第3話 ターゲットは超天才※なお不登校
とりあえず俺は、クラスに馴染むことから始めた。
「藤見くんってどこから来たの?」
「前の学校は?」
「彼女いる?」
うん、普通の会話だ。
ありがたい。ここが“ヤンデレ収容所”だなんてことを一瞬忘れられるくらいには、普通の高校生活っぽい。
……表面上は。
(よし、この流れで聞くか)
「なあ、切崎紅葉って知ってるか?」
俺がそう言った瞬間、数人の表情が微妙に変わった。
おい、その“あっ(察し)”みたいな顔やめろ。
「あー……切崎さんね」
「めっちゃ頭いい子でしょ?」
「でも教室来ないよね」
情報はすぐに集まった。
⸻
――切崎紅葉。
中学時代、全国模試オール一位。
県内最難関・闇照高校を主席で合格。
将来は超難関の京国大学進学確実と言われる、ガチの天才。
……なのに。
「一回も教室来てないってマジ?」
「マジマジ。ずっと保健室登校」
「テストもそこで受けてるらしいよ」
(いやどういうことだよ)
学年一位の不登校って、設定盛りすぎだろ。
(……とりあえず、行くか)
俺は席を立った。
⸻
保健室の扉を開けた瞬間、保健室からしてはいけない匂いがした。
「うわ、くさっ」
部屋の奥。
窓際で、やたら様になっている女が一人。
白衣っぽい上着を羽織り、椅子にもたれながら――
タバコを吸っていた。
「……ここ学校だよな?」
「一応ね」
さらっと肯定された。
やっぱりここヤバい。
「で、何しに来たの? 転校生くん」
視線だけで射抜いてくる。
この人、あの時の……。
「あー……ヤンデレ対策機関の」
「“夢見こころ”」
被せるように名乗られた。
「夢見……こころ?」
「そう。覚えといて」
……いや待て。
「名前、かわいいっすね」
つい口に出た。
――次の瞬間。
ゴンッ!!
「いってぇ!?」
バインダーで殴られた。頭。
「これに懲りたらセクハラ発言は控えなさい」
「褒めただけだろ!?」
「キモい」
「理不尽!」
くそ、なんだこいつ。
(……よし、心の中では“こころちゃん”って呼ぼう)
ちょっとムカついたので決定。
「で? 本題は?」
こころちゃんは何事もなかったかのようにタバコを灰皿に押し付けた。
「切崎紅葉について知りたい」
「ターゲットNo.002ね」
即答。
やっぱり全部把握してるのか。
「この高校では“ヤンデレ適正”が確認された優秀な子を中学の時点でスカウトしてるの。特別推薦って形でね」
「……いや、さらっとエグいこと言ってない?」
「言ってるよ」
開き直るな。
「才能ある子が壊れたまま社会に出るのは損失でしょ? だからここで矯正するの」
「矯正って言い方怖いんだよな……」
「で、切崎さんの場合はちょっと例外」
こころちゃんは指を一本立てた。
「入学後に発覚したタイプ。珍しいケース」
「後天性ヤンデレってこと?」
「まあそんな感じ」
そんなジャンルあるのかよ。
「ちなみに現在、彼氏がいる」
「……は?」
思考が一回フリーズした。
「中学時代の同級生で。今は政治家の秘書見習い」
「ちょっと待て」
情報が渋滞してる。整理させろ。
「天才で、不登校で、ヤンデレで、彼氏持ち?」
「ええ」
「属性盛りすぎだろ‥」
「で、その彼氏に対する執着が原因で不登校。分かりやすいでしょ?」
「分かりやすいけど重すぎるだろ……」
頭が痛い。
そして、もっと大事なことに気づく。
「……あのさ」
「何?」
「俺ってさ」
「ええ」
「サンドバッグ兼“恋愛対象”じゃなかったっけ?」
こころちゃん、ほんの一瞬だけ目をそらした。
あ、今なんか怪しい。
「さあ?」
「さあ!?そこ曖昧にする!?」
「ケースバイケースね」
「便利すぎるだろその言葉!」
「とにかく切崎さんの更生に励んでもらわ」
「説明放棄したな!?」
ダメだこの人。都合悪いと全部ぼかすタイプだ。絶対信用しちゃいけない。
ていうか。
「なんで俺がこんなことしなきゃいけないんだよ……」
思わず本音が漏れた。
「最初は“いい学校入れるから”って言われて納得してたけどさ……もう無理だろこれ」
「へえ、やめる?」
こころちゃんはあっさり言った。
「その場合――」
スッ、と距離が近づく。
「人体研究所、行くことになるけど?」
「怖い怖い怖い怖い!!」
「冗談だよ」
「目が笑ってねえんだよ!」
本当に冗談なのか怪しい‥
「刺される危険がある君に対して報酬がないわけじゃないよ」
こころちゃんは指で円を作る。
「一人更生させるごとに、かなりの額出るよ」
「……いくら」
「一人当たり⬛︎⬛︎⬛︎万円」
「やる」
即答した。
「素直だねえ」
ニヤニヤするな。
「ま、とにかく。最初の任務」
こころちゃんはバインダーをトントンと叩いた。
「まずは接触。そして不登校の原因を探る」
「それはまあ分かる」
「ついでに――勉強教えてもらってきなよ」
「……は?」
「テスト近いでしょ?」
言われて思い出した。
この学校、偏差値70オーバーのバケモノ集団だった。
「あと2週間切ってるよ」
「うわマジか」
「ちなみに君」
こころちゃんがニッコリ笑う。
「この高校レベルのテスト、普通にやったら落ちるから」
「ぐっ……」
裏口で転校してきた俺は否定できない。
「赤点→補習→任務続行不可」
「詰んでるじゃねえか」
「で、任務失敗扱いになったら――」
「人体研究所はやめてください」
食い気味で頭を下げた。
「よろしい」
こころちゃんは満足そうに頷く。
「じゃ、行ってきなよ。天才不登校ちゃんのとこ」
「軽く言うなあ……」
俺は深くため息をついた。
彼氏持ちのヤンデレ更生。
超難関校のテスト対策。
ついでに命の危機。
(仕事量バグってない?)
だが、やるしかない。
俺は保健室の扉に手をかけた。
「……とりあえず」
「ん?」
「刺されないといいな」
「無理じゃない?」
「即否定!?」
背後の笑い声を聞きながら、俺は廊下に出た。
――こうして。
俺の“二人目のヤンデレ”との接触が、始まる。




