【小ネタ】死んでヤンデレから解放されたと思ったら気のせいだった
こちらは短編「死んでヤンデレから解放されたと思ったら気のせいだった」の小ネタになります。
※ぬるいですが、残酷表現、自傷描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。
小ネタ(学生時代の一コマ)
「ちょっと!あなた、一体彼何をしたのよっ」
大学の廊下を歩いていたら、知らない美人に腕を掴み上げられた。
ふんわり巻かれて柔らかそうな艶のある髪に、潤んだ瞳の上では美しい曲線を描いた柳眉がキュッと寄っている。
スッと通った鼻筋に、ここまで走って来たのか赤く染まる頬に荒くなった呼吸。
美人は感情を荒げても美人なんだなあ。と余計な感想を心の中で思った。
さて、ここで美人の彼女が言っている“彼”とは十中八九、私が奴意外と接触しようものなら直ぐ自傷に走り私を脅す“彼”のことなのだろう。
頭のおかしい自傷癖のあるあんな男でも、昔の私と同様に天使の様な見た目にコロッと騙される女性は少なくは無い。
多分奴は、生まれる時にステータスの全てを外見に全振りしたのだろう。
それであんな残念な中身に・・・。
まあ一番残念なのは被害を全て受けている私である。
小・中・高と奴はモテモテ街道を突っ切っていたが、入学して1カ月も経てば、周りも大体奴の私に対する異常性に気付く。
そうすると奴に騙された女の子の半数は正気に戻り、残った半数がコアな信者となるという形式が出来上がるのだ。
その信者達には奴の方から何かしているのか、私に対する嫉妬からの攻撃はほとんどなかった。
あったとしても、奴は私が負わされた3倍以上の傷を負って次の日登校してくるので、
奴にコロッといっている彼女達からしてみても何の利益もないし、寧ろたまったものじゃない!という結果になるのだ。
奴曰く、”僕のせいで彩を傷つけてしまったことによる僕に対する罰”だそうだ。
それならば私に対する常日頃の態度を改めればその問題は無事解決する、と言ってみた所、奴の傷は更に増えた。
曰く、”そうしてそんなこと言うの、・・・やっぱり僕のこと嫌い?もういらない?!”とより深い病みモードに入ってしまった。
大学は広いし、遠くの地方から来ている人もいるからなあ。
奴の異常性がまだ隅々まで行きわたっていないのだろう。
そこまで思考を纏めた所で更に怒号が響く。
「答えなさいよっ!!」
ああ、大分興奮していらっしゃる。
困ったなあ、でも口をきいたことが奴に知れたらまた面倒くさいことになってしまう・・・。
「なんなのよっ、あなたのせいでっ・・・、どうしてあなたなんかのせいで彼があんな怪我をしなくちゃいけないのよ!」
ああ、それで今問い詰められてるのか。
いや、昨日は本当に酷かった。
昨日は、夜中にお腹周りの苦しさと、顔になにかが当たる感触で目が覚めた。
不快感から顔に触れると、ヌルりとした液体が垂れていた。
それに触れた瞬間ブワっと鼻腔に広がる臭い。
おそらく部屋中に蔓延しているであろう嗅ぎなれた鉄臭さ、明りがなくとも分かる。
・・・血だった。
「あや・・・。あや・・。起きちゃった?」
窓から入る街灯の光に照れされて、私に馬乗りになった状態で首からたらぁっと血を流している奴がいた。
「ひっ・・!な、何してるの?!血が!血が出てるじゃない!」
止血をしなければ、と急いで身体を起こそうとするが、馬乗りになっている奴のせいで起き上がる事が出来ない。
「ふふっ、心配してくれるの?うれしいな・・・。僕はもう嫌われたかと思ったよ。」
ほら、・・・・・彩のせいで僕が死んじゃうよ?
