噛みつき。
夢を見た。
学校帰りの神社の境内で、灰色の虎縞の猫と私は遊んでいた。
猫を後ろから抱き締めて顎の辺りを撫でるとグルグルと咽を鳴らして目を閉じている。
あまりにも可愛い反応だったから少ししつこかったのかも……急に暴れだして私の指を咬んで逃げてしまった。
そこで、夢は終わってしまった。
―――もっと遊びたかった。
起きてしまったのは仕方無い。
いつものように顔を洗い歯を磨いて食卓へ。
「おはよぅ」
ベーコンエッグとサラダが用意されていた。
トースターに食パンを入れてコーヒーカップにサーバーに落ちたばかりのコーヒーを注ぐ。
両親も弟もいるのだが様子がおかしい。
「……すみませんがどちら様でしょうか?」
父。隆治は恐る恐る私に聞いてきた、何の冗談だろうか?
「やだなぁお父さん!エイプリルフールは随分前に終わったよ?」
お母さんはお父さんに耳打ちをすると、私の前に丸い手鏡を出してきた。
私は除き混むと確かに私は鏡に映っていたが……15才の昨日までの私では無く幼い頃のロリィな私の顔だった。
――凝ったドッキリよね?
それに頭の上でピコピコ動く物体が……。
私は慌てて玄関にある姿見で確認……そこには猫耳ロリィな私がいた。
―――
――
―
猫耳ロリィになった日から食生活が猫が嫌がる食べ物は受け付けなくなった外に、家族……元家族は私を見なく……いや居ない者として生活している。
父はいち早く私を切り捨て弟もそれに倣った。
唯一味方と思っていた母の怯える目を見て『この人も同じかぁ』と思ったものだ。
私は家族ごっこの駒を棄てられてしまった喪失感が初めはあった。
しかし言葉は交わさずとも、食事が用意されていた間は彼らを家族と呼んでいた。
徐々に食事は冷めていき、終いには食卓には私の分は無くなっていた。
それでも私は生きている……だからお腹も減る。
「貯金は僅かだし、バイトをしようにも……」
鏡に映る私はどう見ても小学生くらい、オマケに頭には猫耳……一般的なバイトは難しい。
それに、学校には私は病気で特別学級に入った事になってる。行っても理科準備室が私の教室になってる。
とはいえ、級友にバイト先で見付かったら軽くパニックを与えてしまうと先生は言ってた。
先生は、理科準備室顧問の『袴 うづき』先生。学校では古参の先生なのだけど見た目は二十代のシワ一つ無い年齢不詳の物理学者。
「……エミ、なぁにボーッとしてる」
「ふぁい!先生、私寝てません!」
ぐうぅぅぅぅ
「なんだ?飯を食べてないのか?」
「……最近家で用意してもらえなくて」
うづき先生はため息と共に教科書を閉じる。
「エミ、帽子を被ったら校外授業だ!三十秒で準備しろ!」
「はい!」
慌てて準備して先生の後を着いていく。先生の脚は速い……一歩出ると私はどうしても小走りになる。
何度か繰り返すと校門を出た辺りでうづき先生が立ち止まり不自然に手を出して待っている。私は駆け寄り手を繋ぐと顔を上げて先生を見る。
先生とは身長差があるから仕方無い。でも、今先生と目が合ったのに顔を真っ赤にして逸らされた。
「……その……なんだ、食べ物でアレルギーとかあるか?」
「え?」
「嫌いな物でもいいぞ」
「玉ねぎと牛乳は最近ダメです」
今度は先生は私の歩調に合わせて歩いてくれた。
――この人なら相談してもいいかも?
先生が連れてきてくれたのは回転寿司だった。
外食もそうだけど、お寿司も久しぶり……それに誰かと食べるのも……。
「……ウッ………くっ……」
嬉しくて涙を流す私に、『ワサビがキツかったか?』とハンカチをうづき先生は渡してくれた。
「……はい、ワサビがききすぎです……」
私の前には皿は一つも無い。
先生は適当に流れてるのを取ると口に放り込んで『……そうだな』とだけ言った。
「先生にお願いがあるのですが……」
「後でユックリ聞いてやるから、今は飯を食べろ」
恥ずかしかったけど私は先生に見られながらお寿司を頬張った。その姿を嬉しそうに眺められながらの食事は恥ずかしかったけど安心感を得られた。
締めの味噌汁を吸い終わり、私は手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
「もうおしまいで良いのか?デザートにケーキも在るぞ?」
流石に食べ過ぎた……お腹もポッコリしてる。
お腹を両手で擦って満腹の意思表示をした。
「さて、相談は聞いてやるが……その前に飯を食べた分の仕事をしてもらうぞ!」
驚きは少なかったが、何をさせられるか分からないから不安になる。
「そう構えるな、簡単な質問だ」
「……はい」
カバンからファイルを取り出すと私の前に置く。
「エミの獣憑きの解除する為の研究として私の家での生活をしてもらいたい」
書類は両親の承諾書だった。
そして、生活費の一部はうづき先生の私的研究の手伝いで支払うといった内容だった。
「で、エミの相談はなんだ?」
「……うづき先生は恋人はいますか?」
「残念ながら……恋人がいるならエミを家に呼ばないのだがね、いた方が良かったか?」
私はブンブン頭を振った。
帰宅後食卓に承諾書を置くと自室に戻る。
夕飯時間に呼ばれることも無いし、私の夕飯が有るはずも無い。……いつものことだ。
私のする事は、アノ人達の邪魔に成らない様に息を潜めるだけだった。
夜、水を飲みにキッチンに向かう私は食卓で元家族だった人達の言葉が届いた。
―――化け物を貰ってくれる奇特な人が居てくれて良かった。
―――家は普通じゃ無いって近所に噂になっていたから助かったよ。
―――お前は……その違うんだよな?
