彼女はまだ見ぬ主に気づいたようです
この世界は魔法によって一度発展し、そして滅んで、再度文明が築れ、発展しつつある中世の世。
これはある大陸の中央に存在する大きな国『アステトラ』に存在する王立学園におけるお話。
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十歩ほど歩けば端から端まで届くという広さの空間に、備え付けのベッドと木製の勉強机とクローゼット。私物らしいものは壁に立てかけている武具しか見当たらない殺風景な部屋。
そんな私の部屋で、私は受け取った手紙を立ったまま見ています。
言葉は色々と飾ってこそおりましたが……端的に内容を言ってみれば仮の従者契約を解消するというものでした。
どこか予感こそしてたものの、落胆の溜息が溢れます
前の主だった方は今も心労が祟ってベッドから起きれぬということです……せめて顔を合わせながらその口で告げて欲しかったものですけども。
従者契約とはこの学園特有のシステムでして、私めのような騎士候補を貴族階級の生徒が主として受け入れ、両者を一組として評価するものです
評価は学園から斡旋される奉仕活動──犯罪者の摘発や、山賊の討伐等といった危険なものを含みます──の成果によって判断され、それを単位として扱われます。
この過程で貴族は従者との絆を育むことを通じて部下を扱うノウハウと、領地の為には何が必要なのかを現場目線で学ばせるというのが学園の方針なのだそうです。
ただ一方で異性同士が組んだ場合は肉体関係にまで発展し、後の側室や愛人となって玉の輿という身分になる可能性があることで、そういった意味でも従者は将来のために自分を磨いてよき主に迎えてい頂けることをお待ちしております。
……勿論私も切磋琢磨する毎日です。
剣技を含めた成績は優秀、容姿も端麗──顔やスタイルには日々気をつけておりますのである意味当然ではあります──と、自他共に認める優良株である私めにお声がかかったのはある意味当然ではありました……残念ながら過去形で語らねばなりませんが。
ただ私はどうも性格に難アリだったようで……不思議ですね?
奉仕活動の一環で、粗末なナイフで女性に乱暴を働こうとした狼藉者を躊躇なく首を撥ねたことがいけなかったのでしょうか?なお犯罪者には人権がないので取締りの過程で対象を死なせたところで罪に問われることはありません。精々罰金が課せられるかもしれない程度です。
被害者の女性は毛ほどの傷を受けることもなく(代わりの狼藉者の血を頭から浴びせてしまいました……そこばかりは命があっての物たねと思っていただきます)……迅速かつ的確な処理だったと思うのですが。
あるいは選ばれた私に対して嫉妬した他の従者候補からの襲撃の際に、全員を再起不能にさせてしまったことがいけなかったのでしょうか?あれは正当防衛が成立してたのですけどね?
よく周囲から倫理観はないのか?と問われますが……そんなものに囚われていて、万が一があった場合が嫌じゃないですか。
私達は主の剣であり盾であるべきなのです。いわば道具なのですから。
そこに躊躇が入ってはいけません。最善を最速に……そこに感情は不要です。
振るう理由は主様が見出してくださいます。剣であり盾である私達は迷うことなく行動することが一番のはずなんですけど。その辺を徹底できるのはそう多くないようです。
従者契約を解消されてしまった私はまた以前のように日々を訓練と勉学で過ごし、御前試合に望まなければいけません。
しかし一度ケチのついた私めを従者としていただけるような方なんていらっしゃるのでしょうか……。
少し、憂鬱です。
御前試合というのは文字通り、貴族様の方の前でおこなう模擬試合です。
ここでの活躍は直接みている貴族様への印象となり、気に入られた方を貴族の方が指名し仮契約とします。その後お互いの同意を得て本契約となります。私は一度は本契約直前までいったのですけどね?
ですがここで手抜きをするのは他の方にも迷惑がかかるというもの。控えで念入りに得者である刀の状態を確かめ、歪みや刃こぼれがないことを確認しておきます。自らの顔がうっすらと映る程の手入れの行き届いた刃に笑みを浮かべたのですが……なぜかその光景をみた学友の方は後ずさってしまいました。何か怖いことでもあったのでしょうか?
私が扱う得物は刀と呼ばれるもの。片刃で剃りのある東方原産の武具で細身で繊細な扱いが必要ではあるものの、その鋭さは並みの武器の追従を受けないほどに洗練された武具。その中でも両手で握り叩き切ることに特化した長巻と呼ばれる刀を携えて御前試合に望みます。
御前試合を行う場所は石造建築の闘技場で、昔から騎士達がその腕を競う様子を見物者に見てもらう為に作られたと伺っております。
年季の入った石の板を敷き詰めた円形の広間が一番低く、一階層分高い位置から広がる観客席という構造です。観客席のところは布張りの天蓋が覆っていて、広間は日の光によって一際明るく見えるように工夫されているのだそうです。
天蓋のせいで広間から観客席を見ようとしても暗くて見づらいですので、どのような方が見にこられているのかはこちらからは伺えません。
この闘技場には一度滅んだ魔法文明の遺構をそのまま用いており、一日に一度まで致命傷を受けた場合それを無かったことにするという魔法を付与することができるそうです。最もその魔法を発動させないように寸止めをするのが暗黙のルールです。
ですが何故でしょうか。普段はあまり起伏しない心が、心なしか揺れていると感じられるのです……。
ああ、きっと冴え渡るというのはこういうことをいうのでしょうか?
前の主様に見出されてもついぞ感じなかった高ぶりに戸惑いを覚えつつも、目の前の対戦相手に意識を集中させていきます。
それでも……心の内から湧き上がる出処が不明な悦びに自然と口元が緩んでしまいますわ。