そう言いながら奴は血の付いていない手の甲でスッと私の頬を撫でた。
「・・・あや、あや、あや、愛してる。大好きなんだ。ねえお願い、お願いだから。僕を置いてかないで、僕を嫌わないで、僕を、僕を・・・・あいして。」
情緒不安定な瞳をゆらめかせ、子どもだった時の様にぽろぽろと涙を零しながら奴はそっとキスをしてきた。唇を啄ばむこともなく、舌を絡ませることもせずそっと触れるだけ、まるで何か許しを乞うようなキスだった。
その後、なんとか馬乗りの奴を押しのけ救急車に連絡し、夜間病院へ駆け込んだ。
幸い、動脈は傷ついていなかったようで、奴は首を3針縫い、帰宅した。
帰宅した後、今回の原因が自分でも心当たりなかったので聞いてみた所、
何度携帯に連絡を入れてもメールも電話も帰ってこなかったから拒絶されたと思った、とのことだった。
急いで携帯を確認しようとするが、肝心の携帯が見つからない。
どうやら大学に置き忘れてしまっていたらしい。
その旨を伝えると奴は、ほっと身体の力を抜き脱力した。
「っ、よかったあ・・・!ねえ、彩。」
「なに?」
「ぎゅっ、ってして?」
「・・・うん。」
これは普通セリフが男女逆なんじゃないかと思ったが、そもそも普通の人じゃなかったと思いなおし要望通り奴の背中に手をまわした。
――――私の中ではここで一段落ついた、と思っていたのにどうやら違うようだ。
「彼・・・、痛々しく首に包帯を巻いてたわ。私びっくりしちゃって、どうしたの?!って慌てて聞いたわ。
・・・そうしたら彼、言ったのよ『彩のための傷なんだ。』ってねっ!」
一体どういう事なの!と美人の彼女は捲し立てる。
・・・奴は言葉が足りない。そして彼女は多分、そう答えた時の奴の顔を見ていない。
何故私の名前を出した。一番大事な一言『自分で切った』が抜けている。そもそもハイネック着るなりストール巻くなりして隠せ。
彼女の方は首の包帯が気になってそこしか見ていなかったのだろう。もし奴の顔を見ていたら恍惚の表情を浮かべうっとりとした奴の顔が拝めただろう。
さて、どう切り抜けよう・・・。
頭をフル回転で起動させていると、今一番ここに来られたら面倒くさい奴が来た。
「彩っ!やっと見つけたっ」
奴である。
いやいや、今あんたが来たら駄目でしょ。
彼女がもっとヒートアップしちゃうでしょ。
空気読んでくださいまじで。
「駄目よ、まだあまり動き回らない方がいいわ。ちょうど今この子に事情を聞こうとし「ねえ、彩。これ誰?」
「えっ・・・」
奴の姿を見るなりさっと表情を怒り顔から慈愛の塊の様な笑顔へ戻し、彼女は奴に駆け寄ったが、
奴に言葉を遮られ言われた一言でまた表情を変えた。
「知らない。あんたの知り合いっぽかったけど、話してないから分からない。」
「ふーん。そう、僕も知らないから問題は無いね。行こっか!」
ふんわり微笑みながら、美人の彼女のことなどもう見えていないかのように奴は歩きだす。
「えっ、ちょ、ちょっと待って!私の事知らないってどういう事?!さっきまで一緒にいたじゃない!!
それにその子のせいでそんな怪我までさせられたのに、どうして・・・・っ!」
顔を青くした彼女が何が起こっているのか分からないという表情をしている。
「ごめんね。僕、君のこと知らないんだ。人違いじゃないかな?」
申し訳なさそうな顔をして奴が答える。
いやいや、人違いの訳ないだろう。彼女さっきあんたから首の傷のこと聞いたって言ってたんですけど。
と突っ込みたくなるのを必死で抑える。私が入ってもややこしくなるだけだ。
言葉を失っている彼女に奴は続けて言い放つ。
「そういう訳だから、今後僕らに近付かないでくれるかな。・・・それとも、」
きみも、ぼくからあやをとるの?
