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タナバタイベント

私は思わず絵本から顔を上げた。


「たにゃまた?」


「はい。タナバタです」


クロフォード君が肯定しつつ訂正を入れる。


「……」


私はしばし思案する。


発音はタナバタ。間違いなければ七夕の事だろうけど、念の為に確認してみる。


「たにゃまたってにゃーに?」


クロフォード君を見上げて首を傾げてみる。


クロフォード君は笑顔のまま固まった。

因みにこれはメリッサ曰く通常運転(いつものこと)なので気にしなくていいらしい。

彼の仕事は私のお世話兼教育係のようだが、如何せんこの屋敷の使用人の数が少ないので色々と他の仕事も兼ねている。

アンナ曰く、主に頭の整理がついたら動き出すので私の場合はいい子で待ってるのが最良らしい。


「ほーしゃん?」


こてり、と反対側に首を傾げると、「ぐっ」っと何かを飲み込み、数秒空を見ながら息を整えているが、大丈夫だろうか?不正脈の気とかあるんじゃない?とちょっと不安になる。


「……タナバタ、とはですね」


何事もなく説明を始めるクロフォード君。

どうやら大丈夫だったらしい。


元はやはりマレビトさんから伝わったもので、願い事や子供の技芸上達を願ってササの木を飾る風習との事で、七夕で間違いないらしい。

織姫と彦星の物語は星の精霊の物語として多少変えられていたが、大筋に相違はなかった。


懐かしいイベントに気分が自然と浮かれる。


「明日、ササの木が届きますから、飾り付けをしましょう」


にっこり笑うクロフォード君に私は両手(もろて)を上げて喜んだ。


クロフォード君が「宮廷画家を引き抜いて……」とか呟いていたけど、何の話だろう?

首を傾げる私にミラが温い笑みを口元に浮かべながら、「ちょっと早いですけど、お昼寝の時間ですよ」と手を引いてくれた。

クロフォード君はやっぱり忙しいらしい。


✴︎


さてさて、一夜明けて今日は待ちに待った七夕の飾り付けの日である。


この世界に生まれて初めての世間様のイベントである。

生まれてこの方、この手のイベントらしいイベントは記憶にない。

せいぜいが、季節外れのクリスマスツリーが年に一度部屋に飾られてたくらいだろう。

そう言えば、アレ、何のイベントだったんだろう?


「お嬢様、ササの木が届いたそうですわ」


「たにゃまた!!」


アンナに手を引かれながら歩く私の意識は七夕に持って行かれ、細やかな疑問は記憶の彼方へ消えて行った。


✴︎


私は目の前の使用人達によって、飾り付けされていくササの木を無言で見上げた。


「お嬢様?」


アンナが首を傾げる。


「あんにゃ、こ()……」


「ササの木ですわ」


迷いなく答えるアンナの示すそれは、私の知る笹ではなかった。


青々と茂る葉に太い幹。自己主張の激しい木の天辺に飾られた星は星の精霊の為に。チカチカと瞬きを繰り返す光の螺旋は星の川。

要所にバランス良く吊るされた人形やプレゼント。

色とりどりに塗られ、磨かれた丸い石。


確かに私の前世の記憶に馴染んだそれは、




「くいしゅ(りす)しゅゆ(すつ)りー……」



私の知る笹ではなく、(モミ)の木的なものだった。

季節外れのクリスマスツリーの謎が解けた瞬間だった。


✴︎


私の目の前に並べられたのは絵の具と卵。


「お嬢様?」


アンナがまたもや私に向かって首を傾げた。


「お絵かきが上手になるといいですねー」


ミラが私の右手に筆を握らせ、左手に卵を載せる。


「上手になりたい事や、好きなものの絵を描いてもいいですよ」


メリッサが口元に笑みを浮かべながら自分の卵に色を塗っていく。


どうやらこれもササの木に吊るすらしい。

確かに技芸上達には持って来いかもしれない。卵は茹でてあるので、願い事が叶うようにと殻を割って食べるらしい。

確かに理にかなっている。

しかし、これではまるで……。


「いーしゅ()たー……」


私は思わず天井を仰いだ。

まず、祭りが違えば国も違う。

東洋の夏祭りがどうやったら西洋の冬祭りになるのか。

色々突っ込みたいのに突っ込めないこのもどかしさをどうすれば!と悶々としていたところにメディ様とユウトがやってきた。

父子は鬱陶しいので置いてきたとの事。


案の定、すんごく物言いたげなユウトがポツリ、ポツリと自身の見え透いた(日本に帰る為にマレビトについて調べたとは言えないけど、バレバレな)言い訳と共に語ってくれた事には、とあるマレビトさんの七夕の話を聞いた偉い人が興味を持った事から始まった。それぞれ五色に染めた短冊に願い事を書くんだよと説明したところ、偉い人は一気に渋い顔をしたんだそうな。

歴代のマレビトさんからの知識の提供で製紙技術は向上し、紙は以前よりは値段も下がり普及しやすくなったけど、まだまだ高級品の域を出ない紙に色を付ける意味が見出せなかったらしい。

マレビトさんが別に色は付けなくてもいいよと説明したけど、願い事を書いて燃やしたり、流したりする為だけに高級品の紙にわざわざ使うとかわけわからんってなったとか。

だったら捨てても支障ない物がいいんじゃないかって事で協議の結果、卵に落ち着いたとか。

祭りだし、中身食べちゃって殻は捨てちゃっても問題ないし。

プレゼントや人形についてはお祭りは特別な日だからってなったんだって。


ユウトが一生懸命、


「違うんです。七夕は、七夕は違うんです……」


って力なくブツブツと繰り返してたので、そっと頭を撫でておいた。






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