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第七章


――――――――


 硝煙の匂いが、辺りを包んでいた。

 数十メートル置きに、騎士団の死体が置かれている。

 俺の横で、シレンが唇を噛み締めた。

「殺せば殺すほど強くなる、か。しかも見た感じ、俺がやつと戦った時より数段強くなってやがった。実力者ならそれだけ強くなる幅も大きい、とすると……。こりゃゼルス、アンタが斬られた瞬間がこの国のおしまいかも知れないな」

 口調こそ、軽いものであったが、しかし事態は思ったより深刻のようだ。

 仮に、騎士団長までやられていたら、あのデュラハンはどこまで強くなってしまうのだろう。

「早めに見つけ出して、殺すしかないな」


「殺し方も、解らないけどな」

 シレンは飄々と笑った。

 道は先ほどからずっと一本道が続いていた。

 灯りのお陰で一定のペースを保って歩き続けられているのだが、やたら長い。

 もしも、暗闇の中を手探りで歩いていたらと思うとぞっとしない。

「シレン、この洞窟の地理に覚えは?」

「残念ながら、ないね。他のやつらは下調べとかしているだろうけど、俺ぁそういう勉強が大嫌いだったもんで」

 討伐相手が篭城している洞窟の地理さえ調べないとは、どこまでこの男は不真面目で怠け者なのだろうか。

 予め戦場の地図を頭に叩き込む至極当たり前の行為を〝勉強〟と揶揄するくらいなのだから、よっぽどなのだろう。

 俺もこの洞窟に対しては全く無知の状態でやって来たが、それは状況が切羽詰っていたからで、あと一日、いや、半日でも時間があったなら、地図を調達していただろう。

「地形も把握出来ていないのに本隊とはぐれたとか、自殺願望でもあるのか」

「いやぁ、俺は刹那主義でね。なるようになれ、というやつさ」

 カラリと言ってのけたシレンは、その指を前方に向けた。

「ほら、そんな事言っている間に、また広い空間に出るみたいよ」

 その言葉に目を細めた。

 そして無響の空間は終わりを告げた。

 大空間は、俺がシレンと出会った場所とひどく似通っていた。

 光こそ降り注いではいないが、湖が視界の左端を埋めているのは先ほどと同じだ。

 ただ視界の奥、空間の真反対に微かな光を頼りに戦う、三人の騎士の姿があった。

 二人は黄と白に装飾された荘厳な鎧を、一人は赤黒く塗れ光る邪悪な鎧を。

 そしてさらに注目するべきは、王属騎士団の内の一人は、巨大なランスを携えて戦っているという点だ。

 深雪のように殊勝な輝きを放つそのランスは三メートル以上の装いを見せる。

「た、隊長ッ!」

 自分と並んで、空間の入り口に立ったシレンが思わず声を上げる。

 しかし、向こうはそれに応える余裕はないようであった。


「GULUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」


 声にならない叫び。

 真紅の騎士は一瞬の猶予を与える事もなく、ただ高速で二人の王属騎士に剣戟を振るった。

 先ほど俺と交えた、あの渾身の一撃よりは数段軽いだろう。

 しかし、その剣捌きと手数は最早常人の域を遥かに超越していた。

 血染めの剣が、それこそ残像を追うのさえままならない程の速度でXの字を刻む、刻む、刻む。

 左上から右下へ、右上から左下へと剣はひたすら駆ける。単調でしかし圧倒的な速さの前では、どんな小細工も通用しない。

 得物同士が触れ合う度、甲高い音が鳴り青白い火の粉が舞う。

 それが毎秒二、三回のペースで起きるのだから、三人の間は光の壁が出来たかのように瞬く。

 二対一にも関わらず、デュラハンの圧倒的攻撃ペースによって完全に彼らは守勢に回ってしまっている。

 特に騎士隊長ではない方、太刀を振るう若い王属騎士は今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 今すぐにでも、手助けに行かなければ。

