第二章 1
暖かい空気が頬をなでている。屋内独特の籠もった空気の匂い。
ふわふわとした柔らかい感触が自分のすぐ側にある。
毛皮?
たき火がはぜる音で、ヴィオレッタは目をさました。
古ぼけた木造家屋の中のようだった。雨風はしのげるが、天井も壁も壊れかけているように見えた。
窓の外は暗くて、どうやら夜になってしまったようだった。
一体何が起こったのか、状況がつかめない。
拘束されてはいない。それに、閉じこめられてもいない。
なるべく頭を動かさないように周囲を見て、目の前に大きな銀色の毛並みをした獣の背中があることに気づいた。
ヴィオレッタからしてみれば牛よりも大きな獣が、彼女の気配にぴくりと振り返った。
どうやら、その獣は狼らしい。ぴんと立った大きな耳と、濃灰色の瞳。
そして、ヴィオレッタはその狼の向こうに、一人の男が座り込んでうつらうつらしているのを見つけた。ぼさぼさの黒髪をした逞しい男は、今までヴィオレッタが見たディルダウ人の体格よりも更に一回り大柄だった。
傷みの目立つ服装と、腰に履いた使い込んだ剣。
銀色の狼は音もなく立ち上がると、いきなりその男の手に前触れなく噛みついた。
「いっ……てぇっ」
男は悲鳴を上げて目を覚ました。そして、狼の首根っこを掴もうとしたが、素早く逃げられる。何となく、大柄な男の動きを、狼がせせら笑ったように見えた。
「キア。何しやがるんだ。てめえ……」
そこまで言いかけて、男はヴィオレッタに気づいたらしい。
「あ、目ぇ覚めたのか。お嬢ちゃん。どこも痛くないか?」
無精ひげに縁取られた、ごつごつした厳つい顔を緩め、人なつっこい笑顔を浮かべる。そうしていると、どうやらさほど年が行っていないように見えた。
「……私、一体どうして……?」
「詳しいことはオレも知らないんだ。こいつが拾ってきたからな。最初は良くできた人形かと思った」
男は「こいつ」で、狼を親指で示した。狼は憮然とした様子で男を睨んでいた。飼い慣らされている、という様子には見えないが、野生というには人に近づきすぎている。
「拾って……?」
「あんまり見かけない形の服だが、行き倒れにしちゃいい身なりだし、それならお付きとかがいそうだと思ったんで、聞いてみたら、街道の近くで、何か一悶着あったらしいな。外国の賓客を案内していたご領主様の若君が、騒ぎに巻き込まれたらしいんだが……」
男は腕組みをして、考え込む仕草をした。
「お城から駆けつけた兵が迎えに来て、若君とそのお連れは、捕らえた賊もろとも皆お城に行っちまったらしい。何が起こったのやらさっぱりだ」
「そう……ですか」
「嬢ちゃん、なりからしてもディルダウの人間じゃないな。外国から来たのか?」
ヴィオレッタはどう答えていいのか困惑した。相手が何者なのかさえ分からないのだ。
迷っていると、男は小さく微笑んだ。
「まあいいさ。実はこっちも訳ありの身でね。あまり人目に触れる訳にいかねぇんだ。若君の知り合いなら、お城の近くまでなら送っていってやれるが、それ以上手助けはできない。それとも、どこか目的地があるのかい?」
「え? では、お尋ね者でいらっしゃるの?」
ヴィオレッタは思わず問い返してしまった。人目に触れられない旅をしている、と聞いて気になった。
男は大きく目を見開いて、それから空気が震えそうなほどの大声で笑い転げた。
「……何がおかしいんですの?」
ヴィオレッタが眉根を寄せて問いかけると、男は目元をぬぐう仕草までしてから、彼女に振り返った。
「い、いや、面白れーな。普通、お尋ね者に丁寧に話しかけるか?」
「たとえ、どのような方であれ、助けて下さったことには間違いありませんから」
ヴィオレッタが毅然として答えると、男はにいっと笑った。
