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第12話:小さな灯火

「麗香様! 何をおっしゃるのですか!」

 征二は語気を荒らげた。

「四十億円、彼らに復讐していただけるのであればそれ以上でもお支払いします」

 丈太郎は、目を閉じ腕を組んでしばらくしてから口を開いた。

「気に入らない。復讐ということならいくら金を積まれてもこの話俺たちは受けない。あんた勝手に死んでくれ」

「どうして? お金はいくらでもお支払いすると言っているじゃないですか?」

「それが気に入らない」

「何が気に入らないの? 正直におっしゃってください」

 丈太郎はゆっくりと目を開けた。

「ボビーが提示した金額の意味がわかるか? ボビーが提示した金額は自分の死を覚悟した上での金額だ。俺はかつて傭兵として金で雇われて戦っていた。でもな、どんな依頼も引き受けてきたわけじゃない。依頼を受けるにはどんなに報酬が安くても命を懸ける意味があった。お前が俺たちに提示している金はお前が稼いだ金なのか? 両親が汗水たらして働いて稼いだ金じゃないのか? お前、俺たちの命を金で買えると思ってるのか? 俺たちは命を懸ける意味というのを重く考えている。例えお前に両親が稼いだ金をいくら積まれようとも、俺たちは自ら働いて豚の貯金箱に貯めた金を払う奴の方を選ぶぞ」

「わ、私はあなたのように強くない! 力を持たない私は力を持つあなたたちにすがるしか無いでしょう!」

「復讐を他人に頼るなら簡単に口にできるさ。お前自身に復讐する覚悟があるのか? ボビーや俺が敵を追い詰めても息の根を止めることができなかった時、お前は自らの手を汚して敵の息の根を止めることができるのか?」

「麗香様に人を殺めることはさせません! その時は私が麗香様に代わって息の根を止めます」

「斎藤さん、そういう問題じゃない。彼女自身の覚悟の問題だ」

「お父様とお母様を殺した奴に復讐したい。その思いだけじゃいけないの?」

「ダメだ。復讐なんて言葉を簡単に使うな」

「キラーゼロとケインを殺したい……。八つ裂きにしてやりたい……」

 麗香は声を絞り出すようにして口にした。

「もっとだ。言葉を選ぶな。腹の中に抱えている思いをストレートに口にしろ!」

 丈太郎は麗香に怒鳴(どな)った。

「や、奴らを殺したい! お父様とお母様が味わった苦痛を奴らに味あわせてやりたい! 奴らにありとあらゆる苦痛を味あわせてから殺してやりたい!」

 麗香は握りしめた両手を震わせながら顔を歪めて叫んだ。

「それだけか? それだけなのか? もっとだ! もっとだよ!」

 丈太郎はなおも大声で麗香に怒鳴った。

「……私が、私がぁ、奴らを必ず殺してやるぅ!」

 麗香は溢れる涙をそのままに乱れた息で大声で叫んだ。麗香がこれほどまで興奮している様を征二は初めて目にした。麗香の顔は征二がこれまでに見たことがない怒りに満ちた表情をしていた。

「そうだ。それでいい」

「黒田さん、私も復讐に参加させてください。私が必ず奴らに復讐する!」

「お前の覚悟は充分に伝わった。奴らはボビーと俺が始末する」

「それでは私の気が収まりません! 私も参加させてください!」

「麗香様……」

「今のお前なら確実に死ぬぞ」

「それなら私に戦う術を教えてください!」

「本気で言ってるのか? 戦闘技術を身につける訓練は地獄の苦しみを伴うぞ。訓練の途中で死ぬかもしれん。それでもいいのか?」

「かまいません!」

 麗香は流れる涙をそのままに丈太郎を見据えて言い放った。

「斎藤さん、この依頼十五億円で引き受ける。ボビーが十億、俺が五億、ただし、諸経費はそちら持ち、この子の訓練費用もそちらで持ってくれ。異論はあるかい?」

「こうなってはどんなに説得しても麗香様を思い(とど)めさせることはできないでしょうね。麗香様だけを危険な目に合わせることはできません。今回の件は執事の私の責任です。復讐には私も参加します」

 麗香の心の内に秘めた復讐の小さな灯火(ともしび)は、メラメラと燃え立つ炎に変わった。

「ケインはアメリカに戻ったんだろ? 明日にでもアメリカに飛ぶぞ。お前の訓練はアメリカで行う。斎藤さん、村野さんに連絡して飛行機を手配してくれないか?」

「かしこまりました」

「まずは落ち着こうか。アイスティーとジントニックはサービスさせてもらうよ」

 麗香と征二はようやく残っていたアイスティーとジントニックに口をつけた。


「丈太郎、さっきの依頼本当に引き受けるのか?」

 麗香と征二が店を後にしたのを見計(みはか)らってテーブル席に突っ伏して寝ていた男はむくりと起き上がり丈太郎に尋ねた。

「ああ、キラーゼロを殺すことができるなら俺はタダでも引き受けるつもりだったよ」

「手を貸そうか?」

「あんたの手は借りねえよ。ボビーと俺だけで充分だ」

「ようやく堅気になれたんだ。無茶はするなよ」

「わかってるよ、酔っぱらい」

「この店、越乃寒梅(こしのかんばい)は無いのか?」

「そんな日本酒は置いてねぇよ」

「そっか、じゃあテキーラをボトルで」

「飲み過ぎだよ。いいかげんにしろよ」


 バーから宿泊先のホテルに戻ると麗香は征二に(はさみ)とバリカンを用意させた。

「麗香様、本当によろしいですのか?」

「ええ、復讐を遂げるまで私は女であることを捨てます」

「かしこまりました……」

 征二は麗香の指示に従い麗香の長く美しい黒髪を鋏で切り落とした。女の命とも言われる髪を切り落としたのは、丈太郎へ自らの覚悟を目に見える形で示すためでもあり、自分自身が決めた覚悟を忘れないためでもあった。

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