第九話 ヤンデレは普通に怖い
ストケシアが矢継ぎ早に賢者に魔術理論について質問を繰り返している。
勇者は木にへばり付いたヤナギを警戒しており、聖女は優雅にティータイムを楽しんでいる。
そして、カリンと女神が無言で対峙していた。
良く分からない状況である。
それぞれが、それぞれに、勝手気ままに過ごしているだけではあるのだが、互いを気にしなさすぎだった。
そんな中、モーブが声を上げる。
「……何か、増えてません?」
今更な話である。
訊ねるまでもなく、明らかに三人程増えている。
「ストケシアさんと女神様は分かるんですが、木にへばり付いてるのは誰ですか?」
「ヤモリだ」
モーブの質問に、勇者が即答する。
その答えに、モーブが訝し気な表情を浮かべる。
「いや……、どう見ても人げ……」
「ヤモリだ!」
モーブの言葉を遮る様に勇者が答える。
勇者の表情には恐怖が浮かんでいた。
「斬新なヤモリだ。……そう思う事にした」
「そう……、ですか……」
「ああ。斬新なヤモリに懐かれた」
「……その割には、千寿さん、警戒してません?」
「俺の解剖を企んでいるヤモリだ」
勇者の言葉に、モーブの表情が引き攣る。
「解剖……?」
「異世界人の身体構造に興味があるヤモリなんだ」
「………………」
勇者の言葉に、モーブが押し黙る。
そして、これ以上踏み込んではいけない事を察した様で、極自然に視線を逸らす。
「そういえば、リリーさんは良いんですけど、ディルさんとストケシアさんは何を?」
露骨な話題の転換である。
だが、勇者もヤナギに触れたくはない様で、その話に乗ってくる。
「この間、ディルの発見した魔術理論を教えるとか約束してたんだ」
「はぁ」
「その話が長引いて、ここまでついて来た」
「もう、魔族の勢力下ですよ? 大丈夫なんですか?」
「仮にも前賢者だ。大丈夫だろ」
「まあ……、余程の事がなければ大丈夫でしょうけど」
そう言って、モーブと勇者が沈黙する。
勇者は、しきりに背後のヤナギを警戒していた。
ヤナギの存在感が邪魔で話題が続かないようだった。
「そういえばよ……」
「何ですか?」
気を取り直した様に勇者がモーブに話しかける。
沈黙に耐えかねたのが見え見えだった。
「カリンは、何で、女神様を睨みつけてるんだ?」
勇者の言う通り、カリンは女神の顔を凝視しており、女神は困った様な表情を浮かべていた。
見ようによっては睨みつけている様にも見えた。
「……いや、分からないですね」
勇者の質問に、モーブが目を泳がせながら答える。
何か心当たりがありそうだったが、答えるつもりはなさそうだった。
そんなモーブに、勇者が訝し気に視線を向けた時だった。
カリンの呟きが、やけにハッキリと響いた。
「似てる……」
ヤナギ以外の視線がカリンに集まる。
皆、訝し気な表情だった。
ただ一人、モーブだけは表情が引き攣っている。
「アー君に似てる……」
その言葉に、勇者パーティーの面々が少し驚いた様な表情になる。
今度は、モーブへと視線が動く。
そして、賢者がモーブに向かって口を開いた。
「モーブ。お前、女神様の……」
「四天王クロスチョォォップ!」
賢者の言葉を遮って、モーブの大技が賢者に炸裂する。
賢者とモーブが縺れ合いながら吹き飛んでいく。
「モーブ……。何やってんの?」
呆れた様にカリンが言う。
その言葉に、モーブは慌てふためいて起き上がり、早口に返答する。
「いや! ちょっと! 魔王軍の血が騒いじゃって!」
「……魔王軍に欠片も忠誠心無いでしょ」
「そういう日もあるんですよ! ……そうだ! 今日は飲みましょう! 千寿さん達も、魔族の勢力下に入って、補給もままならないでしょうから、持ってきたお酒と食料を振舞いますよ!」
モーブが、とんでもない勢いで捲し立てる。
そして、その勢いのまま、勇者と賢者の襟首を掴んで引きずって行く。
「じゃあ! 準備しますね!」
そう言って、茂みの中に入り込む。
その様を見て、カリンは不思議そうに首を傾げていた。
「なあ……」
茂みの中で、勇者が半眼で言う。
賢者も、もの言いたげな表情だった。
「お前……、本名、『ア』ンランだったよな?」
勇者が訊ねる。アンランの『ア』を妙に強調した言い方だった。
勇者の言葉にモーブが無言で頷く。
続けて、賢者が話し始める。