―――俺を化け物?冗談!
「……」
背中でアノ人達の笑い声を聞いた、数日前は私もアノ人達の仲間だった。
そのまま踵を反して部屋に戻り荷物を纏めた。
怒るとか悲しむとかそんな感情をアノ人達に向けるのは時間の無駄と理解してしまっていたからだ。だから淡々とバッグに詰め込んでいった。
本棚を弄っていたら、一冊の本が落ちてきた……手に取りに表紙を見た《フランツ・カフカ:変身》今の私にぴったりの状態だなぁ。
「……ピクニックでも行けば良いのにね」
クスッと笑った。皮肉にもアノ人達の事で笑ったのは久々だった。
その日の夢は久々にグレーの虎縞の猫に出会うが雷の鳴る中での再開だった。
私の引っ越しは週末に行われた。トラックが来て大きな荷物を送るとバッグ一つを担いで先生の家では無く喫茶店で待ち合わせをした。
待ち人は通りに面した硝子窓でわかった。
店内に入って直接先生と向かい合わせで座った。
「朝御飯は食べた?」
「……いえまだ」
「なら一緒に済ませちゃいましょ」
店員を呼ぶとモーニングセットを二つ頼んだ。
モーニングセットが届く、アツアツのトーストとバターとイチゴジャム・スクランブルエッグにベーコンとソーセージサラダがワンプレートできた。私がトーストにバターを塗っていると先生が小声で聞いてきた。
「隣の四人卓に居る女の子が何人に見える?」
隣を見ると確かに四人卓を使って座ってる女の子がいる。何人も見ればわかる話だ。
「日本刀を立て掛けてコーヒー呑んでる女の子の事ですか?」
「君にはヤハリそう見えてるか、私には三人の女生徒に見える」
もう一度みるがヤハリ日本刀と女の子一人だ。
「先生、これは何の意味があるんですか?」
「私の仕事の手伝い……バイトに関係する内容だから」
「なら、私は?」
「勿論合格。予想以上の成果だね」
先生は『ついてきなさい』と残し立ち上がると入ってきた側と反対に歩きだし私は後を追いかけるしか無かった。
《staff only》そう書かれた扉を開けて中に入ると木造一戸建ての赤い屋根と玄関らしい丸いすりガラスが特長のドアが少し離れて現れた。
先生が向こうのドアの前で待っている、私は中なのか外なのか分からないまま一歩踏み出し後ろを見ると喫茶店のドアは存在していなかった。
慌てて先生のもとへ駆け寄った。
「……先生ここは?」
微笑を浮かべている、うづき先生に少し不安は取れた。
「ようこそ!私の家……そしてエミのバイト先兼住まいへ」
「……バイト先?」
「その話は中に入ってから説明するから……どうぞ」
玄関に見えたのは店玄関だった。
中に入ると色々なビンが並んでいた、私は一つを取って見る……ラベルが貼り付けてあり『毒消し』などのメジャーな物から『ボイスチェンジャー:福沢諭吉』と何の役に立つか分からない物まで並んでいた。
「アイテムショップをやっている……先生はね錬金術士なのさ、そこで君の仕事だが……」
私の仕事は暫くは店番と注文の受付。
後が問題……原料以外の薬品調合である。
『レジュメを見てやれば失敗は無い!私を信じろ!』と先生は言ったけど……初心者に出来ることなの?
後は鑑定だ、お客様が持ち込んだ品の品定めらしいが……私には大したことは分からないから先生にお任せなのである。
首席率の関係上学校には通っているが、学校内でも調合の内職や鑑定知識を高める歴史の勉強をやっていた。
「どうも変なのだが……エミが獣憑きになった切っ掛け……猫に何かしたのか?」
先生はビーカーとフラスコを使い袋ラーメンを作っていた。
フラスコで何やら赤い液体も温めていた。
「猫ですか?」
私は、夢の中で出会った猫の話をした。
先生は眉間にシワを寄せて考えていた。
「結論からすると一般的な獣憑きじゃないって事はわかった……これは呪いなのかも知れない」
「呪い?」
「そう……」
私は一瞬だけど何かに追われた日を思い出した。
地面スレスレを逃げるその速度もそうだが……後ろから飛来する投擲を巧みに避けるがフイを衝かれて横腹に石が当たる。
ゴロゴロと転がった先に、神社の境内らしき石畳を見て愕然とした。
それよりも、石が当たった場所が痛くて気がどうにかなってしまいそうだ。
這々の体で逃げ込んだ藪の中で人と出会った。
――――もう駄目だ!
しかし私は何とも無かった………目を開くとぼんやりとした視界に映ったのは小学生の私自身だった。
すみません。
短編で終われませんでした。