第4章 試練の夜 ― ふたりの息が、迷いの闇で重なる ―
夜が深くなるほど、音が減っていく。
窓の外では、街の灯りがひとつ、またひとつ眠っていった。
静けさの中で、みさとは布団の上に座っていた。
胸の奥に、あの珠の呼吸がまだ残っている。
息を吸うたび、鼓動と一緒に珠が光る。
吐くたび、光が薄くなる。
それが彼女の心拍とつながっているように思えた。
――あの夜と同じ。
何かがまた始まろうとしている。
テーブルの上に置いた携帯が震えた。
画面には「真央」の名前。
「もしもし」
『寝てた?』
「ううん、眠れなくて」
『だよね。……変な夢、見なかった?』
言葉が喉で止まる。
真央の声は、明るくて、でも少しだけ沈んでいた。
『みさと、あんた、前より息が浅くなってる。
夢でも現実でも、息できなくなったら、誰かが迎えに来るよ。
いいか悪いかは別として』
その言葉を聞いた瞬間、部屋の空気がわずかに揺れた。
どこからか、あの音がした。
――言葉にならない、でも確かに“呼びかける音”。
「……真央、今、何か聞こえた?」
『ううん、聞こえない。……でも、あんたの声がちょっと遠い』
通話が途切れる。
静寂のあと、窓がひとりでに開いた。
冷たい空気が流れこむ。
その中に、誰かの息があった。
近い。とても近い。
みさとは立ち上がる。
部屋の隅に、人影。
――悠真。
「こんな時間に……どうして?」
「ごめん。……部屋の灯りが見えたから。
何か、呼ばれた気がして」
彼の声は夜に溶けるように静かだった。
みさとは何も言えず、ただ見つめた。
その胸のあたりで、小さく光が揺れている。
彼の中にも、あの珠と同じ光。
「これ……君の?」
彼は胸元から銀色の小さな珠を見せた。
息を合わせるように、それが脈を打つ。
みさとの珠と、同じ音。
「どうして……?」
「わからない。でも、夢で君が呼んでた。
あの夜から、ずっと。」
ふたりの距離が近づく。
呼吸が重なる。
息を吸うと、珠が光り、吐くと、部屋が揺れる。
光がまるで水のように広がって、ふたりを包んだ。
みさとの背中が熱くなる。
足の感覚が消えていく。
爪が細く、柔らかく、猫のものへと変わっていく。
――猫になる。
けれど今回は、前とは違った。
悠真の息が、彼女の中に届いていた。
彼の手が頬に触れる。
「大丈夫。息をして」
みさとは目を閉じた。
深く吸う。
その空気の中に、彼の匂いがあった。
温かく、確かな人の気配。
「……怖くない」
「そう言ってくれると思ってた」
光が少しずつ静まる。
猫の姿と人の姿が溶け合うようにして、
ふたりは床に座り込んだ。
夜が静まり返る。
窓の外の星が、呼吸と同じリズムで瞬いていた。
みさとは小さく笑った。
「あなたの息、きれいだね」
「君のも」
ふたりの間に、ひとつの息が生まれた。
それはもう、どちらのものでもなかった。
ふたり息 夜にあずけて 光る珠
こわれぬように 心を包む。




