第七話 幼馴染は敗北しない
「ふざけんなぁぁぁっ!」
怒声と共に、聖女のハイキックが賢者の頭部を襲う。
その蹴りをまともに食らった賢者は、凄まじいまでの勢いで吹き飛ばされていく。
そして、適当な木にぶち当たる。
通常なら大怪我は免れないが、賢者は何時もの如く、何事も無かったかのように立ち上がった。
「くっ……! 冒頭から御褒美とはな! ……だが! ハイキックならスカートでやってほしかった!」
なんの要望を言っているのか。
シンプルにクズな発言である。
「スカートで整備もされてない山の中を歩ける訳ないでしょ!」
ごもっともである。
登山するのにスカートは適切ではないだろう。
「……せめて、露出の多い服を着てみないか?」
賢者の提案に、聖女が無言で賢者の胸倉を掴む。
「藪漕ぎしただけで傷だらけになるでしょ!」
言っている事は相変わらずもっともだが、いちいち返答せずに殴ればいいと思う。
こんな変態と問答するだけ無駄でしかない。
「……今度は、何言い出したんだ?」
少し離れた場所から勇者の声が掛かる。
多分に呆れを含んだ声だった。
聖女は、そんな勇者に向き直り、言葉を返す。
「『最近の幼馴染は、負けヒロインが腐葉土!』とか、幼馴染兼婚約者である私に言ったんですよ」
その言葉に、勇者が深々と溜息を吐く。
そして、呆れかえった視線を賢者に向ける。
「腐葉土って……、とうとうカタカナですらなくなったな」
「そういう問題じゃありません!」
着目する点が、かなりおかしい。
いや、どちらかというと、問題から目を逸らしているのかもしれない。
「挙句の果てに、一時期、暴力的な幼馴染が流行ってた、だとか……」
聖女が暴力的なのは、正直、否定はできない。
だが、悪いのは賢者である。十対零で賢者の有責だ。
「パワハラ幼馴染の出現頻度が高い時期があった、だとか……」
……何時の話をしているんだ?
確かに、そんな時期があったように記憶しているが、かなり前の話ではなかろうか。
「私、パワハラなんてした事ありませんよ!」
アルハラならやっていたと思うがな。
この聖女がアルコールの権化みたいな酒の飲み方をして、全力で周囲に絡むのは周知の事実だ。
「………………」
勇者が無言で視線を逸らす。
おそらく、勇者も聖女のアルハラを思い浮かべたのだろう。
そして、視線を逸らした先でモーブと視線が合う。
「……なんで居んの?」
勇者の言葉に、モーブが愛想笑いを浮かべる。
よく見れば、モーブの横には仏頂面のカリンも佇んでいた。
「いやぁ、話せば長くなるんですが……」
「手短にしろ」
「シンプルにサボりです」
サボりらしい。
そして、魔王軍四天王の二人がサボる先が勇者の下というのはどういう事かと思う。
「まあ……、いつもの事か」
受け入れる勇者も、正直、どうかと思う。
ほぼ内通状態とは言え、流石にサボり先という立場を受け入れるのは止めておけ。
「失礼するわよ」
そう言って、カリンが、仏頂面のまま、賢者と聖女に向かって歩き出す。
明らかに機嫌が悪かった。
かなり殺気立っている。
「……なんで、機嫌が悪いんだ?」
「いや……、俺も分からないんですよね。さっきまでは普通でしたけど」
そう言って、モーブが首を傾げる。
声を潜めている訳ではない。
聞こえているだろうに、そんな事は無視して、カリンが賢者と聖女の下へと辿り着いた。
「この際だから、ハッキリ言っておくわ」
そう言って、カリンは、いまだに聖女に胸倉を掴まれたままの賢者の首に手を掛ける。
そして、叫ぶ。
「幼馴染は負けヒロインじゃない‼」
その叫びと共に、賢者の首を締め上げる。
傍目に見ても、とんでもない力が込められているのが見て取れた。
込められている殺意が半端ではない。
「締まってる! 締まってる!」
賢者が叫ぶが、割と元気そうだった。
そんな状況を見て、勇者とモーブは、若干引きながらも、小声で会話し始める。
「……前に、初恋は幼馴染とか言ってたよな? もしかして、引きずってるのか?」
「いや……、聞いた事ないですけど」
「流れから考えて、それ以外、考えられないだろ」
「あんまり、カリンさんとそういう話しないですからね……」
「振られてたりしてるのか?」
「振られてないっ‼」
勇者達の会話に、カリンが怒鳴る様にして割って入る。
賢者の首を締め上げたまま、首だけを回して、勇者達を視線でとらえていた。
殺意にも似た感情の籠った視線に、流石の勇者も顔を引き攣らせる。
「そうか……。それは、すまなかった」
あまりのカリンの迫力に、絞り出す様にして、勇者が謝罪する。