「……気に入った。おもしろいお嬢ちゃんじゃないか。オレは、ブラッド・ウェイン。こいつはキアでいい」
男は言いながら、狼の首を腕で抱え込んだ。狼は迷惑そうにしていたが、抜けだそうとはしていない。
ヴィオレッタはそれを見て確信した。この狼は野生ではなく、人慣れしている。どうやらこの男と長く行動を共にしているらしい。
「私は……ヴィオレッタ。レッタと呼んで下さってかまいません」
ヴィオレッタの言葉に男は頷いた。
「了解。レッタ姫。で、あんたはどこに行きたいんだ?」
男の鋭いまなざしは、当たり前の少女なら怯んでしまいそうなほどだった。
その双眸は鮮やかに青く、一瞬コローニアの海を思い出した。
領主の居城に行けば、おそらくヴァレンティンに会うことができるはずだ。けれど。
本当に彼と共に帝都を目指すのが得策だろうか、という迷いがあった。
ヴィオレッタを守るために来てくれたのは分かるけれど、彼自身もその身分から目立つのだ。逆に賊を呼び寄せることになるのではないだろうか。そもそも相手は皇家の姻戚であるコートレイル家の息子だ。彼がいても襲ってきたのだから、油断はできない。
危害を与えようとしている者たちも、まさか当の王女が単独で旅をしているとは思うまい。その方が意表をつくことができそうな気がした。
はぐれたラウラのことは心配だけれど、彼女はヴァレンティンが保護してくれているはずだ。だから、大丈夫だろう。
帝都へ。何があろうと行かなくてはならない。
「……帝都レイナン・ディルディに。一日でも早く」
その言葉を口にした時、すとんとあるべき場所に落ち着いた気がした。
「帝都。そりゃ奇遇だ。オレもそっちに行くところだ」
ブラッドと名乗った男は自分の胸を手のひらで叩いた。
「どうだい? 土地勘のある案内役兼護衛に、オレを雇わない?」
「……お申し出はありがたいのですけれど、私、お礼に差し上げるものを持ち合わせていません。……そうだわ」
ヴィオレッタは腰に結わえつけた布袋から、包みを取りだした。
「へえ、綺麗な紐だな。上等の絹だ」
ブラッドは取り出された品を見て、驚いた様子でつぶやいた。
「とりあえずの手付けということにして下さい。私の祖国では、婚約の証に夫になる殿方に飾り帯をお作りするのが決まりです。それで、用意してきたのですけど、こちらの国の殿方には、これでは帯として使えないでしょう? 無駄にするくらいなら、剣の下げ緒にでも使って下さい」
「婚約だあ? あんた、この国の男と結婚するのかい?」
ブラッドは驚いた顔をした。まじまじとヴィオレッタの背丈を眺める。
「よくまあそんな無茶な縁談受けたなあ。あんたから見たら、オレらって馬鹿でかい化けもんじゃないか? 怖くねぇの?」
あっけらかんとそう言われて、ヴィオレッタは吹き出してしまった。
「私、こんなにディルダウの人たちが大きいなんて思いもしなかったんですもの」
「そうか。……でも、旦那さんへの贈り物を貰っていいのかい?」
「ええ。相手の方には改めて作り直しますから」
ヴィオレッタがそう言うと、ブラッドはいたずらを思いついたような顔で、いきなり傍らにいた狼の襟首をがっしりと掴んだ。
抵抗して暴れる狼を捕まえると、その首にヴィオレッタの持ってきた飾り帯を巻き付ける。どうやらその帯を狼の首輪にでもするつもりらしい。
狼とブラッドはしばらく取っ組み合いしていたが、結局ブラッドの方が勝利した。
「おお、似合う似合う。いいじゃん。美女からの贈り物だ。ありがたく受け取りな」
狼は巻き付けられた帯を嫌って、首を振ったり、足をかけたりして、もがいていたが、しばらくするとあきらめたように静かになった。
