第5章 息の庭 ― 息がめぐり、心がひとつになる ―
朝の光が、部屋の中を満たしていた。
夜の記憶は淡く溶け、空気はやわらかい。
カーテン越しの風が、葉の上をすべっていく。
ミントの鉢が、ひそかに息をしているようだった。
みさとは目を覚ました。
夢の境目は、もうどこにもなかった。
自分が人なのか、猫なのか、そんなことはどうでもよくなっていた。
ただ、生きていることが、体の奥から伝わってくる。
机の上には、二つの珠。
ひとつはみさとの。
もうひとつは、悠真が持ってきたもの。
夜の光の名残をうっすら残しながら、静かに並んでいた。
指で触れると、珠が呼吸した。
ふたつの鼓動が、少しずつ同じテンポを刻む。
息の音が重なり、部屋が静かに揺れる。
「おはようございます」
振り向くと、悠真が立っていた。
カーテンの隙間から差す光が、彼の髪を透かす。
朝の空気が、ふたりのあいだで行き交う。
「昨日のこと……覚えてますか?」
「ええ。全部。夢みたいだけど」
「夢じゃないですよ」
悠真の手が、そっとみさとの手に触れた。
冷たくも、あたたかくもある、不思議な温度。
その接点から、息がひとつに重なる。
「人も猫も、息をしているうちは、同じなんですね」
「うん。生きてるって、そういうことなんだと思う」
ふたりはしばらく、言葉を交わさずに座っていた。
部屋の中に流れるのは、朝の匂いと、ふたつの呼吸の音だけ。
その音が、ゆっくりと“ひとつ”になっていく。
外で、鳥の声がした。
管理人のおばあさんが通りかかり、ドアの前で笑った。
「おや、いい匂いだねえ。
あんたたち、やっと同じ息になったかい?」
その声は明るく、でもどこか祈りのようだった。
みさとは笑って答えた。
「はい。やっと……息が合いました」
おばあさんは頷き、手を合わせる。
「息ってのはね、生きるって字に似てるだろ。
止めたら終わり。でも合わせたら、始まるのさ」
そして、軽く手を振って去っていった。
静かになった部屋の中で、ふたりは顔を見合わせた。
ミントの葉が、やさしく揺れている。
その動きが、まるで世界の呼吸のように見えた。
「ねえ、また、あの夢を見ると思う?」
「きっと見る。でも、もう怖くない。
だって、夢でも現実でも、息は同じだから」
みさとは小さく息を吸い、
そのまま悠真の肩に頭を預けた。
彼の胸の音と自分の鼓動が重なる。
朝の光が、二人を包んだ。
――すべての始まりは、息だった。
そして、これからも、それは続いていく。
外では、猫がひとつ、のびをしていた。
まるで世界が大きく呼吸するように。
息つぎを 合わせてみれば ひとつ音
生きると書いて 君を抱く。