とりあえず謝っておこうという、実に日本人らしい対応だった。
「カリンさん。落ち着いてください」
聖女が、カリンと勇者達の間に割って入る。
そして、カリンを落ち着かせる様に微笑み、言葉を続ける。
「何か、つらい事があったのですか?」
聖女の言葉に、カリンが賢者を放り出す。
放り出された賢者は、這う這うの体で、勇者達の下へと逃げてきた。
そんな賢者に構う事なく、カリンが答える。
「アー君……、幼馴染は、同じ一族の男の子だったんだけど……」
「はい」
「でも、微妙な立場だったから、ある時、大人達に殺されそうになって……」
「……それで、離れ離れに?」
「ええ。逃げる為に、大人でも落ちたら上がってこれない様な滝に飛び込んで……」
そう言って、カリンが悔しそうな表情で顔を俯ける。
そんなカリンの手を、聖女がそっと握る。
「信じましょう。きっと、帰ってくると……」
聖女の言葉に、カリンが静かに頷く。
そんなカリンに、聖女は、もう一度微笑んで見せる。
落ち着きを取り戻した様に見えるカリンに、男共が安堵した様に息を吐く。
殴ってどうにかできない相手には、とことん無能な連中である。
そんな男共を気にする事もなく、聖女がカリンに質問する。
「幼馴染が帰ってきたらどうしたいですか?」
「監禁します」
即答だった。
そして、聞き間違えでなければ、『監禁する』と聞こえた。
カリンの言葉を上手く飲み込めなかった様で、男共が思案する様に視線を彷徨わせ始める。
暫しの間、男共は視線を彷徨わせ続けた。
そして、同時に声を上げる。
「「「は?」」」
間の抜けた声だった。
そして、結局、言葉の意味は飲み込めずにいるらしい。
そんな男共に、カリンが、もう一度言う。
「監禁します」
やはり、『監禁する』と言っている。
その言葉に、男共が硬直する。
引き攣った表情で、完全に動きを止めた。
そんな男共を他所に、聖女が神妙に頷き、言葉を掛ける。
「分かります」
分からないでほしい。
そして、聖女が監禁云々を目論んでいるとしたら対象は一人である。
その対象であろう人物。そう、賢者が青い顔色で口を開く。
だが、声が出ない様で、無為に口を開け閉めするばかりだった。
そんな賢者を、やはり青い顔色の勇者が、喝を入れる様に勢いよく引っ叩いた。
それで硬直が解けた様で、賢者が腹の底から声を上げる。
「タイムアウトォォッ!」
賢者、たまらずのタイムアウトである。
男共が、凄まじい勢いで後退り、額を寄せ合って会話し始める。
「おい! なんで、監禁に話が飛ぶんだ!」
「分からん! リリーは、俺を監禁しようとしているのか⁉」
「カリンさんも、何で再会からの監禁になるんですか⁉ 怖いんですけど!」
大騒ぎである。
相手に聞こえない様にしようとか、そういう余裕すらない様で、かなりの大声だった。
そんな男共など気にもせず、聖女とカリンが和やかに会話を始める。
「やっぱり、監禁ですよね」
「監禁しかないよね」
「鎖で縛っておくのが良いですかね?」
「私は、手錠とか気になってるんだけど」
会話の内容は、決して和やかではない。
そして、そんな会話は、男共の恐怖心を煽るのに効果抜群だった。
「どうすんだよ⁉ 監禁談義始めたぞ!」
「勇者千寿よ! なんで、そんな結論になったのか聞いてきてくれ!」
「なんで俺が⁉」
「千寿さん、この間、一人で逃げたじゃないですか!」
「そうだ! ここは勇者らしく前に出てくれ!」
壮絶な押し付け合いの末、賢者とモーブに押し出される形で、勇者が前に出る。
完全に腰の引けている勇者が、背後の二人に恨めし気な視線を向けるが、賢者とモーブは構わずに勇者を押し出し続けていた。
そして、とうとう観念した勇者が口を開く。
「あぁ~……。え~とだな……。なんで、監禁という結論に……?」
恐る恐るといった風に勇者が問いかける。
そんな勇者に、聖女とカリンが向き直る。
そして、カリンが一歩前に出て答える。
「今まで、私の前に姿を現していない事から考えて、誰かに捕まっているとか考えられるでしょ?」
「……そういう事も考えられるな」
「もし、そうなら、捕まえてる奴を始末して、誰も手出しできない様に閉じ込めておかないと」
「……左様ですか」
妙に迫力のあるカリンの言葉に、勇者が一歩後退る。
「あと、微妙な立場にいた事を気にして、私に迷惑かけない様にって、自分の意志で出てきてない事も考えられるでしょ?」
「まあ……、そうですね」
「だったら、文句を言う奴を全員始末して、もう、何処にも行かない様に閉じ込めておかないと」
勇者は、もう、返事すらできない様子だった。
