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第六章

――――


「何がどうなっている?」

 暗がりの中、誰に問うわけでもなく、そう呟いたのは全身を黒のコートに身を包んだ俺、ゼルスだ。

 視界はほとんど確保されず、聴覚と第六感に頼って洞窟内を前進していた。

 途中までは順調だった。

 洞窟内部に侵入するまでは、騎士団の隊列を尾行していた。

 そして場所を割った後、騎士団に数分遅れて洞窟内へ進入。

 思った以上に光が届かず、手探りで奥へ進んでいくうちに、迷ってしまったのだ。

 洞窟は複雑に入り組んでいた。例え明かりがあったとしても進路を見失う可能性は十分にあった。


 戦闘が始まっているのは、肌で感じ取った。

 ヒリつくような、空気の脈動。

 俺と王属騎士団の狙う七十Pの敵、ターゲットネーム『紅きデュラハン』は、現在この国でもっとも高額の賞金首で、かの王属騎士団を引き合いに出しても遜色ない化け物であった。


 念のため、背中の剣を引き抜いた。

 銀色の愛剣は、暗がりの中なので輝きも褪せて見えた。


 一歩一歩、慎重に歩を進める。

 もちろん周囲への警戒は怠らない。

 相手はデュラハンだ。首無しの騎士となれば、目がなくても空間を把握する能力でもあるのだろう。

 ならば、この暗黒の中を自由に動き回るはずだった。

 いつ奇襲されても対応できるよう、備えておく必要がある。


 生憎、俺は魔法の類は扱えなかった。

 幼い頃から、父親の影響で剣一筋で闘ってきたのだ。

 いまさらそのスタイルを変えようとも思わなかった。

 俺が何より信頼しているのは、自らの剣の腕なのだから。

「…………」

 視界を封じられ、感覚を頼りに歩くのはなかなか気持ちのいい事ではない。

 こんな事なら、荷物を全て預けるんじゃなかった、と後悔する。

 光源も、全て置いて来てしまった。

 しかし後の祭りである。たらればの話など何の意味も持たない事を俺は知っている。

「……っ!」

 不意に、空気が震えた。

 震えた空気は、音となって俺に情報を与える。

 これは、得物同士がぶつかり合った音に違いなかった。

「……近いな」

 連続して聞こえる、金属の打ち合う鳴動。

 恐らく、一対一だ。

 音のする方へ足を動かしながらも思案する。

 何故、騎士団は数の利を活かさないのか。

 数で勝っている以上、全員で足並みを揃えて敵と対峙するべきだ。

 そうでなくても、城のすぐ外れにある洞窟の事だ。

 光が届かず、内部が暗い事など知っていたはず。

 王属騎士の中には、魔法が使える者もいるだろう。

 魔術によって十分な光源を用意するのがセオリーというものではないだろうか。

 何か不測の事態に陥った。

 そうとしか考えられない。

 ならば、俺も気を引き締めていくべきだろう。

 改めて、全神経を動員して集中する。


 ……と、やにわに音が止んだ。

 決着がついたのだろうか。

 王属騎士が殺されたと思うのも嫌だったが、逆に紅きデュラハンが討伐されるのもあまり喜ばしくない。

 この手で、引導を渡さなければならないのだ。

 王属騎士になるためには、それしかないのだから。

 ゆっくり前進するのにもどかしくなり、深く息を吸うと、闇黒を駆けた。

 形振り構ってられない。

