プロローグ
遙かな昔、神は世界をお造りになった。
大地と空、水と炎。多くの生き物を、多くの木々を。
やがてそれらは豊かな森と、美しい海となった。
そして、最後に作られたのが人であった。
けれど、神の末っ子である人は、神の御心を知らず、互いに争うばかり。
心を痛めた神は、空をも貫くほどの巨人の姿で、人々の前に現れた。
人々に知恵を授け、争わずに生きていけるようにと導いた。
最初にその神が降り立った地はコロンナという。
のちにその地はコローニアと名を改めた。
海に面した小国コローニアでは、静かな海からの客人は吉兆とされていた。
晩秋のその日、城下から一望できる海は、微笑みを湛えているように平らかだった。
やがて、晴れ渡った空を遮るほどに大きな褐色の鳥が、西の方角から羽ばたいてきた。
それは、首に竜の紋章をあしらったメダルをつけた巨大な鷹だった。その大きさたるや民家の一軒くらいを翼で覆ってしまえるほどだった。
鷹は足首に書状の入った筒を結わえ付けていた。
そして、迷うことなくまっすぐに、海に臨んで翼を拡げた鳥のような白亜の王宮に向かって風を切るように高度をさげた。
王宮のバルコニーから身を乗り出して、一人の少女がその鷹を見つめていた。
海からの風に長い金色の髪をなびかせ、柔らかな新緑色のスカートの裾がはためくのも気に留めない様子で。
「姫様。ヴィオレッタ姫様。危のうございますゆえ、どうかもう少し中に」
女官達が慌てていても、意に介さない様子で、彼女は巨大な鷹が王宮の中央塔にまっすぐに降下してくる様子を食い入るように見つめていた。
「とうとう来たわ。ディルダウからのお使いよ」
煌めく紫色の瞳に強い決意を込めて、少女は呟いた。白い指を握りしめて、一人だけ落ち着いて背後に控えている栗色の髪の侍女に呼びかけた。
「ラウラ。これで我が国は救われるわ。いいえ、救うのよ。私の力で」
「見事な心意気でございます。それでこそ『暴走姫』の名にふさわしいかと」
にこりともせずそう答える侍女に一瞬口を尖らせたが、少女は今度は目の前に広がる水平線に目を向ける。
「……ディルダウは、この海の向こうにあるのね」