勇者が青褪めた顔で賢者とモーブに振り返る。
だが、賢者もモーブも、全力で首を振って勇者を盾にするばかりだった。
そんな状況に、勇者は意を決した様に向き直って口を開く。
そして、喉の奥から絞り出す様な声で聖女に向かって声を掛けた。
「リリーは……?」
覚悟を決めた様な勇者とは対照的に、普段と変わらぬ様子の聖女が答える。
「ディルの場合、何やるかわからないですから、閉じ込めておいた方が安心かと思いまして」
その答えに、勇者は、考え込む様に空を見上げる。
そして、数秒程、その態勢を維持した後、聖女に視線を戻して言う。
「それもそうだな」
納得した様に勇者が頷く。
「納得しないでくれ!」
賢者が叫ぶ。
それはそうだろう。勇者まで敵に回ったら、監禁待ったなしである。
「お前の日頃の行いが悪い」
それはそう。
賢者の日頃の行いを見ていると、閉じ込めておいた方が安心というのはもっともだった。
見捨てずに面倒を見るつもりがある分、マシなのかもしれない。
そんな、四面楚歌に陥った賢者が声を上げる。
「分かった! リリー! 何か欲しい物は無いか⁉ プレゼントしよう!」
プレゼントでごまかすつもりの様だ。
後がないからか、賢者の言葉には焦燥が明らかに浮かんでいた。
「手錠」
聖女がとんでもない物を要求する。
その要求に、賢者が硬直する。
それはそうだろう。監禁を免れるためのプレゼントなのに、監禁道具を要求されたのである。
対処を誤ったら監禁コース突入だった。
「カリンさんの話を聞いてたら、興味が出てきたのよ」
興味を持たないでほしい。
そして、婚約者に要求するプレゼントとしても不適格である。
「カリンさんの分も作りなさい」
有無を言わせぬ命令だった。
賢者は硬直したまま言葉を返せない。
断ったら監禁コース。手錠を作って渡しても監禁コースだった。
「作れば、監禁は状況を見てにしてあげるわ」
聖女の言葉に、賢者が再起動する。
動き出した賢者は、一縷の希望を見出した様な表情だった。
「分かった! 頑丈なのを作ろう!」
頑丈な手錠を作るのは勝手だが、下手すると、その頑丈な手錠で自分が拘束される事を理解しているのだろうか。
だが、そんな事は御構い無しに、賢者はマジックバッグを漁り始める。
「確か、オリハルコンがあったはずだ!」
伝説の素材で手錠を作るは止めてほしい。
オリハルコンは、勇者の聖剣と同じ素材である。
「予備も作りなさい」
「分かった! 合計で、四つで良いな⁉」
「とりあえず、それで良いわ」
聖女の言葉を聞くなり、賢者がオリハルコンの加工を始める。
魔術を駆使して、かなりの手際の良さだった。
「カリンさん。これで、手錠は手に入りますよ」
「オリハルコン製なら、安心して監禁しておけるわね」
どこに安心できる要素があるというのか。
正直、不安しかなかった。
「俺の全魔力を込める!」
賢者がオリハルコンに魔力を注ぎ始める。
強化されるのだろうが、いざという時、脱走できるようにしておいた方が良いと思う。
「千寿さん。俺、明日から、カリンさんと何時も通りに会話できる自信がありません」
「俺もだ……」
完全にドン引いた表情で、勇者がモーブに言葉を返す。
モーブは、怯えを含んだ表情で勇者を盾にしていた。
「手錠の制作に一日かかるが構わないな!」
賢者が確認する様に叫ぶ。
こんな事で、勇者一行の魔王討伐の旅が停止するのはどうかと思う。
だが、勇者が、諦めを含んだ声音で返答する。
「……今更、止めろとは言えないだろ。勝手にしろよ」
手錠制作の為に、本当に一日かけるらしい。
だが、まあ、止めろと言ったら後が怖い。仕方ないだろう。
「とりあえず、俺達は休暇という事にするか」
「そうですね。たまには良いでしょう」
勇者の言葉に、聖女が頷く。
「じゃあ、私達も一緒にいさせてもらうわ」
「じゃあ、俺は、何か適当に食べられる物でも作ってきます!」
そう言い残して、モーブが走り去る。
そして、少し離れた場所で調理場を設営し始める。
「……逃げたな」
勇者が小さく呟く。
自分を拘束するための手錠を熱心に作っている賢者、監禁談義を再開し始めた聖女とカリン。
酷い状況である。
そんな中に取り残された勇者は、死んだ目で深々と溜息を一つ吐いたのだった。
翌日、賢者の力作となる手錠が完成していた。
そして、強度試験として勇者が攻撃した結果、勇者の聖剣が大きく欠け、手錠は無事だった。
欠けた聖剣は、とりあえず、四天王との激戦で欠けた事にしておいた。
遅くなって申し訳ございません。
本年もよろしくお願いいたします。




