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紫の薔薇は海を越えて  作者: 春奈恵
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第二章 4

 村に近づくと、よそ者が入って来る様子に、人々が警戒混じりに目を向けてきた。

 大きな宿場というわけではなく、街道から外れた集落なので、旅人など珍しいのだろう。

 それにもしかしたら触書でも回っているかもしれない。

 彼らから見たら人形のような背丈の、ドレス姿の小さなヴィオレッタと、薄汚れた外套を纏ったキアランという取り合わせは、奇怪に見えるだろう。

 おまけにキアランは整った顔立ちと綺麗な銀髪が目立つ派手な外見の持ち主だ。旅の傭兵だとかいう雰囲気ではない。

 それにヴィオレッタが今まで見てきた限り、狼歴が長いせいか世間知らずの言動が目立つ。浮き世離れしている、というか。

 もし普通に話しかけただけなら、うさんくさい、と思われても仕方がないだろう。

 飛び出してきた子供を、母親らしい女があわてて家の中に引っ張り込もうとする。

 自分の企みには子供がいた方がいい。ヴィオレッタは背筋を伸ばした。

「怪しい者ではありません。どうか皆様お立ち会いあれ」

 済んだ良く通る声で、ヴィオレッタが村人たちに呼びかけた。キアランがぎょっとした顔をする。

「私どもは旅のしがない芸人でございます。皆様方の無聊のお慰めにと参りました。どうかひとときの時間を私どもに預けていただきたく存じまする」

 子供が興味津々の様子で、ヴィオレッタを指さした。

「しゃべってる。何? 人形?」

「私は仕掛け人形のレッタ。この無口な男が主にございます。何しろこの主、気の利いた口説き文句の一つも言えぬ役立たずで」

「おい?」

「ほらほら、主どの、黙っていないで早く皆様にご挨拶しなくては、早う早う」

 ヴィオレッタがせかすと、状況が分からないらしいキアランが狼狽えた。

「って。オレにどうしろっていうんだ?」

「まったくもう。これだから嫁の来手もありません。本当に情けない」

 ヴィオレッタのおどけた口調に、人々は笑い、そして次第に警戒を解いてきた。

 コローニアにいたころ、大道芸人の口上を聞いたことがあった。どこの国でも、そうしたものは変わらないだろう。

 それに、旅芸人ならば多少言葉に訛りがあっても、不審には思われない。

 中でも、王宮にも出入りしていた人形を使った腹話術の芸人が、ヴィオレッタのお気に入りだった。どうやったら人形を喋っているように操れるのかとわくわくしながら見ていた。だから口上なども覚えてしまった。

 キアランが気の利いた芸などできないのは分かっていた。だからその分自分が喋って芸にするしかない。

「ああ、聞いたことがあるぞ。口を動かさずに人形が話しているように見せる芸なんだろう。良くできたからくりだな」

 村人の一人が言う。それをすかさずヴィオレッタが切り返した。

「しいっ、旦那。種明かしはだめですよ。それは内緒でございます」

 集まってきた村人たちがどっと笑う。

「もっと何かやって見せて」

 子供たちが目を輝かせてせがむ。

「では、遠い異国の歌をお聴かせしましょうか」

 ヴィオレッタはそう言って朗々と歌い始めた。

 歌は得意な方だった。それに、コローニアの歌を堂々と歌えるのは嬉しかった。

 キアランが意外そうに自分を見つめているのに気づいた。

 村人たちはすっかり感心したように聞き入ってくれて、空いている納屋でよければ、とヴィオレッタたちの寝床を提供してくれた。

 その上食料まで分け与えてくれて、村で唯一の酒場で演ってくれれば、報酬も支払うという話までついてきた。

 納屋は狭いが干し藁などが残っていて、風も入ってこない頑丈な作りだった。

「上出来だわ。これで何とかブラッドが追いつくまで待つことができるわ」

「……とんだお姫様だな。旅芸人の真似までできるのか」

 キアランはあきれ果ててそれ以上何も言えないようだった。ヴィオレッタはキアランに操られているふりをしながら、即興であれこれと笑い話や冒険話を人々に聞かせていた。

 娯楽の少ない村なのだろう、人々はとても喜んでくれていた。

 ヴィオレッタは得意満面で言い返した。

「あら。初めてよ。こんなこと。何事もやってみればなんとかなるものね」

 彼はそれを聞いて、天井を仰ぐ。

「まいった。オレの負けだ」

 別に勝負をしていたつもりはなかったが、ヴィオレッタは小さく微笑みを返した。

「ガッカリしなくていいのよ。私に勝てる人は、そう多くないもの」

 外はすっかり日も落ちているが、ブラッドが追いついてくる様子はなかった。

 ヴィオレッタは、何度も外を見て確かめようとした。

 キアランはそれを黙って見ていたが、やがて、ぽそりと言った。

「ブラッドは大丈夫だ。それよりレッタ。身体が冷えるぞ」

「でも……。私たちが村のどこにいるか、探したりしないかしら……」

 キアランは不思議そうな顔をした。

「大丈夫だ。ブラッドならすぐ、オレたちの居場所は分かる」

 それを聞いて、ヴィオレッタは、あまりの自信に却って怪しみたくなった。

「どうしてですの?」

「いずれ分かる」

 キアランはそう告げて、強引に窓の近くからヴィオレッタを抱え降ろした。干し藁をかき集めて作った寝床の上に座らされて、ヴィオレッタは不満一杯に相手を見上げた。

「きちんと説明してくださいません?」

 キアランはため息をつくと、身をかがめて、ヴィオレッタと目線の高さを合わせた。

 整った白皙に、正面からのぞき込まれて、ヴィオレッタはどきりとした。

「その話をしていたら、夜が明けるほど、話が長くなるんだが? 寝不足は美容の敵だろう? さっさと寝てくれ」

 要するに説明すると話が長引いてしまうので、面倒くさいらしい。

 ヴィオレッタはあきらめて、外套にくるまって眠ることにした。夜が明けたら、ブラッドの人なつっこい笑顔に出会える、そう信じて。


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