「あの狼さんは、野生じゃありませんわね。あなたが育てたんですの?」
ブラッドは怪訝な顔をした。
「あんた、こいつが狼だと分かってたのか? 狼ってのは人を襲うこともある猛獣だってのは知ってるのか?」
どうやら、ブラッドはヴィオレッタが狼のキアを全く恐れなかったのは、狼という獣を知らないせいだと思っていたらしい。
状況からすれば、コートレイル公の子息が連れていた外国からの客人がヴィオレッタだとは察しがつく。だから彼女を深窓の令嬢だと思っているのだろう。
冒険好きのヴィオレッタは狼などの野生生物についても並々ならぬ関心を持っていた。
だからこそ、この狼と今まで見てきた野生の狼に違和感を感じて、恐れを感じなかった。
「存じてます。私の国にも狼はおりましたから」
「……。まあ、キアは野生の狼じゃないってのは正しいけどな。だけど、下手に近づくと食われるかもしれないから、気をつけてくれよ」
ブラッドはにやりと笑った。
「明日の朝出発だ。良く寝ておきな。っていっても、お姫様には藁の寝床は辛いかな?」
ヴィオレッタはちらりと干し藁を積み上げたような固まりを見て、微笑んだ。
冒険のための練習を積んでいた彼女にとっては、そのくらいは何のことはない。
「大丈夫です。野宿よりはずっとマシですもの。やってみたことがあるんですけど、さすがに背中が痛くなりました」
姫君らしからぬその答えに、ブラッドとキアがそろって唖然とした。
鳥のさえずりを聞いて、ヴィオレッタが目を開けたとき、目の前に朝日に照らされた銀色の輝きがあった。
「キア?」
そうつぶやいてから、違和感に気づいた。銀色なのは、人間の髪の色だ。
長い絹糸のようなつややかな銀髪を白い身体に纏わせた、細身の青年が横たわっていた。
まるで雪か氷の妖精のような色素の薄い、それでいて整った顔立ちをした男は、二十歳そこそこに見えた。
男は長い睫を伏せて、健やかな寝息を立てている。
全裸で。
ヴィオレッタは危うく声を上げそうになって、あわてて口を塞いだ。
なんなの、これ。
状況が分からない。けれど、裸の男性の側に未婚の女性がいるというのは、あまりほめられた状態ではない。
とりあえず離れよう、と身じろぎしたとたん、男が目を開けた。青みがかった濃灰色の瞳が、焦点の定まらない表情をヴィオレッタに向ける。
ヴィオレッタはあわてて男に背中を向けた。
「異性の前で、失礼ではなくて? 早く何か着て下さらない?」
「え? うわっ。やばっ」
男は自分の姿に初めて気づいた様子で、あわてて手近にあったシーツを引っ張り寄せていた。
そこへ、暢気な声が割り込んできた。
「おーい。そろそろ出発……ありゃりゃ? お嬢ちゃんの前で、何て格好してんだよ、お前。しょうがねえな」
ブラッドは驚きもせず、ごそごそと荷袋から衣服を引っ張り出す。銀髪の青年はそれに素早く袖を通した。
それから二人を交互に見て、にやりと笑う。
「……ははーん。レッタ姫、もしかして、見ちゃった?」
ヴィオレッタは頬に血が上って、まっすぐに青年の方を見られない。
「見るも何も、目の前にいるんですもの」
見るかどうかを頭が選択する前に、全部ちゃんと見えてしまった。
けど、淑女としては、そんなはしたないことを口にするわけには行かない。
夫以外の殿方の裸をばっちり見てしまったなど。認めたくない。
「やべえな。お前さん、もう、お婿に行けねーかも」
ブラッドは豪快に笑いながら、青年の背中をばしばし叩いている。
「うるさい」
青年の方は憮然として、目をそらしているが、どことなく頬が赤い。
この場合、見られた方が恥ずかしいのは当然だ。
ヴィオレッタはどうすればいいのか迷った。
