最終章
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「う、うわぁっ……!」
咽返るような血の匂いがテントの中に充満していた。
テント内に居た全ての人間を切り刻む。
用心棒を失ったこのキャラバンに、碌に戦える者など残っちゃいなかった。
一番豪華な椅子にふんぞり返っていた肥満体質な男の腹を掻っ捌き、その服で剣に付着した血を拭う。
……随分と手応えのないやつらだ。
俺はテントを出、人の居なくなった中央通りへ出た。
もちろん皆殺しにしたわけじゃない。
俺が見せ付けるようにこのキャラバン『アキンド』の連中を殺して回ったところ、全員蜘蛛の子を散らすように逃げていったのだ。
俺にとっては、好都合だった。
「あとは、奴隷か」
どうやらこのキャラバンは奴隷売買という悪質極まりない取引まで行っていたのだと言う。
俺は『アキンド』が所有する馬車の中を一つ一つ覗いて回った。
流石に大手キャラバンなだけあって、数が多い。
そして七つ目の馬車で、ようやく奴隷たちを発見した。
狭い馬車小屋に詰め込まれていたのは、二十人ほどの幼い子供たちであった。
皆一様に首輪を着けているから、奴隷で間違いなさそうだ。
俺は慎重に首輪を切断していくと、全員を馬車から降ろした。
「今ならどこにでも逃げられる。王属騎士の元へ行くか、ギルドへ行くか、他の町に行くか……。全部自由だ。好きにしな」
俺がそう言うと、彼らは一言ずつお礼を言って、各々思い思いの方向へと駆けて行った。
「さて、俺もそろそろ逃げるとするか」
大手キャラバンを一つ全滅させたのだ。
最早最凶の賞金首となってもおかしくない。
しかし、これでコノハの安全は守られただろう。
どっちにしろ俺はもうこの国に用はない。
王属騎士にはなれないのだ。
別の国に行くしかあるまい。
人の居なくなった中央通りもそろそろ人が戻ってくるだろう。
そう思い、路地裏への道を選んだ。
入り組んだ道を勘のみを頼りに進んでいく。
地図はコノハに渡してしまった。
それでも町の外周へと走っていけば、自然と町から出れるだろう。
そう考えを巡らしながら、駆け続ける。
人気のない路地裏を通り抜け、ようやく町の出口が遠方に見えた。
「……おいおい」
出口に向かって走りながらも、思わず声を漏らす。
その出口の傍の壁に寄りかかるようにして、一人の男が腕を組んで待っているのだ。
こっちは見ていないが、そもそもここに居る以上、俺を待ち伏せしているのだろう。
どうやって。
疑問に思うが、今はそれを考えても仕方なかった。
やがて出口へ近づくと、男は腕組を解いて背を壁から離した。
そしてこちらを向くその男は、かつて共闘した王属騎士、シレンであった。
俺を捕まえに来たのか? と思ったが、やつからは一切の殺気を感じられない。
一体シレンが何しに来たのか考えが纏まらないまま、俺たちは対峙した。
「よぉシレン……。偶然……じゃないよな」
「まぁね。それよりゼルス、随分血の匂いがするわけだけど?」
シレンは首を傾げた。
本気で分からないのか、それともカマかけているのか……。
「回りくどいのは嫌いなんだ、シレン。何の用だ?」
殺気を放って威嚇するが、果たしてシレンのような男に通じるのかは分からない。
この男は、何もかもが未知数なのだ。
「ははは、そう怒るなって。伝言だよ。僕らが隊長が、ゼルスに『助かった。礼を言う』だってさー」
目の前の男は後頭部に腕を組みながら、快活に笑う。
それは、恐らくあの洞窟での事だろう。どうやらまだ、キャラバンの件は伝わっていないらしい。
「……それだけか?」
「うん、まぁね。ああ、そうだ、あと俺からも個人的に。
テルス王国で銃使いの勇者がいるらしい。強さは未知数だけど、会ってみる価値はあると思うよ」
シレンの思わぬ助言に、一瞬言葉に詰まるが、こいつを前に冷静さを崩してはならない、と平坦に言葉を返す。
「……そうか。ありがとう」
「ははは、どう致しまして」
やはり裏表なく笑うシレン。
こいつなら、物凄く不本意ではあるが、もしかしたら一応託す事もやぶさかではないかも知れない。
「……コノハが王属騎士に入団するから、出来る限りサポートしてやってくれ」
素っ気無く言うと、シレンは腕組を外して親指を立てた。
「あ、マジ? オッケー、全然オッケーだよ。任せておいて!」
屈託なく笑うシレン。馬鹿笑いに見えなくもない。
というか何故彼は驚きもせずに受け止められるのだろうか。
いやはや、俺は間違っていないだろう……。多分。
「それじゃあ、頼んだ。シレン」
「じゃあな、ゼルス」
シレンの横を通り過ぎた。
一瞬だけ、シレンの瞳がギラリと光った気がするが、気のせいだと願いたい。
目の前に広がる砂漠は、やはり俺をゲンナリさせるだけの威力があるようだ。
ああ、これで良かったのだろうか。
気にしても仕方ないとは思う。
ただ、俺は俺の正義を貫いたはずだ。
はためいたコートの裾もそのままに、俺は太陽を仰ぎ見た。
まずは、約束を守らなければならないな。
仄かな風を感じて、俺はふっと笑うと、広大無辺に広がる砂の海に一歩を踏み出した。