 そう思い、地を蹴った。

 距離は決して遠くないはずなのだが、如何せん向こうの戦闘スピードは異常だ。

 最高速度で駆けても、間に合うかどうか――。

 と、その刹那、視界の奥で戦況が動いた。

 ついに受けきれなくなった若い王属騎士のその手から、太刀が吹き飛んでいったのだ。

 腰には予備の剣があるのだろうが、当然引き抜く余裕もない。

 丸腰になった彼は、恐怖に顔を歪ませ、一歩後ずさりする。

 逃がさぬ、とばかりにデュラハンの凶刃がその体躯を追う。

 そのあまりに素早い動作に鎧は、歓声のように軋んだ音を響かせた。

 紅の騎士はまるで木の枝でも扱うかのように、その重そうな剣を振り下ろす。

 だが、刃は若い騎士の喉元寸前で阻まれた。

 横から差し立てられたランスは、十字剣の刀身を大きく弾き、そのまま横一文字に鎧本体を狙う。

 騎士隊長の顔は、鬼気迫るものがあった。渾身の一撃だったのだろう。

 その一撃は、若い騎士を狙うために無防備に曝け出したデュラハンの横っ腹からぶち当たり、そのまま勢いに任せて反対側へ吹っ飛ばした。

 文字通りくの字に曲がった鎧は、地面を跳ね返ったり転がったりしながら十メートルは吹き飛んだ。

 それでも、その手に握った剣を離さなかったのは彼の執念と打たれ強さを表していると言える。

 しかし、鎧は大きく凹み、あちこち傷だらけのその鎧は、哀れと思えるくらいボロかった。

 俺が速度をやや落とし、若い騎士がほっとため息を吐き、騎士隊長が僅かに気を緩ませるくらいに。

「ダメだッ!!」

 叫んだのは、今や遥か後方にいるシレンだった。

 その声と同時に、首なしの騎士は起き上がる。

 その時俺は既に空間の中央まで来ていた。

 既に剣は抜いており、あと数秒で戦闘に介入できる位置にいた。

 ――しかし。

 しかし、デュラハンの起死回生は文字通り瞬きの間に行われたのだ。――

 膝を突き、跪くような体勢から一転。

 地面を一回蹴っただけで目にも留まらぬ速度まで加速したのである。

「なっ……⁉」

 俺と、デュラハンの元いた位置と、騎士団の二人がいた場所の位置関係は、三角形になっていた。

 しかし、デュラハンは俺には見向きもせず、騎士団へと直行する。

 そして騎士団の二人の位置関係は、騎士隊長がデュラハンにやや近く、その斜め後ろに若き騎士がいるといった感じになっている。

 まず最初に狙われたのは当然、騎士隊長だ。

 すれ違いざま振るわれた、水平の斬撃はランスによって受け止められる。

 デュラハンも、深くは狙わない。

 狙いは、あくまでその次なのだろうから。

 騎士隊長を追い抜く鎧の背中を、ランスが狙うがその速度には追いつけない。

 紅きデュラハンはそのまま、武器を無くし無防備のまま放心している若き騎士へとその剣の切っ先を向ける。

 俺も、騎士隊長もその一撃を止めようと動く。

 しかし、俺はまだ遠く、騎士隊長は勢いを味方に付けていないばかりか、重い武器を抱えている。

 次の一撃への介入は、不可能だろう。そう思えた。

 しかし、最期の意地だろうか。

 若い騎士は、その腰から予備の細剣を抜き出し、迫りくる恐怖に涙を流しながらも応戦の姿勢を示した。

 細剣などという軽い剣は、一撃を食らっただけで折れるか手元から吹き飛んでしまうだろう。

 それでも、彼は剣を構えた。

 恐らく最大速度であろうデュラハンは、その紅の剣を大きく振りかぶる。

 重力さえも味方につけ、上段からの力任せの攻めを展開する腹積もりなのだろう。

 高く掲げられた剣は、風を裂く音と共に振り下ろされる。

 その一撃を、若き騎士はレイピアの剣の先端辺りで受けた。

 当然、砕ける刀身。

 しかし、受けた場所が場所なだけに、まだ刀身は充分に残っている。

 ただでさえ長い細剣だ。今回はその点が若い騎士に味方した。

 しかし、刀身が砕けるほどの強撃、それだけ反動も凄まじいだろう。

 普通ならば手元から剣が放れてしまってもおかしくはない。

 だが、彼は決して剣を手から離す事はしなかった。

 力強く剣を握った手は、決して開いたりはしない。

 当然デュラハンもこれだけでは止まらない。

 連続で次の一撃を繰り出す。

 先の一閃と合わせてVの字を描くように、今度は下から切り上げるような一撃。

 まず唸る風の声が耳に届き、次にレイピアが根元から砕け散る音がした。

 宙を舞う鉄の破片は、キラキラと光っていた。

 二撃。二撃耐えた若き騎士は、ついに武器と身を守る術を失った。

 しかし、彼が稼いだ時間は、一つの行動を間に合わすのに充分であった。

「うらああぁ!」

 ランスを力任せに持ち上げながら吼えるのは、騎士隊長だ。

 両手で持ち上げたそのランス、重量はかなりのものだろう。その重さは、しかし一つの命の重さには適わない。

 強引に投げられたランスは、一直線に血染めの鎧へと飛来する。

 振り向かなくても、気配で感じ取ったのだろう。

