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第五章


――――ギルンデルク城下町郊外の洞窟


 幽暗の中、腰に吊るした白銀の剣に手を掛けた。

 今はただ、敵の気配を探る事だけを考える。

 落ち着け、俺。昂ぶる感情に歯止めを掛ける。

 戦場はいつだって、集中力を切らした者から斬られていく世界なのだから。

 先行していたはずの騎士団の姿はどこにもない。

 まず、この暗さの中で見つけろというのも無理な話だが。

「くそっ……」

 悪態は、ハウリングして奥へと響いていく。

 誰かに気付かれたらまずいが、そんな事を気にする余裕は持ち合わせていなかった。

 焦燥が、内宇宙を瞬く間に包んでいく。

 いくら実戦経験豊富とは言え、このような状況は初めてなのだから、落ち着けるはずがない。

 兎にも角にも、心の支えが必要だ。

 何かないか、誰かいないか。

 暗い檻の中を、目を細めて探る。

 騎士団であれば、その特徴的な黄と白の鎧によって一目で分かる。

 逆に、正体不明の敵なら、見えるかどうかも未知数だ。

 洞窟のゴテゴテした岩の上を歩いていく。

 凸凹がひどく、左手にある壁に手をつかなければすぐに転んでしまいそうであった。

「はぁっ……はぁっ……」

 極限の状況、周囲に警戒しながら数十分経過している。

 流石に、体力的にも精神的にもきつかった。

 集中力が切れるのも、時間の問題だ。


 ふと、手を付いた壁に微かな水気を感じた。

「……なんだ? この洞窟には湖でもあるのだろうか」

 壁に付着していた水分は手にこびり付き、そしてそれは妙にぬめぬめしていた。

 ――水とは、少し感触が違う。

 不振に思い、右手の人差し指を伸ばして魔法を唱える。


「La luz - este alumbrado」


 瞬間、人差し指の先端から光が迸った。

 魔力をあまり無駄にはしたくはないのでホタル程度の大きさの光だが、手元を照らすには十分だ。

 光を、液体が付着した左の手のひらに持っていけば……。

「うおぉ……」

 それは、紅かった。

 トマトジュースだとか、ケチャップだとか、そんなものではない。

 これは、血であった。

「まだ固まってない……あまり時間は経っていないな」

 味方の血か、敵の血か。

 分からない。分かりたくもない。

 そして、手から発される仄かな光に、微かな影が差した。次いでおぞましいほどの殺気を感じた。

 振り向きざま、剣を振り抜く。鞘を滑走し、目にも留まらぬ早さで後方を両断する。

 しかし、剣は空を切り、やり場を失った勢いは俺の身体を持っていこうと暴れた。

 それでもその場に踏みとどまり、剣を構える。敵は見えない。

「…………」

 額を汗が伝う。

 それが目に入れば視界に影響が出てしまうが、今は拭う暇もない。

 今も、闇の中で敵が蠢いているはずなのだから。

「チッ……」

 舌打ち。

 剣を握った手からはまだ、光が漏れている。

 視界を確保するメリットはあるが、逆に敵にこちらの位置をバラしてしまうデメリットも同時に存在した。

 自分の位置がバレているのなら、黙して待っていても、不利になるばかりだ。

 そう思い、自らを奮い立たせる。

 そして、深淵の中に一歩踏み込んだ。


 刹那、紅い斬撃が己の身を襲った。

 咄嗟に剣で迎え撃つ。

 腕に、鈍い衝撃。

 そのあまりに重い一撃は、身体中を揺るがした。信じられないほどのパワーだ。

「チィッ!」

 鍔迫り合いをしても勝てないと判断し、剣を引かせ半歩後ずさる。

 そして、追撃を仕掛けようとする相手より速く、次の一撃を繰り出す。


 勢いを付けて放った重撃は、綺麗な半円を描いて垂直に振り下ろされた。

 しかし、その一撃を真紅の剣は難なく受け止める。

 いくら力を込めても、一寸たりとも押し込めない。

 逆に、振り下ろした剣は下から押され、徐々に上がっていく。

 弾かれたように両者の剣は離れる。

 攻勢ですらつらいのだ。守勢に回れば、猛攻の前に成す術などなくなってしまうだろう。

 俺は今度は相手のいる位置に向かって猛然と突っ込んだ。