 一刻も早く、デュラハンを探し出し、この手で討ち取らなければ。

 不意打ちを食らっても勝てるという自信に裏打ちされた行動であった。

 風を切るように駆走る。

 足元さえも見えず、凹凸の激しい地面は一瞬でも気を抜けば、転倒を誘発するだろう。

 それでも駆け続けると、彼方に微かな光が見た。


――――――――


「ここは……」

 光の先にたどり着くと、そこには大きな空間が待ち構えていた。

 光はどうやら、頭上から照っているようだ。

 仰ぎ見れば、天蓋に穴が開いており、そこから一直線に日脚が伸びていた。

 空間は、闘技場並みの大きさを誇っている。

 俺から見て左手には、空間の三分の一ほどの大きさの湖畔が存在していて、冷気を放っていた。


 ぐるりと空間を見渡し、構造を把握すると、奥へ向かって足を運んだ。

 ここならば、デュラハンが来ても万全の体勢で戦える。

 これだけ光源があれば、不意打ちもないだろうと剣を収めようとすると、視界の端に何かが映った。

 咄嗟にそちらの方を振り向き、剣を構える。

 岩壁に凭れ掛かるようにしてそこに座っていたのは、黄と白の鎧に身を固めた、一人の王属騎士であった。

「…………」

「…………」

 目と目が合う。

 互いに互いを警戒しているのを、電流の弾けるような空気で感じた。


 しかし、相手は自らが王属騎士であるという自負があるからか、立ち上がろうとも武器を構えようともしない。

 構えなくとも、俺を圧倒出来ると思っているのだろうか。

「……あー、あんた、王属騎士だよな?」

 構えた剣を下ろしながら、確かめるように、問いただす。

 こんなところでいったい何をしているのか。と、咎めるような含みを持たせた言葉だった。

「……そうだ」

 その声の主は、まだ若かった。

 自分と同い年か、それ以下だろうと推測する。

 それだけ若くして王属騎士になれるという事は当然、実力が伴っているのだろう。

「騎士団は二十名ほどいたはずだが、仲間はどうした」

 やや突っ込んだ問いをしてみる。

 返答はあまり期待していなかったが、彼は何でもなさそうに答えた。

「はぐれた。今じゃ誰がどこにいるのか見当も付きやしない」

 やり切れないように、曲がった笑みを浮かべる。

 見れば、彼の左脇腹は鎧が破れ、その奥の肉は大きく裂け、真紅の液体が鎧を染めていた。

 簡素な藍色の魔方陣が張り付いているが、その効果の程は解らない。

「あんた……」

「なーに、気にする事ぁない。脇腹で済んだと考えれば僥倖さ。少なくとも、心の臓を刈り取られた仲間が居る事を俺は知っている」

 目を瞑って、乾いた血の付着した手をひらひらさせる。どこか飄々とした態度をとり続ける彼だが、果たして その余裕は見栄ではないのか。

 そして彼は言葉を続けた。

「いや、それはどうでもいいんだ。……俺も一つ聞きたい。あんた、何者だ?」

 一瞬で空気が変わった――ような気がした。

 見れば、男は鋭い視線で穿つようにこちらを睨んでいる。

 そこには、油断や驕りの欠片も残っちゃいなかった。

「どういう……」

「おっと、質問してんのは俺だぜ? テメェが放つ殺気、尋常じゃねーんだ。それにその出で立ち、隙がまったくない。それによ、こんなところまで来る馬鹿はそういない。何しにここに来た? こっちからすりゃ、疑う余地ありまくりなんだわ」