 鎧は若き騎士を斬るのを諦め、そのまま身を切り返した。

 ギリギリですれ違うランスと鎧。

 行く先は、それぞれ反対方向だった。

 即ち、鎧が狙うのは騎士隊長。

 距離こそ、僅かしかなかったのだ。

 だから、斬られるまでの時間は一瞬と、騎士隊長も解っていたはずだ。

 予備の得物を抜く時間もない、と。

 それでも、彼は部下を見殺しにはしなかった。

 自分の命を差し出してでも、部下を守ろうとランスをぶん投げたのだ。

「甘いな……」

 そう思う。

 だが、決して嫌いではなかった。

 無防備の騎士隊長を挟んで、直線上を高速で駆ける俺と鎧。

 距離的に言って、騎士隊長が一撃食らうのは免れない。

 ただ、彼が一撃さえ凌いでくれれば、命だけは救える。

 デュハランの十字剣が光った。

 首を狙った斜めの斬りつけ。

 隊長は身体を後ろへ反らす。

 切っ先が、首に細い線を走らせる。しかしそれは、薄皮一枚しか切れてはいなかった。

 それでも紅の騎士は負けじと剣を深く食い込ませ、左肩から腕にかけて深い一撃を入れた。

 崩れ落ちる体躯。

 その後ろから、俺が剣を片手にデュラハンに斬りかかった。

 高速で交差する俺と紅の騎士。

 衝突した剣と剣は、一瞬で離れ、そして再び勢いをつけて振るわれる。

 重い一撃を打ち付けあう応酬。

 すれ違う瞬間だけで、優に五回を数えた。

 そのまま俺とデュラハンは勢いを保ったまま円を描くように反転する。

 ただ純粋に力比べをするのではつまらない。

 力、スピード、技術……。持てるカード全てを費やして相手を地に這わす。

 もはやそれしか頭になかった。


 縦横無尽に駆け巡る両者の四肢と剣。

 まるで踊るように、空間を駆け回りながらも相手との衝突タイミングを見極める。

 それは、相手が切り返す直後が一番良い。

 スピードが殺がれるからだ。

 逆に相手もその瞬間を狙ってくる。

 互いに油断は出来なかった。


 風よりも早く、早く、早く!

 加速する戦闘に、心が躍る。

 出っ放しのアドレナリンに快感すら覚えるほどだ。

 と、ついに紅の騎士が切り返しの瞬間、姿勢を崩した。

 手を付き、姿勢は保ったものの、勢いは完全に殺がれている。


 そこを一気に狙いに行った。デュラハンは咄嗟に立ち上がるも、足元の不安定感は隠せない。

 肘を限界まで折って、放つ一撃。

 十字剣に衝撃を与え、次へ移る。

 自らの目にも写らぬ速度で、限界まで剣を振るう。

 狙って、十字剣を打ち続ける。

 豪快な音が鳴り続け、着実と相手は後ろへ退いていく。

 上から、下から、右から、左から、斜めから、時には突き、穿ち、叩き付け、全方向から縦横無尽、疾風怒濤の猛攻で蹂躙し続ける。

 止まらなかった。否、止まりたくなかった。

 腕が痺れ、感覚さえ感じなくなっても、攻撃を止めようとはしない。

「ククッ……アハハハハハ!」

 不意に、笑いがこみ上げてきた。

 もう何十回、何百回、剣を振っただろう。

 これだけ攻めて攻めて、攻めまくってそれでもなお耐え続けるものなど、これまでにいただろうか?

 かつての俺の師が魔王になって以来、ひたすら強い者を追い続けた。

 あらゆる国と地域を駆け巡り、その都度実力者と合間見え、剣を交えた。

 どこかで、死に場所を求めていたのかも知れない。

 それでも、何百回と戦っても、俺が負ける事はついになかった。

 いつしか、強き者への挑戦者だった俺もその名が知れ渡り、挑戦される側に回るようになった。

 それからも、結局誰も俺に適いはしなかった。

「それじゃあ、意味ないんだよ!」

 叫ぶ。一層勢いと力を込めた一撃が血染めの剣を弾き、鎧の腹部への道を生み出す。

「強いやつと戦い!」

 その腹部へ、俺は剣で鎧を穿った。

「強いやつを打ち負かす!」

 動作を停止した鎧をさらに足で蹴飛ばし、

「そうすることでしか俺はもう強くはなれない!」

 もう一撃、胴を横殴りに掻っ切った。

 そして俺が攻撃を止めるのと、デュラハンが地に伏したのはほど同時であった。

「……………………」

 急ぎ、息を整える。

 油断は出来ない。シレンの話によれば、やつはまだ……。

 横目で後方を見れば、若き騎士が治癒魔法と思われる薄青い膜で騎士隊長を覆っているところだった。

 もう戦う気力もないだろう。どっちにしろ、共に戦ったって足手まといになるのが関の山だろうし、それで良い。

 シレンはシレンで、入り口から動こうともしていない。

 上官が斬られたのに、随分と非情な男である。

 そして目を、前方の鎧に向ける。

 周りが瘴気に包まれ、鎧は小刻みに震えていた。

 嵐の日の窓のようにカラカラと音を鳴らしている。

 そして次の瞬間、それこそ嵐のような戦いが再開された。


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