魔王 勇者の初めての戦闘
「じゃあ早速始めましょか」
第二ゲートと書かれたおそらく何度も開け閉めされたためであろう、壊れかけた扉の前まで来るとサッシーはこちらに向かい直しやっとゲーム開始の合図をしてくれそうだ。
「でもその前に、あなた本当にそんな恰好でやるつもり」
この服にどこが問題でもあるのか、この制服と言うのは意外と動きやすく、しかも破けても次が支給されるので便利なのだが、ワシとしてはこれで良いが・・・まさか冒険者と言うのは最初はポイントや獲得賞金がないから裸からスタートとでもいうのか・・仕方ない脱ぐとするか。
上着を脱ぎインナーウエアーだけになり(さすがに背中の傷を見せるわけにはいかんのでな)、さらに下に手を掛けたとろろでそれを制止するようにサッシーはワシの手をしっかりと握りしめてきた。
「何をしてるのよ、その汚いものを見せて私の戦意を喪失させるつもり」
「そんなわけあるか、勇者は裸からスタートではないのか」
「私が行ったのはそんな軽装でいいのかって事よ」
「構わん、ワシはこの拳さえあれば負ける気がせんな」
「そう、じゃあ私もこれは置いて行くわ」
そう言ってサッシーはおもむろに鎧を脱ぎだしたので、これは見ものだと思ったのだが残念、鎧の下には軽装ではあったがしっかりと衣類が纏われている。
「じゃあこれで同等ね」
「いや、同等ではない、これくらいは持って行け」
そう言ってサッシーの荷物の中に有った短刀を渡した、ワシも魔王ではあるが鬼や悪魔ではない、いくらなんでも丸腰の奴と競っても面白いわけがないだろう。
「いらないわよ、あなただって丸腰でしょ」
「小娘、ワシはこの拳を鍛えておる、これこそワシの武器だ」
「へーこれがね」
そう言いながらサッシーはワシの拳を撫でまわしている、安心しろ中に鉄が仕込まれているとか魔法が掛かっているなんて事はない。
「分かったわ、じゃあ私はこの短刀を持って行くわね」
そう言ってサッシーは短刀を懐にしまった。
「よかろう、では始めようか」
「いいわよ、でもさっきから私をずっと睨んでいるその子は何?」
おおそうだ、ソールの事をすっかり忘れておったわ。中に付いて来るなと言っても来そうだな、おおそうだ仕事を与えておけばいいんだな。
「ソール、いいかワシは仕事がある、その間この荷物の番をしておけるか」
「もちろんにゃ、誰が来ようとこの荷物は渡さないにゃ」
「よし、任せたぞ、では小娘行こうか」
「小娘って何よ、それにさっきの質問の答えを聞いてないじゃない」
「いいから来い、中で話してやる」
こんな所でもたもたしているとじっとしているのが苦手なソールが『やっぱり行くにゃ』とか言って付いてきかねない、だからサッシーの手を引いて急いで二番ゲートの中に走り込んだ。
「そんなに急がなくてもいいじゃない、で答えを聞かせてくれるのよね」
「ああ分かった分かった、あいつは・・・ワシの妹だ」
「えー全然似てないじゃない」
「ワシの所は色々と複雑なんだ」
正直にワシの付き人だと言ってもいいがそれを説明するのもめんどくさい。
これ以上言うとウソがばれる、ここは適当にごまかすのがいいだろう、それよりも何かモンスター出現などのイベントでも起きてくれるとうれしいのだが。
そんな時草むらがガサガサと動き何かがワシたちも前に飛び出してきた。
「ナイス、モンスター」
つい口から漏れたがこれはサッシーには聞こえてはいなかった、聞こえていたら『何言ってるのよ』とか言われてまたややこしくなっていた所だ。
で、飛び出してきたのは白くてふわふわで小さく丸い、いかにも初心者が最初に出会うモンスターと言った感じだ。
いや待てよこれは噂に聞くあまりの可愛らしさに攻撃が出来なくなって、戦闘に向いてないんじゃないかと思わせ、最終的には勇者に成る事さえ諦めさせることで有名なあのモンスターではないのか、え~と名前は・・そうだ思い出した『フワフワ』だ。
