魔王 戦地に赴こうとする
・・・そして100年後・・・
「勇者よ喜べ、ついに『闇の森』の討伐が完了するぞ」
「本当に、やっとこの仮校舎から脱出できるのね」
ワシの呪いの効果で出会った時から変わらず若いままの勇者の姿がそこにはあった、ちなみにワシもこの勇者と出会った時同様に厳ついオヤジの姿である。
「学園の設計図は出来ておる、討伐完了後すぐに工事に入るぞ」
「でも何時の間に、私の知る範囲では一度も討伐部隊が出発したなんて話を聞いたこともないわよ」
「それは秘密じゃ、しかし討伐完了が近いのは事実だからな」
実際には誰にも気が付かれぬように夜な夜な城の者にばれぬよう己自身に封印を施し『闇の森』の討伐をたった一人で行っていたのだ。
こう言うとカッコ良く思われるかもしれないが、本心は昼夜を問わず暴れていた世界制覇前と違い、今現在は実務に追われ溜まりに溜まっている鬱憤をここで晴らしていたのが正解なのだがそれは秘密だ。
「最後の討伐はいつあるのよ、それに私も連れて行ってよ」
「わっははは、それは出来ん、いや来られても足手まといだ、ワシとの戦いではかすり傷一つ付けることが出来なかったではないか、今の相手はそれほど甘くないぞ」
「私だって勇者よ、それ位で怖気づくわけないでしょ」
「勇ましいの結構、しかし無謀とは紙一重だ、今お前がせねばならぬのは、討伐ではなく未来を紡ぐこと、今お前に死なれるとそれすら出来なくなるではないか」
「それでも・・・」
勇者はくとごもっておるようだな、我ながらワシもいい事を言うのぉ。
先に一言、ワシの世界制覇について誤っておこう、世界制覇はすべての国を抑え確かに完成しておるが、中にはいまだに抵抗しておる小さな領地が存在しておるのも事実。
つまりだ恥を忍んで言おう、『闇の森』もそんな地域の一つだ。
今現在そこを収めているのは、自称魔物共の長『魔帝』と呼んでおる者だ。
しかもなかなか頭が切れ数々の罠や卑怯な手を使ってくる、もしもこんな弱い勇者を連れて行ってみろ、すぐに人質に取られてしまうのがおちだろう、それもあってこの『魔帝』との戦いはワシ一人でやっておるのだ。
「何だ勇者よ、まだ悩んでおるのか」
先程のワシの言葉が効いておるのか勇者はその場に立ち尽くしたまま動かないでいる。
「それでも連れて行ってくれと言ったらどうするの」
それは台本に無い・・サッシーのアドリブか、それで先ほどは黙っておったのだな。
良かろうその方が面白い、本当の勇者はそのまま引き下がり、その晩の内にワシ一人でゆっくりと戦いに赴いたのだがな。
ではサッシーが勇者だったらとして話を進めていこう。
「ほー、そんなに死にたいと言うのだな、よかろう連れて行ってやろう、その代り己の命は己自身で守れるのだな」
「ええ、出来るわよ」
「一つ聞く、お前はワシとの戦い以外で本気で本気の命のやり取りをしたことがあるのか」
「ないわよ、あるわけないじゃない、あなたを倒すために戦った部下なんか私にしてみれば肩慣らしにもならなかったわよ」
「だろうな、だからそんな事が言えるのだ、しかしだ『魔帝』の力を甘く見るな、このワシが互角、運が悪ければワシ自身この世界から消滅するかもしれんのだぞ」
「『魔帝』ってそんなに強いの」
「強い?そのレベルではない、圧倒的だと言った方がいいぞ」
「じゃあなんで魔王軍を出動させないのよ」
「なぜそのような事を思うのだ」
「そうでしょ、この100年間は魔王軍が本気で動いた事なんて無いじゃない、それどころかこの10年は1回も出動した記録もないでしょ」
「良く調べておるな、いかにもワシ一人でやっておる事じゃ、約束したであろうどんな無理でもワシが叶えてやると、そんな私用のためにワシの大切な配下を傷つけることは出来ん」
「それであなた自身が死んでしまたら元も子もないじゃない」
「安心せい、ワシは死なん」
「でもさっき消滅するかもしれないって言ってたじゃない」
「そうだ消滅はあるがワシは死なん、必ず戻って来てやる、ただどれだけの時間がかかるかは分からんがな」
「それって死ぬと同意語じゃない、一体どう違うのよ」
「それも分からんのか、死ぬのはもう二度と戻ってくることは叶わん、しかし消滅はこの世界からは消えるが戻ってくる方法が無いわけでもないのだ」
「良く分からないわ、まあいいわ『魔帝』はものすごく強いと言う事よね」
「そうだ」
「はっきり言って私が行くと迷惑なの」
「言わせてもらうと・・足手まといだ」
「そう・・最初っからそう言えばいいのに、魔王と言う割には優しいのね」
「そっ、そんな事はないワシは極悪非道だ」
「そう言う事にしといてあげるわ、じゃあ『魔帝』退治よろしくね」
「任せろ、お前たちのために新しい学舎を作ってやろう」
その夜、城を抜け出す三つの影があったのは一部の者しか知らない事実であった。




