魔王 独身生活をあきらめる
幕の外から割れんばかりの拍手と歓声が聞こえてくる、どうやら大団円を迎える事が出来たようだな。
学生の活動はここまでだ、最後に最高の思い出が出来たのでこれはこれで良しとしよう、後はあの椅子に座っている偽物魔王をワシ自身が退治してやろうではないか。
ただいきなり暴れるのもここに来ておる学生どもに迷惑を掛けるな、まずは退出を待ってやるとするか。
しかしワシとしたことが本当にすっかり丸くなってしまったようだな、昔であれば人の迷惑など構わずに、今すぐにでも戦闘開始となっていた所だろう。
「もーマオ、何ボーっとしてるの、まだ最後の挨拶が残ってるわよ」
サッシーは舞台袖にいたワシの腕を引っ張り、もう一度舞台中央へと引っ張り出してきた、待て待てワシは今から戦闘準備でもしようかと思っていた所なんだぞ、こんな所でのんびり挨拶などしている暇は・・・。
もちろんワシのささやかな抵抗など関係なく、入れ代わり立ち代わりワシの配下であった魔王軍の将軍クラスの怒涛の賛辞の嵐を聞くが、それにしてもこの近さなのに誰一人ワシの正体に気が付かぬのか、さみしいではないか・・・。
もちろんアスタルテはワシの正体を知っておるのでワシに近寄る様な無謀な真似はしてこんな、その代わりではないが、ピルカはワシの所に来るとしっかりとワシの手を握ぎり。周りには聞こえぬようなささやきにも似た声で「先ほどの返事を聞きたいですね」などと恐ろしい事を聞いてきた。
「分かった正直に話そう、どちらもお前の言う通りだ、同じ部屋にも住んどるし、裸も見たことがあるぞ」
その瞬間、ピルカの表情が変わり、握られたワシの手から体温が見る見る奪われていく、これはいかんぞ、またも命の危機のような気がする、ワシの周りに集まる女はどうしてこうもワシに恐怖を与えるのだ、ワシは魔王なのだぞ。
「ピルカ、よく聞け、ワシはやましい事などしとらんぞ、本当じゃ、そっそうじゃクルリに聞いてくれワシは嘘など言っておらんことがわかるぞ」
「了解しました・・・ではこちらの書類にサインをしていただけますか」
感覚は手だけでなく、すでに腕から肘まで無くなりかけた頃にピルカがやっと手を離したと思うと、新たに出してきた紙にはしっかりと『婚姻届』と書かれておる。
「責任を取っていただけますね」
冗談・・・ではなそうだなその目は本気だろ、よいかワシはまだ誰とも結婚する気などないぞ、それに・・・そうじゃ本人の意見はどうなのじゃ、いくらなんでも親が勝手に決めるわけにはいかぬのではないか。
「魔王様ご安心ください、既にクルリのサインは貰ってありますよ」
確かに書類の一番最後の所につたない字ではあるが間違いなくクルリのサインがしてある。
本当に理解して書いたのか、親に騙されて書かされただけではないのか。
「不束者ですかよろしくお願いします」
いつの間に現れたのかクルリがピルカの横で三つ指ついて頭を下げておる、分かったぞ絶帝にピルカにそうするように言われただろ、無理をするな、お前はそんな性格ではないだろう。
「ハイじゃあここに・・・ああそうね、その手じゃ動かないわね」
ピルカはワシの叫びなどに耳を貸さず、動かないワシの手をしっかりと握り、力ずくで書類に拇印を押さそうとしている、待てこの場所から逃げれない事を良い事にそれは無謀だろう、まさかとは思うが既成事実だけ作って魔王の座を狙っておるのではないのか。
「そんな事あるわけないじゃないですか、ワタクシは娘の将来を考えての事ですよ」
ワシの手を握るピルカの力がさらに強くなった気がするぞ。
あと数センチで書類にワシの手が当たりそうになり独身生活を諦めかけた所で辺りが急に静まり返り、その異様な気にピルカも動きが止まった。
その原因は今まで玉座に座っていた魔王が下りてきて、舞台上へと上がって来たのだ。
その顔は・・ワシが年を取っていた時の顔にそっくりだ、これなら疑われなくても不思議ではない。




