下室に向かう前に丈太郎から腕時計を外すように指示されていたため、地下室に入ってからどれだけ時間がたったのか知ることができなかった。徐々に増していく空腹感を洗面台の蛇口から出るわずかな水で紛らわした。

「丈太郎! 聞いているんでしょ? お腹が空いて我慢できないわ。何か食べ物をちょうだい! お願い、食べ物をちょうだい!」

 その日の夜、麗香は空腹に耐えかねて再びドアを叩きながら叫んだ。

 しかし、いくら叫んでも部屋の外からは誰の返事もなく、叫び疲れた麗香は空腹を我慢して眠りについた。


「麗香、飯だ」

 麗香が地下室に入ってから二日後の昼、ドアの差入口から料理が差し入れられた。麗香はすぐさまドアににじり寄った。

「じょ、丈太郎、明かりをつけてよ。真っ暗じゃ食べられないわ。それにナイフとフォークが無いじゃない」

「今日の料理は手づかみで食べられるからナイフとフォークは必要ない。明かりはつけないほうがお前のためだ」

 麗香は恐る恐る差し入れられた料理に触れてみた。料理はロープよりも太い細長い形をしていた。

「なにこれ? ソーセージ? それにしてはくねくね曲がっているわね……」

「焼いた蛇だ。皮を剥いで内蔵は捨ててある。残さず食え」

「ふざけないでよ! 蛇なんて食べられるわけないでしょ! ちゃんとした料理を持ってきてよ!」

「それじゃあ食べなくていい。次の食事まで我慢してもらうことになる」

「次の食事はいつなの?」

「さぁ? 二日後か、四日後か。俺の気分次第だ」

「これってただの虐待じゃない! さっさとここから出しなさいよ!」

「この試練に耐えられないようじゃ復讐なんてできないよ。麗香、両親の仇を取りたいんだろ? お前の覚悟とやらはこの程度の試練にも絶えられないものなのか?」

 丈太郎の言葉を聞いて麗香はしばらく口をつぐんだ。

「た、食べるわよ! 食べればいいんでしょ!」

 言葉とは裏腹に麗香の空腹感は限界に達していた。

 一口目を食べるまで躊躇したが、一口食べてみて鶏肉に近い味だとわかると麗香は貪るように蛇を食べた。麗香は食べ終えた後、はしたないとは思いつつも丈太郎が食器を取りに来るまで蛇の骨をしゃぶっていた。

 差し入れられた料理は大食いの麗香の食欲を満たす量には程遠いわずかな量で、食べたことによって麗香の空腹感はより一層強くなった。

 地下にはドアを叩く音と麗香の叫ぶ声が断続的に繰り返された。

 空腹感と沈黙と蒸し暑さが麗香の思考と体力を徐々に削り取っていった。


 麗香が地下室に入ってから四日後の昼、再び食事が差し入れられた。

「今日の料理はなに?」

「今日はカエルの足の唐揚げだ」

「カエルね……。私をゲテモノ食いにさせる気?」

「嫌なら食べなくてもかまわ――」

 丈太郎が言い終えるのを待たずに麗香はカエルの唐揚げを黙々と食べ始めた。麗香はカエルの唐揚げが盛り付けられていた皿を舐め、二日目の食事と同様に骨をしゃぶった。

 その後、食器を取りに来た丈太郎に食器を返すと、麗香は力なく壁に背中を預けて座り込んだ。

 蒸し暑い地下室に閉じ込められて四日が過ぎ、麗香は自分の体から放たれる汗臭い匂いに不快感を募らせていた。


 麗香が地下室に入ってから七日後、麗香は洗面台の蛇口からポタポタ落ちる水を飲み続け飢えをしのいでいた。汗をかいた体の不快感は、半袖シャツの袖を破いて水に浸して拭くことで紛らわしていた。

 丈太郎が食事を差し入れると、麗香は何も聞かずムシャムシャと食べた。料理はカエルの足の唐揚げで、四日目に差し入れられた量の半分ほどだった。

 料理を食べ終えると麗香はゆっくりと壁際に歩み寄り、壁に背中を預けた後ズルズルと座り込んだ。

「こんな思いをするのは誰のせい? ケインとキラーゼロのせい……」

「ケインとキラーゼロって何者? お父様とお母様を殺した奴ら……」

「そいつらに私は何がしたいの? お父様とお母様の仇を取るの……」

 七日目になるとドアを叩いたり叫ぶ気力はなく、麗香はか細い声で同じ言葉を繰り返していた。


 麗香が地下室に入ってから十一日後の昼、ようやく地下室の室内の照明がつけられドアが開いた。

 麗香は壁に持たれて座り込み頭を下げて目を閉じていた。地下室に入った初日に比べると見るからにやせ細っていた。

「麗香、よく頑張った。毒抜きは終わりだ」

 丈太郎は麗香のもとに歩み寄り膝をつくと、麗香にペットボトルに入ったスポーツ飲料を飲ませた。水道水ではない液体が口に入ってきたことがわかると、麗香は目を開いて丈太郎の手からペットボトルを奪い取りゴクゴクと喉を鳴らして飲んだ。

「立てるか?」

 丈太郎は麗香を立たせるために手を貸してやった。麗香は立つのがやっとの状態で階段を上って一階に行くことは難しかった。

「しょうがねぇな」

 丈太郎は麗香を抱き上げて階段に向かった。

「ところでお前、トイレの水飲んだか?」

「ふ、ふざけないでよ……。トイレの水なんて飲むわけないでしょ……」

「極限まで追い詰められたら俺たちは泥水でも飲むぞ。お前のお嬢様気質は筋金入りみたいだな」

「お父様とお母様は優しかったけど、甘やかされて育ったわけではないわ」

「そうか。窮地に陥ったら泥水をすすってでも生き延びろ。わかったな?」

「わかったわ」

「絶対両親の仇を取ろうな」

「ええ」

 一階のダイニングでは昼食の準備がされていた。丈太郎が麗香を椅子に座らせると麗香は何も言わず料理を食べ始めた。

 麗香は終始無言で食べ続けた。食べた量は普段の二倍の量で、約一万二千キロカロリー分、成人男性の五~六人分の量を一人で食べていた。

 料理を食べ終えた麗香は満腹感と安堵から椅子に座ったまま眠ってしまった。丈太郎は麗香の頭をそっとなでてやった後、椅子から抱き上げて二階の寝室に連れて行きベッドに寝かせてやった。

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