第15話:チャーリーの執念
八月二十日月曜日、古谷と新庄とチャーリーは羽田国際空港から午前十時四十分出発のジョン・F・ケネディ国際空港行きの飛行機に搭乗した。
羽田国際空港を出発してから約一時間半が過ぎた頃、キャビンアテンダントたちが乗客に機内食を配り始めた。
「お食事はビーフとチキン、どちらになさいますか?」
「僕はビーフで。古谷さんとチャーリーさんはどちらにしますか?」
「俺もビーフで」
「私はいりません。お水をお願いします」
「かしこまりました」
古谷と新庄に機内食が提供され、チャーリーにはペットボトルのミネラルウォーターが提供された。
チャーリーは、スーツのポケットからバランス栄養食を取り出すとゆっくりと食べ始めた。
「チャーリーさんっていつもバランス栄養食を食べてますね。肉とか魚とか野菜とか食べないんですか?」
「私はキラーゼロを仕留めるまでバランス栄養食と水しか口にしないと決めています」
「いくらバランス栄養食と言っても栄養が偏っちゃう気がするなぁ」
「新庄、人それぞれルールやポリシーというものがある。そういうことに対して他人は口を挟むべきじゃない」
「はい。すいません」
その後、三人は黙々と食事をとった。
「チャーリーさん、二つ質問があるんですけどいいですか?」
「いいですよ。どんな質問ですか?」
「一つ目は、僕たちが渡米する理由です。ケインもキラーゼロもアメリカにいるならFBIと警察が捜査するんじゃないですか? 僕たちがアメリカに行っても捜査権限が無いじゃないですか。もう一つは、チャーリーさんのことです。口にする食べ物や飲み物を制限してまでキラーゼロの捜査をする理由って何なんですか?」
「……まず一つ目の質問にお答えします。私たちの追っているキラーゼロの捜査に対してFBIが主導で捜査することも私たちに積極的に協力することもありません。アメリカでもキラーゼロの捜査はこれまでどおり私たちだけだと思っていただいたほうがよろしいかと思います」
「なぜFBIは今回の捜査に対して消極的なんですか?」
「それはケイン・ロジャースの持つ社会的権力と、キラーゼロの残忍さによるものです。ケイン・ロジャースは政界とも太いパイプを持つ人物です。下手に逮捕や事情聴取などを行うと、不当だ、誤認だと訴えFBI長官を解任に追いやることもできるのです。FBI長官を解任させるということは、大統領に働きかけることができるということなのです」
「ただの会社の社長じゃないってことか……」
古谷はポツリとつぶやいた。
「もう一つの質問の答えですが、私たちの追っているキラーゼロを仕留めるということは、前FBI副長官が直々に私に依頼したことなのです」
「チャーリー、前FBI副長官が君に直々に捜査を依頼した経緯を教えてくれないか?」
「はい。捜査のきっかけは三年前の二〇〇四年の十一月二十九日に遡ります。その日、FBI本部にUSBメモリに保存された重要なプログラムと、プログラムを起動させるためのパスワードを記憶した女性が護送されることになっていました。私はFBI本部のエントランスで護送に同行したボディガードから彼女の身柄を引き取り、コンピュータルームに連れていくというのが任務でした。ボディガードは『パンサー』というコードネームで活動している傭兵でした。パンサーから連絡が入るまで護送は何事もなく進行していました」
「そのパンサーからの連絡はどんな内容だったのですか?」
「護送している女性が男にナイフで刺されたとのことでした。その後の調査でナイフで刺した男が私たちの追っているキラーゼロだとわかりました」
「その後はどうなったんですか?」
「彼女は重傷を負いつつもコンピュータルームでパスワードを入力してプログラムを起動させました。プログラムの起動を確認すると彼女は息を引き取りました。その直後、世界屈指の傭兵と呼ばれる屈強な男が、彼女の体を抱きかかえて幼子のように泣きじゃくりながら『こいつを刺した奴を捕まえてくれ! 早く捕まえてくれ!』と何度も叫びました」
「僕たちの追っているキラーゼロは、世界屈指の傭兵でも歯が立たないということですか?」
「彼の話によると男からはまったく殺気が感じられなかったそうです」
「だが、プログラムは起動させることができた。キラーゼロは任務を失敗したことになるんじゃないか?」
「いえ、プログラムを起動した直後、コンピュータルームのメインコンピュータがコンピュータウイルスに感染しました。プログラムを起動させる前にスタンドアロンのコンピュータで複数のウイルスチェックソフトでチェックしたにもかかわらずです。コンピュータウイルスはプログラムを起動させると発動するものでした」
「キラーゼロが彼女を刺したのはプログラムの重要性を演出するためだったのか」
「はい。その後、前FBI副長官は殺人とサイバー犯罪の両面での捜査にあたるよう命令しました。命令してから五日後、前副長官の自宅に孫の写真とメモ書きが同封された封筒が届きました。メモ書きには『これ以上キラーゼロの捜査をするな』と書かれていました」
「警察庁長官の自宅に届いた封筒と同じ手口じゃないですか」
「前副長官は脅迫に屈することなくこれまで以上に捜査員を増員しての捜査続行を命令しました。しかし、命令してから十日後、前副長官の孫は遺体で発見されました」
「ひでぇな……」
「前副長官はそのことがきっかけになり副長官の座を辞任しました。その後私に遺書を残して自ら命を絶ちました」
「チャーリーさんは前副長官と特別な関係にあったんですか?」
新庄が質問した。
「前副長官は私の義理の父親にあたります。前副長官の孫は私の娘です。娘の仇を取る。これが私のキラーゼロを仕留める理由です」
チャーリーは終始冷静な口調で話した。古谷と新庄はチャーリーの話を聞いて言葉を失った。
その後、ジョン・F・ケネディ国際空港に着くまで三人が言葉を交わすことはなかった。