そのあと、奴(の外見)に惚れていたであろう彼女は、まるで化け物を見る様な眼で奴を見たあと高いヒールのパンプスで走って逃げて行った。
「これで邪魔者はいなくなったねっ!彩!」
「・・・・なんで首隠してないの。」
今後、第二第三の彼女が出てきたらどうしてくれるのだ、とうんざりした顔で私がそう言うと
奴は顔を赤らめながら答えた。
「だ、だって!彩の為の傷は僕の愛の証しだから、見せびらかせたくて・・・・!」
・・・・だめだこりゃ。
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小ネタ(男の独白)
僕がその愛しい人に出会ったのは幼稚園に行き出して3日後だった。
彼女がいるところしか光があたっておらず、彼女の声以外は何も聞こえなくなった。
ものすごい衝撃だった。
一目惚れや恋などという言葉では言い表せない感情の濁流が僕の中を駆け巡った。
彼女が欲しい・・・!彼女が愛おしい・・・!!
その日から、僕の、彩を手中に収めるための計画が始まった。
まず、すぐに抱きしめに飛んで行きたくなるのを堪えて彼女を徹底的に観察した。
親しい友人関係としては、同じひまわり組のけんちゃんとまゆちゃんとやらと、よく一緒に遊んでいる。
妬ましい。
好きな子はいない。恋愛ごとにまだ興味はないようだ。
これは僕には都合がいい、一人潰す手間が省けた。
そして性格的には、この年頃にありがちな正義感を持ち合わせており、よく気の弱い子たちの面倒を見ていた。なんて良い子。
さて!これくらいでいいだろう。
今回の観察結果を元に作戦を練る。
彩は気の弱く、すぐに泣き出してしまうような子をほっておけないようだから、まずそれを利用して彩の保護下にもぐる。
今すぐ友達と引き離してしまうのは彩の反感を買うかもしれないから、時期をみて仕掛けよう。
まだ恋愛感情が上手く働いていない彩にどうやって僕のことを好きになってもらうかは、
この前読んだ本に書いてあったアレでいこう。
〈第一段階〉
「あやちゃん。」
「なあに?」
「えへへ、ぼくね、あやちゃんのこと大すきだよ!」
「ありがとう!愛いやつめー!」
「あやちゃんは?」
「うん?」
「あやちゃんはぼくのこと・・すきじゃない?」
「えっ、す、すきだよ!すきだよ!」
「うん!ぼくも!ねえ、あやちゃんおててつなごう?」
「えー、やだよ。はずかしいよ。」
「うっ、ふえっ」
「わー!うそっ!うそだよ!わたしも手つなぎたい!」
「よかったあっ。」
〈第二段階〉
「あや。」
「うん?」
「好きって言って。」
「またあ?好きだよー。」
「ぎゅってして?」
「もー仕方ないなあ。」
〈第三段階〉
「彩、大好き。」
「はいはい、私も好き私も好き。」
「ふふ、キスして?」
「ん・・・・・」
お分かりいただけただろうか・・・。
第一段階の状態では頼み込んで言ってくれた言葉も、泣き落としでしてもらった接触も、
第三段階では強要せずとも口に出し、キスすらも不満の声一つなくもらえるようになった。
これは、本で読んだ“ゲシュタルト崩壊”の理論を僕なりに応用したものだ。
彩が幼い頃より一定の言葉を彩自身の口から言わせ、彩の方から僕に触れさせるように仕向け、
彩自身があたかも自分の意思で僕に「すき」という言葉を口にし僕に触れた、と頭の奥底で錯覚させた結果がこれだ。
好意の刷り込み、所謂洗脳である。
だから彩は、僕から理不尽としか言いようがない束縛を受けても従ってしまう。
僕が自傷という、彩には一切危害が及ばない脅迫を拒否することが出来ない。
・・・だけど、僕は臆病者だから。
彩が抗わない事を分かっていながら僕は自分を傷付けて、僕と周りを天秤に掛けさせて、それでやっと安堵する。
僕みたいな奴に捕まって、可哀想で愛おしい彩。
でもごめんね、愛してるから・・・だから、放してなんかあげられないんだ。
・・・・・例え彩が死んだとしても、ね。
小ネタくらいは甘くしようと思ったのになってくれませんでした。
恋愛ものって難しい・・・!