「カリン嬢の幼馴染、銀髪で金色の瞳がキラキラしてたって聞いてるんだが……」
賢者と勇者が女神に視線を向ける。
銀色の髪に金色の瞳。その瞳はキラキラと光を放っていた。
「お前、女神様の又甥だよな?」
「……はい」
勇者の言葉に、モーブが諦めた様に小さく答える。
「面倒事を避ける為に真の姿を隠しているとは聞いているが、実際、真の姿はどんな感じなんだ?」
「………………」
賢者の質問にモーブは答えない。
そんなモーブを見て、勇者が追撃する。
「答えないと、カリンにお前と女神様の関係を話すぞ」
勇者の脅迫に、モーブが顔を青褪めさせる。
そして、絞り出す様な声で答える。
「……龍の角が生えて、銀髪で、金色の瞳になります」
「顔つきは?」
「……女神様に似てると思います」
「瞳が光ったりは?」
「……します」
完璧だった。
最早、言い逃れはできないレベルである。
カリンの監禁願望が発覚した際、妙に怯えていると思ったが、そういう事らしい。
勇者と賢者は、納得した様な、呆れた様な表情だった。
「やはり、そういう事でしたか」
突然、聖女の声が聞こえた。
茂みを分け入って、勇者達の下へと近づいてくる。
モーブが慌てふためく。
「リリーさん! 何でここに⁉」
「女神様とカリンさんの幼馴染が似ているのであれば、予想はつきますから」
そう言って、聖女が軽く溜息を吐く。
そして、言葉を続けた。
「それで……、どうするつもりですか?」
「どうにか……、しないと駄目ですかね?」
モーブの言葉に三人は深々と溜息を吐く。
どうにかしないと駄目に決まっていた。
あれだけ拗らせた存在を放置しないで頂きたい。
「そもそも、カリンさんが、あれだけ拗らせたのはモーブさんのせいですよ」
聖女が言うが、監禁願望があるのは聖女も同じである。
カリンが拗らせているのは間違いないが、聖女も違う方向性で拗らせていると思う。
「いや……、神族は魔族に嫌われてるんで、名乗り出ない方が良いと思ったんですよ……」
「そういう問題じゃありません」
聖女の否定の言葉に、モーブが首を傾げる。
「……カリンさんが幼馴染を待つ間、貴方は、モーブさんとしてカリンさんと会ってますよね?」
「まあ、そうですね」
「その際、困り事に手を貸したり、愚痴を聞いたり、他にも色々とカリンさんの世話を焼いてますよね?」
「ええ、まあ……」
分かっていなさそうな返事をするモーブに、聖女が再び深々と溜息を吐く。
そして、聖女が続きを話し始める。
「魔族は人間と比べて長命です。貴方達、私達と比べて、大分年上ですよね?」
「そうですね」
「カリンさん、幼馴染と一緒にいた時間より、モーブさんと一緒にいた時間の方が長いんですよ」
「そう……、なりますね……」
いまだに分かっていなさそうなモーブに対し、聖女は半眼で話の核心を話し始める。
「カリンさん、幼馴染とモーブさんの間で心が揺れ動いたんですよ」
その言葉に、モーブが驚愕の表情を浮かべる。
完全に分かっていなかったらしい。
「それでも、幼馴染が帰ってくる場所になりたいという気持ちで、モーブさんへの気持ちを押さえていたらしいんですが……」
「当のモーブが周りをウロチョロしてたわけか……」
「それで、拗らせたと……」
聖女の言葉に、賢者と勇者が続ける。
これが事実なのだとしたら、完全にモーブの自爆だった。
全力で監禁フラグを立てた様なものである。
それを察したらしいモーブが、恐る恐るといった風に口を開く。
「これ……、バレたらどうなると思います……?」
どうもこうもない。監禁される事だけは間違いない。
勇者パーティーの面々は、何処か諦めた様な表情だった。
「監禁されるだろうなぁ……」
「幼馴染とモーブ、二人への思いをまとめて叩きつけられると思うぞ」
「悩む事が何もなくなりますから、誰も止められない勢いで突き進むと思いますよ」
それらの言葉にモーブが頭を抱える。
その顔は青褪め切っていた。
「カリンさん……、監禁部屋を作ってるんですよ……」
リーチが掛かっていた。
監禁という役満を上がられる寸前である。
「邪魔になりそうな連中をまとめて、抹殺リストも作ってました……」
監禁と殺戮でヤンデレのダブル役満である。
上がられたらトビで終了だ。
恐れ戦くモーブに、勇者パーティーの面々は、どこか生暖かい視線を向けている。
