拷問か罰か
東の大陸にある、とある小国では、正しく座るという意味で「正座」と言うものが存在する。
床に座る文化を持つその国ではそれらは礼儀作法の一つとしてあると、その小国の血を引く友人から聞いた覚えがある。
この西の大陸にも「セイザ」はある。
但し、礼儀作法とは真逆のものとして。
椅子に座る文化を持つ西の大陸には、「セイザ」は拷問の一種だ。
膝の上には均等に重さがかかるように、罪人が自白するまで平たい重石を順に載せられる。
何故、こんな話を突然するかと言えば、現在、正にその正座の辛さに耐えている一人の少年が居るからだ。
場所は暗くジメジメした地下牢…などではなく、日当たりも風通しも抜群な部屋であり、調度品のセンスの良さはその部屋の主の本来の性質を表している。
当然ながら、重石は置いていない。
これは謝罪と反省の意味も込めて自らした事ではあるが、かれこれ1時間。アインハルトの足は限界を迎えようとしていた。
パチリ
扇子を閉じる音に顔を上げれば、かつて「大輪の毒薔薇」「夜会潰し」と囁かれた華やかな女が上質な椅子に腰掛け、少年を見下ろしている。
フォクシーネ・ウィスタリア
アインハルトは義理の母の目の冷たさに背筋に悪寒が走った。
しかし、それも仕方ない事だった。
半年前、アインハルトは自身の腹違いの妹である彼女の娘を、立って歩けるようになって間もない小さな命を、愚かな子供の嫉妬に任せて危機に晒したのだから。
「アインハルト」
ゆったりと、フォクシーネが毒を含んだ笑みを浮かべる。
その背後には彼女の元乳母が静かに控えている。
「反省していて?」
「…はい」
フォクシーネの問いかけに、痺れる足から意識を逸らし、アインハルトははっきりと頷いた。
若干声が震えてはいたが、誠意を込めて声を出した。
パチリ
開かれた扇子が再び閉じられ、その先端で口元を隠した義母の感情の読めない目に、アインハルトは怯みかけたものの、しっかりと見つめ返す。
この屋敷に帰るまでの半年、アインハルトは騎宿舎での日々に真面目に取り組んだ。
付き合っていた取り巻きを遠ざけ、ウィスタリア辺境伯次期当主の名に恥じぬよう。
何より、一人の人として恥じぬよう。
取り組み出した途端に視界が開けた。忠告も諫言も真摯に受け止めた。
クロフォードの時折殺意を感じる教育にも耐えた。あからさまな舌打ちだって聞かないフリをした。
慌ててそれを止めようとする取り巻きを遠ざけた。
そして半年、父から帰省の許しが降り、父への挨拶を済ませ、真っ直ぐに向かったのは、義母たる彼女の部屋。
彼女が椅子に腰掛け、その前で彼はセイザをし、床に額を着けて謝罪した。
フォクシーネは表情一つ動かさず、顔を上げるよう促し、無言で罰を彼に与えた。
即ち、セイザで一時間、彼女の発する威圧感に晒されて半刻。
己と向き合い、真剣に更正に取り組んだとは言え僅か半年。
父が彼女を後妻に迎える気配を察し、己の弱さの甘えに任せて好き勝手をやらかして約4年である。
海千山千の貴族達の開く夜会の華として君臨し続けてきた彼女の威圧感はアインハルトの精神をゴリゴリと削り続けた。
フォクシーネの厳しい眼差しが不意に緩む。
「いいでしょう」
厳かささえ感じる口調でフォクシーネが告げた。
「娘、リザレットとの面会は許可します。
但し、人目のある場所でだけよ」
その言葉にアインハルトはほっと肩の力を抜いた。
「では、最後にお仕置きね」
その言葉にアインハルトは愕然とし、その表情を見たフォクシーネは満足げに笑う。
思い返せば、確かに彼女は何も言わなかった。
「ライラ」
「畏まりました」
言葉少なく答えた元乳母は、3人のメイドを呼んだ。
それらは見覚えのある顔で、アンナ、ミラ、メリッサという名前であったと名前と顔を合致させる。
「申し訳ありません、お坊ちゃま」
アンナが申し訳なさそうに頭を下げる。
「奥様の命令ですので」
ミラがやや興奮気味にごくり、と唾を飲む。
「……」
メリッサは無言で頬を上気させ、獲物を見る眼でアインハルト見つめている。
「……!!!」
アインハルトは思わず出そうになる悲鳴を必死に飲み込んだ。
逃げ出そうにも1時間にも及ぶセイザで足が痺れて動けない。
「アインは長旅でお疲れのようなの、揉んで解してあげなさい」
「なっ!?」
アインハルトをひたり、と見つめ、にんまり笑う。
「特に、足をね」
「は…フォクシ…!」
「「「畏まりました」」」
狼狽えたアインハルトの言葉をきれいに流し、メイド達は声を揃えて腰を折った。
その日、屋敷に悲鳴と高笑いが響いた。