南方の温暖な国ならともかく、雪も降るような季節に真っ裸で寝ているというのは普通ではないけれど、もしかしたら、この国では普通なのだろうか。
……でも、ブラッドは服を着たまま眠っていたような気がする。
まあ、お婿にいけないというのは、口ぶりからして、冗談のようだけれど。
ブラッドは黙り込んでいたヴィオレッタに目をやると、笑みを浮かべて説明する。
「はははっ。びっくりした? こいつはオレの連れなんだけど……」
「そう……なのですか?」
それでは、昨夜はたまたま席を外していただけで、彼と同行してきたのだろうか。
もしかしたら、自分を助けてくれたかもしれない、と思い直した。
そして、ちらりと身繕いを済ませた青年を見上げて、そして、愕然とした。
「……どうして、それがあなたの首にかかっているんです?」
それは世界に一つしかないはずのもの。
青年の首に巻き付けられたそれは、ヴィオレッタが織った飾り帯だった。
それは昨夜、ブラッドが狼のキアに結わえ付けたはずだ。
青年は自分の首に結わえ付けられた細い帯を摘むと、苦笑いした。
「ややっこしい結び方してくれて。そういえば、手作りと言っていたな」
「……え? どうして、それを……」
「知っているもなにも。昨夜、お前が自分でそう言ったくせに」
さも当然のような尊大な口調で相手は訊ね返してきた。
その時、この青年はいなかった。
「まさか、あの狼が?」
この人があの狼と同一の存在だというのだろうか。
端で聞いていたブラッドが青年の首根っこを掴んで、割って入ってきた。
「レッタ姫、あのな……なんて説明すりゃわかりやすいかな。端折って言うと、こいつはとある呪いで時々人間以外の姿に変わってしまうんだよ。だから、あんまり気にしないでくれるかな?」
端折った説明をされた青年は、声高に異議を唱えた。
「……ブラッド、そりゃ端折りすぎじゃないか?」
「いいじゃんか。大筋では合ってるだろうが」
ブラッドのかなり大ざっぱらしい説明は、青年には不服だったらしい。
呪いで人間以外に姿を変えられてしまう?
つまり、昨夜の銀狼はやっぱりこの青年だったということだろうか。確かに、この見事な銀色の髪はあの狼を思い出させるけれど。
ヴィオレッタはその説明にも驚いたが、元来未知のことには好奇心を刺激される質だったので、さらに別のことを訊ねてみたくなった。
「……この国には、人を獣に変えたりする呪いが実際にあるんですの? この国はそうした呪いが盛んなのかしら。私の国では呪いというのはおまじない程度にしか思われていませんけれど。……それでは、そうした呪いを生業にしているような人たちも存在するのかしら?」
「……ちょっと待て。お前、今の滅茶苦茶な説明を信じたのか? っていうか、何でそんなに呪いとかの話に喜々として乗ってくるんだ?」
青年はヴィオレッタが呪いに興味津々な様子に、眉根を寄せた。
「さっきから、あなた。失礼な方ね」
ヴィオレッタはすっくと立ち上がると、青年に向き直って、びしりと指を突きつけた。
「私の名前は『お前』じゃありません。あなたが本当にあの狼だったのなら、私の名前をご存じよね? それともこの国では初対面の相手をお前呼ばわりするのが礼儀なのかしら?」
自分の膝くらいの高さしかないヴィオレッタの鋭い舌鋒に、青年は顔を引きつらせた。
「わかった。すまなかった。レッタ。……その、レッタの国にはオレみたいに姿を変える者はいるのか?」
ヴィオレッタは首を傾げた。
珍しい伝承や、冒険話には詳しいつもりだった。けれど、どこまでが事実かと言われれば確証はない。けれど、時々獣に姿を変える呪いなど見聞きしたことはない。
「聞いたことはありません。私も国中すべてをくまなく見て歩いた訳ではありませんけど」
