表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13

第二章

 地割れのような轟音が鳴り響いて、地震のように地下牢全体が大きく揺れた。それに伴い、親方とその取り巻きたちの怒声が聞こえる。

 何が起きたのだろう。気にならないわけではないが、起き上がる気力もない。ひたすらうずくまり続けた。


 次第に喧騒は大きくなっていく。そして、鉄と鉄がぶつかり合う音。

――多分、戦闘が始まった。


 本当なら私も参加しなきゃいけないんだろうけど、こっちには誰も来ない。

 甲高い声が聞こえる。

「お、おい……こいつ目茶苦茶つええぞ……」

「嘘だろ……? こっちは二十人いんだぞ⁉」

 劈く悲鳴。

 血の吹き出す音。血溜りの上を踊る人たち。ジャバジャバと音がする。


 二十人もいるのに、押されている⁉ きっと、とっても強い人たちが大勢で来たんだ。

 悪事を働いていたから、皆殺されちゃうんだ。親方も、皆も、そして、私も……。


 死にたくなかった。戦うべきだった。今戦わなければ、友軍が全員死んでしまう。

 あんな奴ら仲間でも何でもないけど、戦力にはなる。戦力は集中させるのが定石だ。

 仲間がやられてから戦うよりも、共闘した方が良いに決まってる。

 それでも身体は動いてくれない。指の先一本まで、蝋のように固まって動かせない。

 次第に喧騒は小さくなっていく。きっと皆、死んでるんだ。

数秒置きに断末魔。堪り兼ねて、必死の思いで腕を動かした。

 そして、両耳を塞ぐ。塞ぐ寸前に、親方の声。

「お前……まさか、ジャ……」


 耳を塞いだからなのか、はたまた周りが静かになったからなのか。急に音が消え去った。ただ、気配だけを感じる。


 誰かが近づいてくる気配。ゆっくりゆっくり、躊躇もなく、迷わず真っ直ぐに向かってくるのが直感で分かった。見つからない事も期待したが、盗賊団のアジトである。隅々まで探索しない理由がなかった。

 つまるところ、私は絶対に見つかる。


 怖い。いやだ。殺さないで。ごめんなさい。仕方なかったんです。ああしなければ生きられなかった。私は悪くないよ。私は悪くないよね?

 このままここで死ぬのだろうか。だとしたら随分下らない最期だ。何のために生きてきたのかもあやふやになるくらい。

「最高に最悪な世界だったよ神様」そう心の中で呟いた。

 その言葉が神様に届いたか分からないまま、ついに気配はすぐ傍らまでやって来て、そして足を止めた。

「おい、大丈夫か?」

 その声は、とても泰然自若な感じで、でもどこか温かみのこもった色だった。それは、大人の男性の声のような気もするし、あどけなさの残る少年の声のようにも聞こえた。

 ただ、ひとつだけ分かるのは、この人がとても強い人という事。言葉ひとつ、声ひとつで分かる。

――この人、とんでもなく強い心を持っている。

 固い決意を秘めたような、しかしどこか憂いを帯びた、冷たい色の心。

 ゆっくり顔を上げた。蹴られた頬がズキズキ痛む。切った口の中も痛い。当分は食事の度思い知るだろう。

「酷い怪我だな……。何はともあれ命は無事で良かった。もう大丈夫だ、あいつらは全員、もう居なくなったから」

 居なくなった、言い換えれば皆殺しにしたという事だろう。

 私の前で屈んでいるその男は、真っ黒のコートに身を包んでいた。頭までフードですっぽり覆っているため、顔も見えない。端的に言えば、全身真っ黒だった。対照的に彼が右手に持つ大剣は純銀で、白く輝いている。