 来る反撃に備え、剣を突き出すが、空を掻っ切る。

 そこに、姿の見えぬ相手は居らず。

「なんっ、嘘だろっ⁉」

 今度は右手から一撃が襲い掛かる。

 瞬刻のうちに対応し、剣を受ける。

 しかし、あまりに突然過ぎるその攻撃を受けきれるはずもなく、左手に向かって跳躍した。


 暗がりの中、不安定の足場のせいか着地に失敗し、土壌を転がった。

 すぐさま飛び掛かってくる影。

 相変わらず姿の見えぬそれは、足蹴を繰り出す。

 身体を海老のようにくねらせ回避、しかし視界が安定せず、さらに目まぐるしく変わる状況に頭が混乱し、なかなか立ち上がれない。

 片膝ついた状態で、渾身の力で右手だけで敵の剣戟を弾いた。

「ちっくしょ……! Una llama - puede quemarse!」

 剣を握った右手とは逆、左手で影を指差す。

 そして唱えた魔法は、下位の炎魔法。


 空間を湾曲するように、指先数センチのところに現れた直径十センチほどの炎の塊は、手の動きに合わせて発射された。

 火花を散らしながら、暗闇を貫くように突っ切った炎は、影に直撃する。

 その時、声にならない声を聞いた。

 地獄の底から響くような、低く轟くような声。

 鎧が微かに燃え、そのお陰で位置と姿がはっきりと視認出来た。

 首なしの、紅きデュラハン。間違いない。ターゲットだ。

「わりぃけど、討らせてもらうぜ」

 いつまでも地面に転がってられない。

 掠れ声で叫び、剣を握って地を蹴った。


 スタートダッシュの要領で駆け出した俺にたじろいだデュラハン。

 先ず手に握ったその紅剣を力いっぱい弾く。

 鉄同士がぶつかり心地良い音が鳴って、紅の十字剣は宙を舞った。

 無防備になったその身体に、息つく暇もなく得物を向ける。

 そしてその鎧――もとい甲冑の腹部に剣を突き刺した。

 あっけらかん、剣は簡単に鎧を貫通した。

 出来の良い真剣を使っているからだろうか。

 さらに引き抜き、本来ならば首があるべき場所から中に剣をぶっ刺した。

 中から、瘴気が洩れ出て、辺りを包み込む。


 途端に、鎧は動きを止めた。

 電池切れの機械のように、急に動作を停止した鎧は、まず両膝をつき、そして胸部から思い切り地面に倒れ伏した。

 それから数秒、何の動きも見られないのを確認し、全身の力を抜いた。

「はっ……はぁっ……終わった……」

 洞窟内は再び水を打ったような静けさに包まれ、安心感から剣を落とした。

 カラン、と甲高い音が響く。

「……厳しい戦いだったな」

 深く、ゆっくりと息を吐いた。

 天を仰ぎ見て、天蓋の知れないその闇に苦笑を洩らす。

 命がけで戦い、そして勝利を収めた。

 思わず、余韻に浸る。

 それは仕方のない事だろう。何故なら今回の戦いで……。

「…………」


「……………………」


「……………………っぁ?」

 何かが、身体を通り過ぎた気がして、仰いでいた顔を、眼を、視線を、下ろしていく。

 光が灯った右手を、腹部へと運ぶ。

 そこには、血で塗れた朱色の剣が、濁った輝きを見せて鎮座していた。

 背中から、刺されていた。見れば、先ほどまでデュラハンが倒れていた場所はもぬけの殻となっている。

 いつ復活し、いつ移動したのか。まるで分からなかった。

 一滴、血が刃を伝い、滴り落ちる。

「…………カハァッ」

 口から少量の、しかし決して無視できない量の血が静かに吐き出される。

 そして、一筋の朱線が顎を伝った。

 強引に引き抜かれた剣。

 腹に空いた空洞から多量の血が流れ落ちる。

 それはみるみる、足元に血溜まりを作っていった。

「なんだって……んだよっ!」

 剣を拾う暇もなかった。

 予備のレイピアを持っているので、手放した剣は思い切ってスルーし、前方へ駆け出した。

 走りながら、魔法を唱え、現れた魔法の膜で腹部の傷を覆う。

 治癒には時間がかかるが、少なくとも止血にはなる。

 懸命に足を動かし続けた。

 仮にも王族騎士であるこの俺が、なんてザマだ……。

 遥か彼方に、一筋の光を見た。




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