確かこいつは攻撃をしない限り襲ってこないし、それに手を出すと分裂と合体を繰り返し無間地獄に陥るんだったな、だからこいつは無視が一番だ。
「と言うわけだ小娘進むぞ」
しかし残念ながらすでにサッシーは一撃をフワフワに与えた所だった。
「あっ、バカが」
えっ、と言った表情でサッシーがこちらを向いた時、その一撃で止めを刺されたと思ったフワフワは二匹に増え、その無防備になった背中に飛び掛かって来た。
「危ないサッシー」
ついそう叫びながらサッシーを弾き飛ばしてしまった、ワシとしたことがこのまま見ていた方が面白い物を見れたかもしれないのに惜しい事をした。
仕方ない、助けてやるか、そう言って二つに分かれた暴れるフワフワを両手に持ち、それを目の前で思いっきり手を叩くように合わせた。
すると「ピー」と初めて鳴き声を上げたかと思うと元の一匹のフワフワに戻っていた。
「一体何をしたのよ」
立ち上がったサッシーは目の前で起こった事を信じられないようだ。
「決まってるだろこいつは攻撃せずにスルーする、もし間違って攻撃してしまったら見えなくなるまで逃げるか今みたいに元の姿に戻してやるが正解だ」
「そんな事学園で習ってないわよ」
「なに、そんな簡単な事も教えとらんのか、それ位の事は常識だろう」
「マオは一体どこの出身よ、今時モンスターなんてよっぽど森の奥に行くとか未開の地に行くとかしないと出会えないはずよ」
「そ、そうかワシの所には色々と存在しとったぞ」
それで学園にいた時にはその類が一切出なかったのか、つまらんのう、もっと緊張のある生活をしたい物だ。
「ところでそれはどうするつもりよ」
「何の事だ」
「それよ」
そう言って指さしたのはワシの頭の上だ。
「何があると言うんだ」
そう言って頭を触るとそこには今までにない感触が・・それをおもむろに引っ張るとそこに現れたのはさっき野に放したフワフワがいつのまにかワシの頭の上に乗っていたのか。
そうかこいつは分裂した後、再結合の作業をした奴になつくと言う性質を持っていたんだった。
安心しろこいつは攻撃さえしなければ人畜無害、さらに重さもほぼ無いに等しい、だから飽きるまでこのまま置いておけばいつのまにかいなくなっているはずだ。
「そうなんだ、マオってモンスターに詳しいのね」
「そうだろう、敬うといいぞ」
「調子に乗らないの」
サッシーは頭を叩こうと思ったらしいがワシの頭の上の物が気になるらしく、一度振り上げた手は空を舞い何事も無かったかのようにゆっくりと下ろしている。
「小娘行くぞ」
こんな所で無駄に時間を使うわけにはいかん、一番奥とはいったいどれくらいかかるんだ、今日中には行けるんだろうな。
「大丈夫よ、そんなにかからないから、それよりもまた小娘って言ったでしょ、さっきは初めて名前で呼んでくれたのに」
「断る、ワシが小娘を名前で呼ぶなどそんな事あるわけなかろうが」
「私を突き飛ばした時「危ないサッシー」って絶対言った」
「空耳だ」
そんなとっさの事を聞いていたとは地獄耳だな、これはうかつなことは言えんな。
「そんなに名前で呼んでほしければ・・・そうだな、もしワシにこの競技に勝てたらお前を名前で呼んでやろう」
「聞いたわよ、今の約束を忘れないでね」
「良かろう、ワシに二言はない」
フワフワの対処も知らないような奴に負ける気など毛頭ない、それよりもワシがこの程度の事で負けるはずはない、もっと言うと負けているビジョンも見えんな。ではその宝箱と言うのを早く見つけてとっとと帰るとしよう。
いや待てよ・・・現在の優秀な勇者候補生と言うのがどんな戦い方をするかを見るのも面白そうだな、よしそれならばしばらくはこいつと一緒に行動してやろう。
「小娘、こんな所にいつまでもいないで早く宝箱の所まで行こうではないか」
「当たり前じゃない、あなたに言われなくっても行くわよ」
そう言うとサッシーはワシの事を無視するように森の奥を目指し怒ったように今までよりも大きな歩幅で歩きだした。