第六話 追放者の防衛戦
「……何やってんだ?」
勇者がモーブに声を掛ける。
山の中である。結構な山奥だった。
そんな山の中に畳なんぞ敷いて、その上でモーブは寝そべってダラダラとしていた。
その姿には覇気の欠片もない。
「いやぁ……。ちょっと、追放されまして」
呑気にモーブは言うが、四天王の一人が追放されたのだとしたら結構な大事である。
「追放! まさに最近のグレード!」
「トレンドな」
「そう! それだ!」
「日を追うごとに原型を失ってるじゃない……」
追放という言葉に目を輝かせて叫ぶ賢者に、勇者と聖女がやる気のないツッコミを入れる。
大分、見飽きた光景だった。
「詳しく聞かせてもらおうか!」
そう叫んで、賢者が靴を脱いで畳の上に上がる。
そんな賢者に、モーブは座布団を一枚差し出した。
「いや、オーゴリとノーキンの二人が、いきなり追放宣言してきただけなんですけどね」
「四天王最強(笑)からの追放宣言! 良いぞ! 分かっているじゃないか!」
何が分かっているというのか。
正直、使い古されて、最近では見かけなくなってきたパターンだと思う。
「まあ、それで、俺の部下も全て自分達の勢力下に置くとか言い出したんで……」
「なるほど! それで、どうしたんだ⁉」
「二人ともボコボコにして、『やれるもんならやってみろ』と、言って出てきました」
四天王最弱とは何なのか……。
四天王最強(笑)を二人ともボコボコにしておいて、よく四天王最弱で押し通せているものである。
「いいぞ! 昨今の傾向からして、ざまぁは手早く行うのが正解だ!」
ざまぁが手早すぎて、そもそも追放が成立しているのかが疑問だ。
「まあ、適当にサボったら帰りますけどね」
やはり、追放宣言を利用した、単なるサボりだったようである。
魔王軍で最もやる気のない存在というのは伊達ではない様だ。
相変わらずダラダラしているモーブに勇者が声を掛ける。
「サボるのは勝手なんだけどよ……」
そう言った勇者は半眼だった。
かなり面倒臭そうな表情である。
「なんで、俺達の前に現れた?」
それはそう。
わざわざ勇者達の前でサボる意味が感じられない。
絶対に何かに巻き込むつもりなのが見え見えだった。
「いや、そろそろ、迎えが来ると思うんですよ」
「それで?」
「俺の部下か、カリンさんなら良いんですけど、違ったら、サクッとやっちゃってください」
とんでもない男である。
サボりの為に同じ魔王軍の仲間を切り捨てるつもりの様だ。
そんなモーブに、勇者が苦々し気に言う。
「……せめて、晩飯を作れ」
「交渉成立ですね」
勇者は渋い表情で、モーブは胡散臭い笑顔で頷きあう。
どうしようもない取引だった。
モーブがサボりたいが為だけの取引である。
「……来ましたね」
そう言って、モーブが空に視線を向ける。
それと同時に、勇者達三人も同じ方向に視線を向けた。
「……カリンさんですね」
聖女が呟く。
その言葉を肯定するかのように、空の彼方から高速で飛来するカリンの姿が視認できた。
近づくにつれて、その表情が露わになる。
眦を吊り上げ、口元は歪んでいる。
大分、お怒りの様である。
そして、カリンは、減速することなくモーブに向かって突っ込んでくる。
「一人でサボってんじゃないわよ!」
怒声と共に放たれたカリンの蹴りがモーブを吹き飛ばす。
吹き飛んだモーブが、賢者を巻き込み、二人して地面を転がる。
「サボるなら声を掛けなさいよ! 私もサボるから!」
どうやら、サボった事に対しての怒りではなく、抜け駆けしてサボった事に関しての怒りの様である。
と、言うか、普段は示し合わせてサボっているのであろうか?
