魔王の今現在
・・・・第一回試験終了後のD組教室・・・
「席に着いて下さいね、試験結果を返します」
約二十名位の少し小さ目の教室に小柄な男の先生の声が響かない、というか騒がしすぎて聞こえないが正解だ。
「お前ら静かに出来んか、ゆっくりと眠れんだろうが」
偶然にも教室中央の一番後ろの席で眠っていたワシの目覚めと同時だったらしく、おかげで教室中が静まり返ってしまった。
「じゃあ、結果を返しますね」
この小さな先生はこう見えても勇者科の卒業生で、学生時代の成績は常に上位をキープしていたが卒業後の戦いで何か大きく心に傷を受けたらしく、今のような小さな声になったらしい、もちろんそんな事ワシには関係がないがな。
一人づつ名前を呼ばれるたびに教師から各教科の点と総合成績、さらにそれぞれの学年順位が書かれた紙が渡されて行っている。もちろんその時に一言ずつ何か言われているが小さな声のせいかこんな奥まで聞こえることはない。
「次、マオ」
「ワシをその名前で呼ぶなと言っておるだろうが」
「しかし、登録名がこれですよね」
先生は笑顔で返している。
「それは手続きのミスじゃ。まあ良い、小さい事は気にせん事にしよう」
「早く取りに来てくださいね」
仕方ない行ってやるか、ゆっくりとした歩調で教壇まで行くと先生はちょっと屈みなさいと言う感じで手首を上下させている。
「あなた成績はいけどやっぱり友達を作りなさいね」
それだけ言うと教師はワシにも成績用紙を渡すが、一切見る事もなくクルクルと丸めて自分のポケットへと押し込んでしまった。
そしてクラス全員に成績用紙を配り終わり、何か言っているがやっぱり聞こえなかったのでここは無視と言う事で、きっと重要な事ではないだろう、この教師の声が聞こえていると思われる最前列の奴らに驚きの表情とか困った顔、そんな奴は誰も居ないからな。
教師がクラスを出たのでワシもそろそろ帰ろうかとした時、廊下の方からものすごいスピートで走ってくる足音が聞こえてきた。
そして扉が思いっきり開かれるとそこに立っていたのはA組代表のサッシーだ。
「この中にいるんでしょ、私のパーフェクトを阻止した人が」
クラス中の奴らはそんな奴がこのD組にいるわけないだろと言った表情をしている、それもそのはずこの学園のクラスは成績順になっていて、A組はエリート勇者候補で入学試験等で最高の成績を収めた者達が集まっている。
そしてB組は成績はそこそこ良く、冒険者のサポートや良いパートナーに出会えると思いがけない結果をもたらす事もある様な人達が集まっている。
C組は成績は悪いがきっとここでに経験が卒業後勇者としては厳しいが何かの役に立つであろうと言った人達が集まっておる。
そしてワシのいるD組だが『能力に問題有、早く転職を考えましょう』などと言われているクラスだ、ただ見ていて分かったがここにいるのは無能の奴ばかりではない、面白そうな奴も何人か紛れ込んでおるわ。
ただそれでもA組の化け物どもに敵いそうなのは強いて言えばワシ位だな。
「なによ、誰も返事をしないの、先生に聞いたのよ、生存能力の成績のトップがD組にいるって、隠れてないで出て来なさい、それが偶然だって分からせてあげるから」
そんな事を言われて名乗り出る奴がいるわけないだろとは思ったが、やはり誰も名乗り出る者はいない。
「小娘そんな所に突っ立っておくとワシが帰れんだろうが退いてもらうぞ」
この教室への出入り口はサッシーの立っている正面ただ一、つまりこいつがいつまでもここにドーンと立っているとワシが帰れんのでちょっと退いてもらおうと肩に手を置いた。
その瞬間、ワシの手をひねりその場に転がされてしまった、この小娘やりおるな、油断さえしなかったらそんな事が起こるわけもないんだが、まあいい今日はワシの機嫌は良い殺さないで置いてやろう。
