こんな私の婚約破棄必勝法
今、どうしてこうなったのか私は窓の外を眺めながら思っている。
あっスズメだ。お前たちの翼が今はひどくうらやましい。
私もこの修羅場から、逃れることができる翼が欲しい。
切実に。
現状をパパッと説明するとお約束的な婚約破棄劇を受けているわけです。
私以外にも、そんな令嬢が数人同時に受けてしまっているわけです。
もっとも周りには当事者たちしかいないわけですが、昨今の悪役令嬢ものとかってどうしてわざわざ大勢の目の前にやるんでしょうね。
個室でしめやかかつ淡々と行うべきでしょう。その点では現状はとても正しい感じですね。
「正直僕には君が荷が重いと思うんだ。婚約を破棄してほしい」
言い出したのは私の横でプルプルしているお嬢様らしいプライドを持った人の婚約者。
一族経営の大型商社社長の一人息子。
外堀を完全に埋められているように感じる。
おそらく両親とかにも根回ししているのでしょう。理由としてはいじめの証拠なんかが不自然なまでに出てきたことからうかがえる。
明らかに狙ってましたとしか言いようのないほど出てくる好感度を下げる情報。
昨今見かける婚約破棄物とは一風変わっていてたいへんよろしいと思いますが、婚約破棄予定者の中に私も入っているんですが。
マジですか。
別に婚約破棄でもいいけれど、こうまとめて言われる場とか勘弁してほしいのだけれど。
だけどまあ、婚約破棄多数の現場なのに相手側に女子が一名混ざっていることに戦慄以外を覚えない私。
そう目の前で婚約破棄現場には一切関係ないはずの彼女。
いや、たぶらかして罠に嵌めまくったという点では、間違いなく関係者なのでしょうが。
前世っぽい記憶があるわたしは、自分がゲームの端役だということを知っていた。
というか状況がそれっぽ過ぎて、妄想乙と言えなくなってしまっただけなのだが。
最初は必死に抵抗したものだが、現実に。
しかし、現実は非情だった。慈悲はない。
要領が悪いことに自覚のあった私は、早々に、婚約破棄とか起きてもどうしようもないと諦めた。
ゲームでは病気で死んだことになっていた母が生きている時点で、もういいかと残りのすべては投げ捨てた。
がんの早期発見って本当に治るんだね。
両親との仲は良好だし、家はお金持ちだし、最悪死ぬまでニートでいいかなと。
それでもまあ、穏便に済むならそれもいいかと素直に婚約し、ヒロインちゃんと仲良くしてみようと思ったのだけれど……。
本物の悪女というものを見ましたよ。
この時点で私は自分で何かするということを諦めましたよ。……面倒くさい。
そのあとも続々とつづけられていく婚約破棄現場。胃が痛い。
耳が金切声や怒声によっていたい。
そして現状に頭が痛い。
わたしの番早く来ないですかね。もう帰りたくてたまらないのですが。
そしてそのまま婚約破棄劇は終わりを迎えました。
あれわたしの番は?
すべてが終わって続々とみんなが去っていき私と婚約者が残りました。
「ねえ、私たち婚約破棄するの?」
「えっなんで?する理由がないじゃないじゃないか」
「じゃあなんで私この部屋にいたのかしら。胃が痛いのだけれど」
まったくもってなぜこんなことになったんでしょう。とても気分が悪いです。
「そりゃあ僕があれに付き合わされるのに道連れが欲しかったからさ」
最低の理由でした。
最悪の理由でした。
「いやぁーそれにしても彼女すごいよね。僕も何もなければ引っかかったかも、いや本当に」
言葉の後半で急に真剣な顔になられても、私の憎悪は収まりません。
「引っかかってしまえばよかったのに。あの場に強制的に臨席させられることになるくらいならそれ相応の理由が欲しかったわ」
「やめてくれよ。これでも感謝してるんだぜ?」
あの悪女に引っかからなくてさ。そんな風になぜか遠い目で窓を眺める彼の横顔は実に黄昏ていました。
彼に何があったというのでしょうか。
「聞きたい?」
「正直聞きたくはないのですが、このままもやもやした気持ちを抱え続けるよりましでしょう」
「そうか」
そして彼は語りだしました。あの悪女に籠絡されてゆく友人たちについて。
最初は周りの人間の好感度の変化を面白がっていられたのですが、徐々に、徐々に籠絡されていく状況に血の気が引きだしたこと。
あれほど気難しかった人が愛おしそうに悪女について語る。
喧嘩以外に興味はないとばかりに、ストリートファイトしていた友人が愛を語りだす。
私からの衝撃発言を聞いていた彼は、第三者目線で一部始終を見続けてしまったそうです。
もちろん彼にもちょっかいはかかりましたが、最初に好感を抱いたことに驚きながらも、周りを観察し続けていれば怖すぎて無理という結論に至ったそうで。
彼女の方も何かしくじったことを感じたのか、だんだんと手を出すのをやめていったそうです。
しかし、友人たちに半ば無理やりあの場には連れ出されたそうですが。
「最初は君の頭がおかしくなったと思ったけれど、いや、本当に助かったよ」
そんな風にしみじみ語る彼の顔に今は殺意しか沸きませんが何か?
まあ私もおかしいことを言い出した自覚はあります。
だが、この場に私を引きずりだしたことは永遠に許さない。絶対にだ。
「そう、『私は自分に自信がないので、監視とか付けてください』ってね」
いろんなものを諦めた私だったが、何もしないのは癪に障ったので、婚約者の方にやってもらった。
私がやってもざまあ、とか仲良しED、とかありえないですし。
私が何をやっているか逐一チェックする人材の用意を相手に頼む。
向こうの両親はなんて内罰的なお嬢さんだ。自分を大事にしなさいと言われたけれど、私にはあの悪女にナニされるかわかったもんじゃないので、私を客観的に調べてくれる人材がいれば安心だったのだ。
無駄に失敗して自分の人生をハードモードにすることはない。
自動コンティニューさんが欲しかったのだ。
何かよからぬ証拠が偽造されても覆すことが可能なウォッチャーさんがいればだいたいどうにかなる。
彼の両親はともかく、彼には悪女見かけた超こわい。私を見張って(意訳)と正直に答えたせいで頭おかしくなったんじゃないと笑い飛ばされながら、両親の説得を手伝ってもらった。
そのおかげで私には何も起こらなかった。
彼に彼女がちょっかいをかけているときに流された悪情報は、完璧なウォッチャーさんによる解説で私への悪感情ではなく彼女への恐怖へと変換されて、彼に襲い掛かった。
彼は徐々に追い詰められていったが、私の心は晴れやかになっていった。
もう何も怖くない。
からのあの修羅場である。私は絶対に許さない。何度だっていう。
婚約破棄はされなかったけど私の心に深いトラウマを刻み込む羽目になった。
私は絶対に許さない。