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第14話:しとやかな宣戦布告

「CAさん、ワインお替わりください」

「かしこまりました」

 麗香と征二が丈太郎のバーを訪ねてから二日後の八月十九日日曜日午後十二時、麗香、征二、丈太郎、ボビーの四人は、羽田国際空港から離陸した村野が手配したプライベートジェット機ガルフストリームG400に乗りアメリカに向かっていた。

「ボビー、お前飲み過ぎだぞ」

「固いこと言わないでよ、丈太郎。ファーストクラスどころかプライベートジェットよ。めったに乗れるものじゃないもの。僕たちの移動と言ったらいつも輸送機の固いシートじゃない」

 ボビーは大柄で筋肉質な見た目に不釣り合いな物腰の柔らかい日本語を話す。日本語は以前付き合っていた日本人女性から教えてもらったため言葉のそこかしこに女性らしさが伺えた。

「すいません、ステーキのお替わりをいただけないかしら」

 麗香がキャビンアテンダントに注文した。

 麗香の出で立ちはこれまでのワンピースやスカートから半袖シャツにジーンズというボーイッシュなものに変わっていた。

 麗香の坊主頭を初めて見た時の丈太郎とボビーの反応は特に何も無かった。むしろ戦士の彼らにしてみれば、これから戦闘訓練を行う者が坊主頭にすることは男性であれば当たり前と言えることだった。しかし、二人は麗香の並々ならぬ決意は感じ取っていた。

「麗香、お前も食い過ぎだぞ。これで三枚目だぞ。お前の小さな体のどこに食ったものが入っていくんだ?」

「今日はあまり食欲がありませんわ」

「はぁ?」

「丈太郎様、麗香様はいわゆる大食いでして。普段であれば五枚はお食べになるかと思います」

「どんな胃袋してるんだよ。まぁいい。これからはしばらく食えなくなるからな。それよりも俺たちの呼び方を決めないか。丈太郎様っていうのはどうもこそばゆい。俺たちの呼び方は丈太郎とボビーでいい。二人のことは麗香と征二さんでいいかな?」

「私はかまわないわ」

 麗香が答えた。

「私はいささかお二人の呼び方に抵抗があります。そうですね、丈さん、ボビーさんでよろしいでしょうか?」

「それでかまわないよ。なぁ、ボビー」

「いいよ~、征二さぁ~ん」

「ダメだ、完全にでき上がってやがる……」


「斎藤、ケイン・ロジャースのところに電話をかけてください」

 麗香は食事を済ませると征二に電話をかけるように指示した。

「はい。麗香様、何をお話しなさるおつもりですか?」

「住崎製薬の会長として先日の話に対する回答を伝えます」

「かしこまりました」

 麗香は九月からシカゴ大学の大学院への進学が決まっていたが、住崎製薬の会長に就任したことと、ケインとキラーゼロに復讐するために進学を取り止めていた。

 征二はケイン宛てに機内電話で電話をかけると、麗香にそっと受話器を手渡した。

『住崎麗香です。夜分遅くのお電話失礼いたします』

『おお、麗香会長、お気持ちは決まりましたか?』

『あなたの言うとおり、今の私では企業の経営はずぶの素人ですわ。そこで私は考えました』

『と、おっしゃいますと、私に株式をお譲りいただけるのですか?』

『ええ。ただし、条件が二つあります。株式の譲渡は一年後、お父様とお母様の一周忌を終えてからにさせてください。そしてもう一つの条件は、一年後あなたがもし生きていたらということで』

『なにやらその口ぶりでは一年後私が死んでいるように聞こえますね』

『人の命なんて明日どころか一秒後もどうなっているかわかりませんもの。あなたの命も私の命も。あなたの命を狙う輩は少なくないのではないですか?』

『さぁどうですかね。株式の譲渡、もっと早くしていただけませんか? ビジネスはスピードが肝心ですから。改めてお話に伺いましょうか?』

『いえ、今私は日本におりませんから。私は経営学を学ぶために留学することにしました。留学中の弊社のことはすべて神代に任せてあります。あなたの話には一切耳を貸すなと伝えてあります』

『麗香会長の留学先はどちらなんですか?』

『身内でもないあなたに教える必要はありませんわ。教えたら留学先にまで顔を見せるおつもりでしょう? 少なくともアメリカではありません。あなたが生活している国に足を踏み入れたくありませんから』

『私はかなり嫌われているようですね』

『一年後、お互いに生きていたらお会いしましょう。それまでごきげんよう』

 そう言うと麗香は電話を切った。受話器を持つ麗香の手はかすかに震えていた。

「麗香様、住崎製薬の株式を本当にケインに譲渡するおつもりなのですか?」

「そのつもりはまったくありません。買収を阻止する方法はすでに考えてあります。来たるべき時に実行に移します」

「麗香、さっきの電話でケインから身をくらませたと思うか? 搭乗者名簿を確認できないとしても、奴なら入国管理局に問い合わせて入国確認をするかもしれないぞ」

「居場所がバレてしまったらその時はその時で。アメリカに到着したら私にかまっている暇が無くなるほどケインの周辺を忙しくさせます」

 麗香はすでに腹をくくり、今の自分ができる撹乱方法を考えていた。


「プランAからプランBに切り替えたのは失敗だったかもしれないな……」

 ケインはため息混じりにつぶやいた。

 ケインの言うプランAとは、麗香を人質にとり身代金として大吾と真理子の所有する住崎製薬の株式を奪い取るという方法だった。

 しかし、麗香がシカゴ大学を卒業した後、旅行に出かけ行方がわからなくなってしまい、仕方なく大吾と真理子を殺害後、二人の遺産を相続した者から株式を譲渡させるというプランBに作戦を変更していた。

 ケインは、モルヒネの製薬について国からの許可を得ている住崎製薬を買収することにより、アメリカ国内でのモルヒネの密売を計画していた。モルヒネとは、癌性疼痛をはじめとした各種の疾病や外傷による疼痛を緩和する目的で使用される医療用麻薬である。モルヒネは代表的な麻薬であるヘロインの材料でもある。

「キラーゼロ、住崎麗香を見つけ出して私のところに連れて来い。私の裏の部下たちを使ってもかまわん。私のほうから話は付けておく」

「わかった」

 ケインの言う「裏の部下たち」とは、ケインが個人的に関係を築いたマフィアの手下たちを指していた。

 こうして、麗香とケインの水面下での戦いは静かに幕を開けた。

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