ヴィオレッタの答えに、青年は整った顔に苦笑いを浮かべた。
「そうか。それじゃオレが最初な訳だ。驚かせて悪かったな」
ヴィオレッタは、彼が真っ裸で眠っていたのには他意はないのだと、納得することにした。そう納得しないと、次のことが考えられない。
若いのにそんな呪いをかけられているなど、むしろ気の毒な人だと思うことにした。
「もしかして、この国にはあなたのような人が大勢いるのかしら?」
ヴィオレッタは不思議に思って訊ねた。そんな呪いがあちこちにあるのなら、出くわす動物すべてが怪しく思えてしまう。ブラッドは首を横に振った。
「まさか。そんなに大勢いたら大変だろう?」
それから、青年の頭に手を置くと、にやりと笑った。
「言い忘れたが、レッタ姫。こいつはオレの甥っ子だ。キアランという。じつは、こいつを帝都まで送り届けるところだったんだ。同行させるけど、仲良くしてやってくれないか?」
ヴィオレッタはキアラン、と呼ばれた青年を見上げた。
背丈はヴァレンティンよりも少し高く、体格は一回り細い。無骨さはなく、むしろ優雅にさえ見える容姿は、ブラッドと血のつながりがあるとはとうてい見えなかった。
キアランは冷淡にヴィオレッタを見て、深くため息をついた。
「子供じゃあるまいし、別に無理して仲良くなんてしなくていい」
何なのかしら、この人。
たとえ、呪われた身の上だろうと、この青年のどことなく尊大な態度がヴィオレッタには気に障った。
「あら、大人だったら、そんな些細なことにいちいち反発したりはしないものよ」
きっぱりと皮肉ると、キアランが唖然とした顔でヴィオレッタを見た。
「……お前、本当はお姫様の皮を被った猛獣だろう? どこの世界にそんな気の荒い姫君がいるっていうんだ?」
「あら、よほど狭い世界で生きていらしたのね。人間にはいろいろな気性があって当然でしょう? 騒ぐほどのことですの?」
「なっ……」
キアランは言葉に詰まって、顔を真っ赤にして絶句してしまった。
横で見ていたブラッドは堪えきれなくなった様子で大笑いした。
「お前の負けだな、キア。それじゃ、そろそろ行くか?」
ヴィオレッタが泊まったのは、狩猟をする者が使っている小屋だったらしい。小屋の外には一頭の馬がいて、鞍には荷が結わえ付けられていた。
「とりあえず、この先の町まで行って、もう一頭馬を調達するかな。嬢ちゃん一人ならまだしも、あいつまで相乗りじゃ馬がつぶれちまう」
「……? 今までどうやって旅をしてきたの?」
たしかに、いくらこちらの大陸の馬が大きくても、大の男二人が乗っていられるはずはない。
「だって、あいつ、今朝までずっと狼やってたんだから、馬はいらないじゃん」
のほほんとした口調でブラッドが指さした方向に、キアランが立っていた。
「ずっと?」
「ああ。今回は一ヶ月以上、狼のまんまだったな。だんだん人間に戻る期間が短くなってて。このままじゃ、本物の狼になっちまうんじゃないかって、実家でもてあまされてたんだ。で、オレが預かってたんだ。さすがに帝都の町中じゃ、狼なんて目立ちすぎるし、おいておけないだろう? あいつはあれで自分の境遇に耐えてるんだよ」
ブラッドはふっと一瞬だけ、キアランに複雑な表情を向けた。どことなく、憐れみの混じった悲しげな表情。
どうやら、彼は自分の意志では狼の姿から戻ることはできないらしい。まして、一ヶ月を超えて、人の姿に戻れないなど。
それではたしかに、苦労することは多いだろう。
「たぶん、今回も人の姿でいる時間はそう長くないと思う。だから、レッタ姫。あいつをあんまり嫌わないでくれないか?」
「嫌ってなんていませんわ」
ただちょっと、その態度が気にくわないだけ。
ヴィオレッタは内心でそう付け加えた。