序章
独りの盗賊と、独りの剣士の物語。
夕闇に紛れて、血塗られた紅いマントのような〝なにか〟が蠢いているのを、幼いながらただただ全神経で感じ取った。
掠れ声で嗤うように、あるいはすすり泣くように、〝首のないそれ〟はゆらり、ゆらり、とその体躯を揺らして、近づいて来る。
吹き荒れる砂は、予兆だろうか。大よそ、招かれざる者の訪れに嘆きを露にしているのだろう。
悲しきかな、嘆かれるは私達の未来だろうか。
モザイクのように灰黒色な視界。その元凶とも言える異形の主は、懐から長く鋭い影を引き抜き、その切っ先を私達に向けて突き出した。
赤黒く変色したその剣の、剣格には煌々と輝くルビーがはめ込まれている。
その美しさに、暫し魅了された周りの大人達は瞬く間に切り裂かれ、胴と首が離れた。
私は怖くて、逃げるようにがむしゃらに駆けた。
周りの景色なんて全く分かる状況ではなく、幾度となく転びそうになりながら、しかし転んでしまえば一瞬のうちに首を刈り取られてしまいそうで、必死に四肢を動かして道なき道を走り抜ける。
そうして家族を捨て、故郷を捨て、走ること数十分、ようやく私は首なしから逃げ遂せる事が出来たのだ。
返り血を浴びてその色に染まった紅きデュラハン。今でも稀に夢に見る、あいつの邪気を纏った甲冑姿。それは、約十年も立つ今でも、色濃く心に傷を残していた。