「いや……、カリンさんもサボる口実になったでしょ?」
モーブの言葉にカリンが舌打ちをする。
「アンタが出て行った後、四天王最強(笑)の馬鹿共が騒いでたのよ」
「はあ」
「アンタの部下を吸収するとか言って、アンタの部隊に乗り込んだんだけど……」
「大人しく従いました?」
「従う訳ないでしょ! アンタの副官が馬鹿二人をボコボコにして大騒ぎになったのよ!」
あの二人、とうとう、モーブの副官にまでボコられたのか……。
いよいよ、四天王最強という称号が紙のように軽くなっている。
「ああ、アキレアですか。アイツ、魔王より強いですからね」
モーブの言葉に、勇者が呆れた様に息を吐く。
「お前の副官、魔王より強いのか?」
「ええ。……ついでに言うと、カリンさんの副官も魔王より強いはずですよ」
勇者と聖女が、何処か呆れた様な表情でカリンに視線を向ける。
「まあ……、あれよりは強いわね」
本格的に魔王軍で燻っている意味が分からない二人である。
とっとと、クーデターでも起こせば良いと思う。
「良いぞ! 部下まで強い! 新設定だ! 盛れてきたぞ!」
賢者が声を上げる。
此奴は、いい加減、モーブ達に設定を盛る事は諦めてほしい。
まあ、新設定を持ってきてしまうモーブ達もモーブ達だが……。
「それで、どうなったんですか?」
聖女がカリンに訊ねる。
その質問にカリンが深々と溜息を吐く。
「あの馬鹿共、それぞれ、一万の軍を率いてモーブの軍を襲撃しようとしてたから止めてきたのよ」
「ちなみに、モーブさんの部下の数は?」
「戦闘部隊は千人くらいです」
聖女の質問にモーブが答える。
自分の部下が、二十倍の軍に襲撃されかかっていたというのに、他人事の様な呑気な声だった。
「……モーブの軍、副官以外にも、魔王クラスが二人、ノーキンとオーゴリの二人クラスなら十人以上居るのよ」
「それは……」
聖女が絶句する。
勇者は頭痛でもするのか、こめかみを揉み解していた。
「正直、二万程度じゃ話にならないのよ」
そう言って、カリンは、再び深々と溜息を吐く。
「まあ……、何というか……、お疲れさまでした」
聖女が、何とも言えない表情で、カリンに労いの言葉を掛ける。
カリンは疲れ果てたような表情だった。
「もう、今日は飲む事にするわ」
「そうですね。飲みましょうか」
そう言って、聖女とカリンが頷きあう。
その言葉に慌てたのは男共だった。
「この間、飲んだばっかりじゃないですか!」
「そうだ! 飲みすぎは良くないぞ!」
モーブと賢者が声を上げる。
かなりの慌てようだった。
そして、勇者は無言で影と一体化を始めている。そのままフェードアウトするつもりの様だ。
「週一くらいで飲ませなさいよ」
「面倒な仕事をやらされてるんだから、それくらい構わないでしょう」
カリンと聖女の言葉に、モーブと賢者が顔を引きつらせる。
「「いやいやいやいや!」」
必死の抵抗である。
無理もない、この面子で飲み会なんぞ始まったら、前回の様な地獄を見る事が明らかだった。
聖女とカリンが、男共ににじり寄る。
賢者とモーブが、満面に冷や汗を浮かべて後退った。
一触即発の雰囲気だった。
妙な緊張感がただよう。
そして、暫しの後、勇者が影と完全に一体化した頃、戦いの火蓋が切って落とされた。
「「ディーフェンス! ディーフェンス!」」
賢者とモーブが声を揃えて酒樽を守っていた。
人知を超えたアルコールの化け物達が、そのディフェンスを崩さんと苛烈に攻め立てる。
「気張れ! モーブ!」
「分かってます! ここを居酒屋にする訳にはいきません!」
「追放された先で飲食店を経営というのは、グランドを押さえていそうではあるがな!」
「トレンドです! 後、そんな事、言ってる場合ですか! 飲食店を経営しても、お酒を置いたら、あの二人に一瞬で潰されますよ!」
酒樽を傷つけない様にしながらも、かなり殺意高めの攻撃がモーブと賢者を襲う。
容赦というものが一切感じられない。
完全に叩きのめしに来ていた。
「カリンさん!」
「任せて!」
カリンによる無数の魔術攻撃がモーブを襲う。
モーブが魔術障壁を展開し、カリンの魔術を防いだ。
だが、無数の魔術に紛れ、カリン自身が突進し、モーブの魔術障壁に拳を叩きつける。
魔術障壁が砕け散る。
「もらったぁっ!」
カリンの背後から突進していた聖女が、モーブに向かって飛び蹴りを放つ。
「させるか!」
賢者が聖女を迎え撃った。
聖女の蹴りを喰らいながらも、賢者が、その進攻を止めて見せる。
「千寿さんは⁉」
モーブが叫ぶ。
飲み会を防ぎたいのは勇者も同じはずだった。
だが、何処にも勇者の姿は見えない。
「駄目だ! 風と一体化する術を身に着けて、風と共に去っていった!」
勇者、華麗なる逃亡である。
勇者の逃亡スキルが充実しつつあった。
「このままじゃ押し切られますよ!」
「……覚悟を決めるしかない!」
そう言うなり、賢者が明後日の方向へと走り出す。
「食材の調達は任せろ!」
賢者、まさかの敵前逃亡である。
戦友モーブを置き捨てての全力疾走だった。
「逃げないでください! ……俺は、千寿さんを探してきます!」
一瞬、反応が遅れたものの、モーブも、また、走り出す。
取り残されてなるものかという必死の形相だった。
そんな二人をしり目に、聖女とカリンが酒樽の蓋を勢いよく叩き割る。
酒の飛沫が宙を舞い、小さな虹を作り出した。
勝鬨の声が上がる。
それは、第二回・地獄の飲み会、開催の合図だった。
その声を背後に、賢者とモーブは必死で走る。
捕まったら終わり。
そんな思いが伝わってきそうな走りっぷりだった。
逃げ出した二人には目もくれず、聖女とカリンが、ジョッキ一杯の酒を呷る。
そして、一息に飲み干した瞬間、聖女とカリンの目つきが変わる。
獲物に狙いを定める様な目だった。
走り出す。
獲物を追う猟犬の様に。
給仕を求めて。
そして、料理役を求めて。
哀れな獲物達は逃げ惑う。
木々の中を、茂みの中を、果ては空の上さえも逃げ惑った。
だが、所詮は獲物に過ぎない。
研ぎ澄まされた猟犬から逃げられる訳もなかった。
二人は程なくして捕まった。
連行される二人の目は死んでいた。
そして、彼らの夜が始まる。
長い長い夜が……。
ちなみに、勇者は、一度見つかりかけたが、大地と一体化する術を身に着けて見事にやり過ごした。
そして、地獄を見ているであろう二人に対して軽く祈りを捧げ、久しぶりの一人きりの夜を堪能していた。
どうにか年内に間に合いました。