 矢継ぎ早に言うと、騎士は素早く腰の武器に手を伸ばした。

 俺も反射的に剣を構えた。

「ほらな、その反応速度、普通じゃない。よほどの手練れってのは分かんだよ」

 男は、握った柄を離しはしなかった。

 いつでも応戦出来るよう、警戒心を強めている。

「分かった、こっちだって隠そうと思ってたわけじゃないさ」

 敵愾心はないんだ、と示すように俺は剣を背中に戻した。

 そして空いた両手を広げてみせる。


「俺の名はゼルス。各地を回っている流離人だ。

 ここには、デュラハンを討伐しに来た。目的は――」

 その言葉の続きを紡いだのは、手負いの騎士であった。

「――王属騎士になるため、か」

 一瞬の静寂。

 光差す空間で、騎士は立ち上がる。

 その利き手は、既に得物の柄から離れていた。

「俺はシレン。疑って悪かったね。ゼルス――あんたの噂は聞いてるよ」

 そう言いながら、シレンは右手を差し出してきた。

「そりゃ光栄だ。ところで、俺はそんなに殺気を出していたか?」

 俺もグローブを嵌めた右手を差し出し、握手を交わした。

「そりゃ、空気が震えるくらいのもんさ。あんな殺気を放つやつを他に知らないな」

 シレンはニッと笑う。金髪の彼は、整った顔立ちの好青年であった。

 しかしすぐに表情を曇らせ、「いや……あのデュラハンも相当だったな……」と呟いた。

「そんなつもりはなかったんだがな……。ここ数日、全く油断出来ない旅をしていたから、そのせいかもしれない」

 脳裏にチラついたのは、無邪気な笑顔を浮かべておいて、そこいらの犯罪者や傭兵より余程鋭く尖った殺気を纏った少女の姿だった。

その殺気足るや、普段温厚なツノザウルスが血相を変えて突っ込んでくるくらいだ。余程恐怖心を与えたのだろう。


 コノハという名の彼女がどういう生い立ちをしてきたのかは分からない。

 ただ、純粋にその明るさを持つ表の顔と別に、深く重たい闇を孕んだ裏の顔を持っているのを察していた。

 故に俺は、コノハと旅を続ける間、一瞬たりとも油断できなかったのだ。

 眠る事さえ出来なかった。寝首を掻かれる可能性が捨て切れなかった。


「まぁ気にするなって。んで、これからどうすんだ?」

 シレンはカラカラと笑う。

 その様はまるで犬のようで、尻尾が付いていれば縦横無尽に跳ねてるのだろうな、と思った。

「逆に聞いてすまんが、シレンはどうしてここにいた?」

「端的に言えば、逃げ延びた。ここに居れば、光が味方してくれるからな。暗闇で戦うのが一番やばい」

「やつは、強いのか」

「強いなんてもんじゃないね。殺した筈なのに軽く生き返りやがった。ありゃ不死だ」

「……。他の仲間とはどうしてはぐれた?」

「じつは俺、途中で靴紐結んでたら皆先行っちゃってさー。ははは」

 俺は、目の前にいる男が本当に王属騎士なのか心配になってきた。

 幾らなんでもズボラ過ぎやしないか、と。

「んで、ゼルスはこれから討伐に行くんだろ?」

「……そのつもりなんだが、光源がなくては話にならない」

 光源がない以上、この場所以外をうろつくのは危険だ。聞く限り、闇はデュラハンの最も得手とする空間。

 ならば、わざわざ相手の土俵まで行く事はない。

 しかし、逆に言えば、やつは光のある場所には姿を現さないのかもしれない。その場合、ジリ貧なのはこちらだ。

 夜になれば、この空間も真っ暗闇になるだろう。

 そうすれば、全域がやつのテリトリーとなってしまう。どうにか、光をあるところにやつを誘い込まなければならない。

 あるいは、やつの元へ光を持っていくかなのだが……。

「光源なら、ここに居るけどな!」

 そう言って、誇らしげに胸を反らせたのはシレンだった。

「……あー、この国の人間は発光機能が付いているのか? それとも個人的に?」

「ちっ、ちげーよ! 魔法だって! ま・ほ・う! 光源魔法!」

「おう、知ってる。それじゃ早速行こうぜ」

「テメェ……」

 即席パーティの精神的な距離を縮める粋なやり取りを終え、俺は身を翻すとすたすた空間の出口へ向かう。

 シレンが小走りで俺の横に追いつく。

 そして、魔法を唱えた。


「La luz - puede brillar」


 唱え終わると共に、透明の何かが空中に波紋のように広がった。

 一瞬の静寂の後、シレンの胸部辺りの高さに、円形の光るチューブが現れる。

 チューブは、シレンを軸に数メートルの余裕を持って広がっている。故に、シレン自身と重なる事はない。

 そしてそれは、シレンが動けば連動して同じ方向に動くようになっていた。

「すげぇな……。辺り一体を照らしてるぞ、それ」

「だろ? そこそこレベルが高い魔法だからな。それだけに魔力も食うんだけどな」

 言いながらも、シレンは二つ目の魔法を唱えた。


「La defensa - mi cuerpo」


 今度は透明の膜がシレンを足元から頭部まですっぽり覆った。

 全身が覆われると、膜は見えなくなる。