「と言うわけで退いてもらおうか」
復活したワシはもう一度サッシーの肩に手を置いた、また手をひねり転がせようとしているが油断してないワシに同じ手が二度も通用するわけが・・。
なんでじゃ、また天井がワシの目の前にあるんじゃ。
「汚い手で触らないで、また転がしてあげるから」
生意気な小娘だ、何ならこの学園ごと消してやろうか。
「ちょっと待ってこれはあなたのかしら」
そう言ってサッシーはワシが寝ていた床の上に落ちている一枚の紙を見ている、あれはポケットに入れておいた成績表だな、ワシにはそんな物に興味はない、それに見られても困る物でもないなどうぞ好きなだけ見て笑うがいい。
「あなただったのね」
何の事だ、ワシは早く帰ってうるさい猫の世話をせんといかんのだ、用がないなら早くどいてくれんか。
「だから言ってるでしょ、あなたが私のパーフェクトを阻止してくれたのね」
「小さい事を言う奴だな、それがどうしたたかが試験の一つや二つ、実践ではそんなのは何の役にもたたんぞ」
「さすがD組ね、今時実践なんてそんなにあるわけないじゃない、それに魔王が用意しているダンジョンや城なんて攻略されつくして今じゃ始めてでもクリアできる攻略本が堂々と本屋で売られているじゃないのよ」
「何だと、それは担当の者をきつく叱らんといかんな」
「あなたが言ってどうこう出来る物でもないでしょ」
呆れたような表情でサッシーは言っているが、ワシが城に帰ったのであれば間違いなく責任者は更迭してやろう。
いつもはワシが何処に帰ってるかだと、もちろんこの学園の寮に決まっておろうが、ここは全寮制が基本ではないか。
部屋は狭いが中々住み心地は良いぞ、さすがワシがここを作れと命令した時に注文した通り完全個室だし、食事は朝晩二回が漏れなく付いておる、さらに部屋にはペット(使い魔)可能、希望があれば仲間(二~六人)とも同居可能となっておる。
もちろんワシは一人でさっき言ったように猫二匹と住んでおる。ワシと一緒に住もうなどという物好きは今の所おらんな。
「と言うわけだ、ワシはもう帰るぞ」
「ちょっと待ちなさい、私の話は終わってないのよ」
「なんだ小娘まだいたのか、ワシはお前に用などないぞ」
「あなたになくても私に有るのよ」
「では手短に頼むぞ、ワシは忙しいんだ」
「私と勝負しなさい」
「断る」
何の躊躇もなく即答で断りを入れてやった、挑戦者が現れる度に戦っていたらワシの自由な時間が無くなるではないか。
「へー逃げるんだ、やっぱり私がこんな弱い男に負けるわけないわ、きっとカンニングとかして成績を上げたんでしょ」
「小娘、ワシが弱いだと」
「そうじゃない、だから私と戦うのが怖いんでしょ」
「どうやら命が惜しくないようじゃな、よかろうこの場で瞬殺してやろう」
「ちょっと待ちなさい、まさかと思うけど生徒同士の私的な戦闘は禁止されてるのを知らないわけじゃないでしょね」
なんだその変なルールーは、命のやり取りがあってこそ戦って己を高められると言う物ではないか。
ちょっと待て、ではさっきから戦おうと言っているのは冗談なのか、それならもう用はないなワシをこの場から解放してもらおうか。
「勇者同士の戦いと言ったらね・・まあいいわ明日は休みだし中央公園に朝九時に来なさいそこで決着を付けましょう」
「良かろう、明日を楽しみにしておこう」
その答えを聞くとサッシーは何度も「忘れないでよ」と念を押した後やっと入り口を解放して本館にある自分のAクラスに帰ってくれた。それにしてもしつこい小娘であったな。
「本当に行く気なのか」
「あの公園ってあれがあるんだろ、俺だったら絶対に行かないけどな」
ワシとの会話を聞いていた者の中に何か噂をしている者もいるようだが、どうやら公園に何か面白そうな物がありそうだな、よかろう小娘よ、明日は存分に楽しまさせて貰うとしよう。