 辺りを見渡したが、彼の仲間は見当たらない。親方含む二十人を圧倒したのだから、相応の人数で来たはずだ。しかし、彼以外の姿はどこにもない。

 帰ったのだろうか。それとも、アジト内を探索しているのか。ここは見かけによらず広域なのだ。

「立てるか?」

 男が伸ばした左手に、私は一瞬躊躇して、それから掴まった。

 その手も黒いグローブが嵌めてあって、彼本来の温もりを感じる事は出来なかった。


――――


「俺も治癒魔法が使えれば良かったんだけどな……」

 治癒魔法のイメージだろうか。手のひらを開いたり閉じたりしているこの黒ずくめの男は、多分勘違いしている。

 私は盗賊の一味でシーフなのに、彼は私が盗賊に拉致されて来た可哀想な少女だと思っている。

 手荒にされなかったかとか聞いてきたし。

 ま、それも当然か、と思う。

 私はまだ十四歳だし、こんな子供が盗賊だなんて発想に思い至らなかったのだろう。幸か不幸か、武器である短剣は手元にないし。

 ……いや、考えられないはずはない。

 だってこのご時勢だし……。

 うーん、と一人首を捻った私に、彼は言った。

「俺はゼルス。あんたは?」

 相変わらずフードをすっぽり被ったままで、表情なんて見えやしない。

 顔も見えないのに、自己紹介ってそりゃないよ。

 この正体不明の男が何でか面白くて、くすっと笑うと、

「コノハって言います」そう名前を告げた。

 そして、一人の盗賊の少女と一人の剣士の青年は、互いの名前を胸に刻みつけた。


――――


 磨きこまれた透明の窓の外は朱色に染まっていた。遠く、雲が鳥たちと共に流れている。行き先は海の上か、はたまた広大な大地の上か。

 日暮れ時。流石に移動するのにも厳しい時間帯だったので、私はゼルスに連れられ町の宿に泊まる事にした。ちなみに私の立場は、盗賊に誘拐された少女のままである。

 流石に盗賊の身である故、隣の剣士よろしくフードですっぽり顔を覆って町を歩いた。

 宿屋の主人など、フード二人組の私たちを訝しげに眺めていたが、それ以上触れられなかったので幸いだ。

 触らぬ神に祟りなし、とぼやいていたが、気にしない方向でいこう。

 私の服装に関してはゼルスにも「あんまり人目に触れたくないんです」と言ったら納得してくれた。

 ナイフはきっちり回収してきた。何だかんだで幾つもの死線を共に潜り抜けてきた仲間だ。これが腰に収まっていないと安心出来なくなってしまった。

 ゼルスには護身用だと取り繕って置いたので不審がられてはいないようだ。


 なかなか高級な宿のようで、部屋は清掃が行き届いており、家具も上質であった。

 どこにこんなお金があるのだろう。私はこのゼルスという剣士が不思議で仕方なかった。

 まさか盗賊たちを一人で討ったわけではあるまい。

 彼の仲間たちが今どこで何をしているのかも気になるところだ。


 しかし、それよりも大事な事があって……。

 それはこのベッドだ。やたらもふもふしている。身体を預けた瞬間、すごい沈む。非常識なほど沈むし、反動で物凄く浮かび上がる。まるで綿をそのまま敷き詰めたような感覚。何年もずっと、硬い床に薄く藁を敷き詰めて寝ていた私にとって、これは革命のようであった。

「す、すごい!」

 驚くべく事に、シーツもふかふかしている。さらにフローラルな香りがするのも謎だ。花と一緒に日干ししているのだろうか。それとも、素材が花? この布の中に花を入れている?

 私のとっては、分からない事だらけだった。



「王属騎士を目指してる……?」

「そう。この町に来た理由もそれなんだが」

 私とゼルスは、部屋の中央に置かれた机を挟んで木製の椅子に座っていた。

 身体を動かすと、漆塗りのその椅子は軋んで音を立てる。

 ゼルスは懐から一枚の切れ端を取り出した。

 薄汚れた羊皮紙には、親方のモノクロ顔写真と、この場所の地図が描かれていた。

 その下には、『報酬:十万G+五P』。

 この宿に来る前に、ギルド支店に寄っていたので、既に〝済〟スタンプが押されている。

 報酬のお金のほうに関しては、何故か断っていた。お金に余裕があるのは分かるけど、貰えるものは貰っておくのが普通じゃないのかな……。

「この町のギルドに貼ってあった依頼書だ」

 依頼書。ギルドのボードに張り出される張り紙だ。この依頼書に書かれた依頼を達成する事で、報酬を得る事が出来る。

 依頼の内容は様々だが、主に魔物や悪人、悪人集団の討伐、護衛、特定魔法の行使、特定素材の収集が主流だ。


 私は、依頼書が出されていた事に驚きはしなかった。以前から貼り出されていたのは知っていたし、しかし何故今まで野放しにされていたかと言うと、私たちが単純に強かったからだ。人数も多い。この付近の戦士如きに徒党を組まれても簡単にやっつけられた筈なんだけど……。

 それはさて置き、私はその依頼書の中で一つだけ異質な点がある事に気付いた。

「あの……これはいったいなんですか?」

 報酬の欄を指差しながら問いかけた。

 普通報酬と言ったらお金だ。実際、この依頼書にも金額が記されている。

 しかし、それだけではなく、『五P』という謎の数字も記されているのだ。

「ああ、これが目当てなんだ。このPを百P分集める事で王属騎士へのパスとなる『正義の証』を手に入れられる」

「ほぉー、なるほど……って百P⁉」

「ああ。それがどうかしたか?」

「だだだ、だって、おやか……じゃなくてここのボスほどの凄腕がたったの五Pぽっちって……」

 この国に親方以上の化け物が二十人以上いるとはとてもじゃないが思えなかった。

「いや、問題はない。こいつはあくまで前菜だから」

 机の上に置いた依頼書の、親方の顔写真を指でトントンと叩きながらゼルスは言った。

「前……菜……?」

「ここの分で、俺のPは三十まで溜まった訳だけど、これから七十Pの主食“メインディッシュ”を狩に行く。それでぴったり百Pだ」

 フードに隠れて分からないけど、確かに彼は不敵に笑った気がした。

 親方の三十五倍の化け物。私はそんなの絶対無理だと思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