「こっちは防御膜。これで自分の身は自分で守れるってわけだ」

 シレンはそう言い、さらに言葉を続ける。

「とりあえず、俺は光源魔法と防御魔法、あと怪我を抑える治癒魔法の三つ持続させるのに手一杯になっちまうから、討伐はあんた任せになるが」

 魔法三つの同時継続。これは手練の魔法使いでないと出来ない芸当だ。

さらに戦闘まで求めるのは酷な話だった。

「ああ、構わない。ただその場合、討伐者は俺になるんだよな?」

「いいぜ。俺は地位とか栄光とか、そういうのは要らないからな」

「そりゃ助かる」

「あぁ、あとさっきも言った通りやつは普通には倒せない。鎧の真ん中に穴あけて、しかも首部分から剣ぶっこんだら一回は倒れたが、すぐに蘇りやがった」

「……なるほど、試行錯誤しそうだな」

「ま、俺は防御膜の中に篭ってるから、好きに戦ってくれ。少しくらいはサポート出来るかも知れんが、期待はすんなよ」

「大丈夫だ、任せとけ」

 俺とシレン、二人の確かな実力者は、短く言葉を交わしながら先へ進んでいく。

 シレンを軸に波動のように広がる光が暗闇を溶かして金色に染め上げている。

 それでも、視界全体が照らされているわけでもないので、警戒は常に怠らなかった。


 それから数刻、俺たちは歩き続けた。

 入り組んだ洞窟を、隈なく捜索していく。

 そして、やがて視界は紅のテリトリーへと姿を変えていった。

「……これは」

 シレンが思わず声を漏らす。

 その理由は解っている。足元が、血に塗れていた。

 それも、半端な量ではなかった。

 そう、例えるなら血の海。

 幾重にも重なって地に伏した、騎士団の面々から流れる、血潮であった。

「……ッ! 下がれ!」

 瞬く間に、視界が鳴動。

 おぞましい殺気に、戦慄が全身を覆い、栗毛が立つのを感じた。

 寒い。水底を漂うように、冷たい空気が肌を突き刺した。

 重力さえも普段の二、三倍に感じられ、俺は重々しい動作で剣を抜くのがやっとだった。

 〝それ〟は、騎士団の命を啜って、それでも足りないとばかりにハウリングした。


 紅のデュラハン。

 噂にしか聞いた事のないその化け物は、そのアンティークな鎧を真っ赤に染め上げ、さらに骨肉のこびり付いた十字剣からは鮮血が滴り落ちていた。

距離にして十メートル。その殺気に怯んだ俺には、あまりに近い距離であった。

 邪気、瘴気を纏わせながら、デュラハンは静かに剣を構える。

 その身体は、こちらを向いていた。

 シレンが数歩後退するのを気配で感じ取った。

 光源があって、この威圧感。

 なければ、どうなる事か、解らない。

 引けない。

 やつをシレンとぶつけるわけにはいかない。

 紅の騎士の初期動作はひどく緩慢なものであった。

 まるでカラクリ人形のように、遅々とした動き出し。

 しかしそれは、一歩踏み出すまでの事であった。

 緩急。

 緩やかな動きから、突如高速で迫ってきたその騎士に、俺は咄嗟に剣を振るう。

 手応えはあった。

 否、ありすぎた。

 まるで鉄の壁に剣を打ったように、反動は両腕の深くまで押し寄せる。

 鍔迫り合いは、やや俺の不利に推移した。

「くっ……!」

 寸でのところで踏みとどまり、腰からしっかり、剣を持つその手を抑える。

 壁がそのまま迫るような重撃を、全力で食い止めようとした。

 強すぎる摩擦が火花を生み、泡沫に弾けて消えた。

 競り合いは、完全に互角であった。

 お互いにその刃を引かせない。譲れない場面だった。

 ただ渾身の力を、己の刃に乗せて踏ん張る。

 実際には僅か十秒余り、しかし体感ではあまりに長い時間。それは紅の騎士の根負けで終わりを迎えた。

 押し切れないと判断した首なしの騎士は、素早く剣を引かせると、後方へと行方を眩ませた。


「……はあっ……はぁ……」

 俺の荒い息遣いだけが、静寂に音を奏でていた。

 たった一合。

 たった一合打ち合っただけで、あれほどの激戦になるとは。

「やっぱ、俺は俺の得意分野で戦わなきゃな……」

 ボソリと呟く。

 もう紅の騎士は襲い掛かっては来なかった。

 どうやら遠くまで撤退してしまったようだ。

「どうする?」

 背後から、シレンが声をかけてくる。

「もちろん、追うさ」

 惑っている暇はない。

 辺りを見渡しただけで、ざっと十人近くの騎士団が命を散らしていた。

 下手をすれば、既にシレンを除き全滅している可能性だってあるのだ。

 それにこの場所にいるだけで、徒に体力、精神力を消耗してしまう。

 いくら灯りがあれど、視界の端までは照らしてはいない。

 それが、余計に恐怖を煽っていた。


「……気をつけろよ、ゼルス。あのヤロー、騎士団の血を啜って、力を増してやがる。そしてやつの最大の武器は、その刃でも、不死の身体でもない。闇を利用した、恐怖だ」

「…………」

 その言葉には答えず、俺は一歩を踏み出した。

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