それは、紛れもなく憐みの視線だった。
「どうしたら良いと思います……?」
困り果てた様子でモーブが訊ねる。
それに対して、キッパリとした口調で聖女が答えた。
「口説きなさい」
「くど……⁉」
「モーブさんとして口説き落として、幼馴染への思いを断ち切らせる事が出来れば活路が見出せるでしょう」
聖女が言いきって見せる。
だが、それを聞いた勇者と賢者が、少し離れて小声で話し始める。
「……どう思う?」
「どうもこうもない。モーブがモーブとして監禁されるだけだろう」
「だよな」
「そもそも、モーブだって、人間との混血と公言してるんだぞ。普通にカリン嬢が暴走するだろう」
「文句を言う奴は皆殺しだよなぁ……」
「それと、モーブを悪意から守る為に監禁もするだろうな」
小声だったが、何故か、良く聞こえる声だった。
その会話を聞いて、モーブが絶望した様に膝をつき、そして項垂れる。
そんなモーブを、勇者パーティーの面々は、痛ましい者を見る目で見つめていた。
場を、いたたまれない静寂が支配する。
暫しの後、その静寂を破る声が聞こえた。
「……飲みましょう」
モーブの声だった。
上げられた顔は、決意に満ちていた。
「飲んで忘れましょう」
何の決意をしているのか。
ただ、酒に逃げる決意をしただけである。
「じゃあ、料理の準備をしてきますね!」
そう言って、モーブは調理場の設営を開始する。
勇者達は、そんなモーブを呆れた様に見ていた。
「アイツ。やたらと料理してるよな……」
「料理に逃避するタイプなんだろうな」
「比較的、真面な逃避ではありますね」
それぞれが勝手な感想を言いながら茂みから出ていく。
その背後では、モーブが早くも中華鍋を振るい始めていた。
「とりあえず、飲み会の準備を始めようぜ」
「……そうだな。飲ませておいた方が良いと思ったのは初めてだ」
「俺も飲みたい気分だしな」
そう言って、勇者が、チラリと木にへばり付いたヤナギに視線を向ける。
飲んで忘れたいのだろうが、飲みすぎて解剖される様な結末は止めてほしい。
「帰って来たのじゃ! 賢者ディルよ! 続きを教えてほしいのじゃ!」
ストケシアが賢者に声を掛ける。
その横では、カリンが女神をいまだに凝視し続けている。
「女神様……。子供を産んだ事はありませんか?」
「……ないですよ」
女神が満面に冷や汗を浮かべていた。
カリンのヤバさに気付いているのだろう。モーブの事は話していないようだった。
女神の察しが悪かったら、モーブは既に監禁コースに突入していた事だろう。
「ところで、ディル……」
「どうした? リリー」
「最近、ストケシア様と仲が良いみたいね?」
感情を感じさせない目で、聖女が賢者を凝視していた。
その視線に、賢者が一気に青褪める。
「……ま、魔術研究者として交流してるだけだ」
「ふぅん……」
「落ち着いてくれ! 俺を男としてみる女性はリリーくらいだ!」
身の程を弁えた言葉である。
その賢者の言葉に、聖女は、一応は納得した様に小さく頷く。
しかし、その手には手錠。
無言で手錠を弄んでいた。
怖すぎる絵面である。
「……勇者千寿よ」
「……絶対に巻き込むなよ」
「今日は飲もう」
「お前も酒に逃げるのかよ……」
勇者が言うが、勇者も勇者で、ヤナギの件で酒に逃げ込む人間である。
「……そういえば、今日は『ヤンデレがトレンド!』とか、言わねぇんだな?」
「……確かに、一時期流行っていたと思う」
「そうだな」
「今も、程々に見かける」
「ああ」
「だがな……。それでも、ヤンデレは怖すぎる!」
賢者の魂の叫びが木霊する。
その叫びを聞いた勇者が空を仰ぐ。
暫しの後、そのままの態勢で、勇者がもう一度口を開く。
「そう……、だなぁ……」
何とも言えない感情の籠った言葉だった。
そして、その言葉は、誰にも返事される事なく、太陽の落ち行く空に溶けて消えていったのだった。
飲み会は盛り上がった。
モーブと賢者のテンションの高さが異常だった。
その飲み会の中、オーゴリとノーキンの襲撃があったが、モーブの八つ当たり中華鍋アタックと賢者の八つ当たりフランケンシュタイナーの餌食となった。
そして、そんな状況を眺めつつ、木にへばり付いたヤナギは消毒用エタノールを舐めていた。




