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第五話 スローライフとアルコール



「勇者千寿よ! スローライフに興味は無いか⁉」

「ねぇよ」


 テンションの高い賢者に対して、心底面倒臭そうに勇者が答える。


「どうせ、今は、スローライフ物がブレッドとか言うつもりなんだろ?」

「惜しいな! ブレッドではなく、ブラッドが正解だ!」

「トレンドの原型が(ほとん)ど無いだろ……」


 勇者が深々と溜息を吐く。

 そして、半眼で賢者に質問する。


「それで、何で、スローライフなんて言い出したんだ?」


 勇者の問いに、賢者は笑顔で頷いて見せ、そして答える。


「開拓団が、この町を出発するらしい」


 だから何だというのか?

 魔王討伐の途中だというのに、開拓団に参加しようとでもいうのだろうか?


「開拓団~?」


 呆れ果てた様な声を勇者が放つ。


「開拓団って、あれだろ? 未開拓の土地で、森を切り開いたり、土地を耕したりして村を作ったりするんだろ?」

「そうだ!」

「それのどこがスローライフなんだよ? この世界で開拓団なんて、殆どサバイバルだろ? スローライフの対極みたいな存在じゃねぇか」


 勇者の言う通りである。

 文明が発達した世界ならまだしも、ファンタジー世界で開拓団なんて、死と隣り合わせの生活になる。

 魔物に襲われて死亡。満足な住居を作れずに冬を迎えて凍死。用意した食料が尽きる前に収穫を得られずに餓死。慣れない土地で病が流行って全滅。

 軽く考えただけでも死亡フラグだらけだ。

 都市部で暮らすよりも、よっぽど時間や効率に重点を置いて生活する必要がある。

 ハッキリ言って、開拓にスローライフを求めるのはどうかと思う。


「田舎で暮らしていれば、ざっくりスローライフに分類される時代だ! 勢いで乗り切ろうと思う!」

「そんな時代来てねぇし、これからも来ねぇよ。勢いでどうにかしようとすんな」

「ならば、俺達で時代を作ろう!」

「ふざけんな」


 勇者が吐き捨てる様に言う。

 だが、案の定と言うべきか、賢者がめげる事はない。


「開拓団に参加して、スローライフ物の要素を入れれば、我々の旅は、人々の記憶に残る事間違いない!」

「何年、寄り道するつもりなんだよ……。参加しねぇよ」

「からのぉ~?」

「しつけぇ」


 勇者の拳が賢者の鳩尾(みぞおち)を抉る。

 だが、それでも、賢者が膝を折る事はない。


「……この程度の御褒美で、俺が意見を曲げると思うか?」


 御褒美と認識している限り無理なのは分かる。

 いい加減、勇者もアプローチを変えるべきなのかもしれない。


「何やってるの?」


 二人に声が掛かる。

 視線を向けてみれば、聖女が呆れた視線を賢者に送っていた。


「ディルが、開拓団に参加してスローライフを送るとか言い出した」

「……馬鹿なの?」


 勇者の返答に、聖女が賢者に向かって極めて率直な罵声を浴びせる。

 その言葉に衝撃を受けた様に、賢者の上体が揺らぐ。


此奴(こいつ)が馬鹿なのは初めからだろ」

「……そうでしたね。ディルは、馬鹿で変態、救いようが無いのが通常状態でした」


 二人の言葉に、ついに賢者が膝を折る。

 そして、(うめ)く様に言葉を発する。


「言葉による御褒美……⁉ 二人は、どこまで俺を喜ばせるんだ!」


 喜ばせるつもりは一切ないはずである。

 その証拠とでもいう様に、勇者と聖女の視線は、どこまでも冷たかった。


「視線でまで御褒美を……⁉ 流石だ……!」


 何が流石だというのか。

 どちらかというと、お前が流石の変態という感じである。

 完全に処置のしようがない変態の姿がそこにあった。


「変態は置いておいて、そっちの要件は終わったのか?」

「はい。開拓団に祝福の儀式を()り行ってきました」

「祝福ねぇ……。効果あるのか?」

「気休めですよ。多少、病気になり難くなるくらいです」


 そう言って、聖女が微笑む。

 聖女の言葉に、勇者は軽く考える様に視線を彷徨(さまよ)わせる。

 そして、小さく息を吐いて、考えを口にした。


「まあ、気休めは大事か」

「はい。気の持ちようで良い方に転がる事もありますから」

「そうだな! 俺も、気の持ちようで、御褒美を御褒美と認識して快楽を得ているからな!」


 突然、会話に入ってきた賢者が、相変わらずの変態発言をぶちかます。

 此奴は、口でも縫い合わせておいた方が良いと思う。


「………………」

「………………」


 勇者と聖女は無言である。

 既に、賢者に構うつもりすら無い様だった。

 勇者が、足元に置いていた荷物を背負う。

 聖女も、背負っていた荷物を、位置を直すように背負い直した。


「……出発するか」

「そうですね」


 二人は、賢者を確認する事すらせずに歩き出す。

 賢者も荷物を背負い、後に続いた。


「開拓団が駄目なら、農村で畑を耕しながらのスローライフはどうだ?」

「………………」


 賢者に答える事はせずに、勇者は歩き続ける。

 そして、良く晴れた空の下、勇者は小さく呟く。


「スローライフねぇ……。憧れが無い訳じゃないけどな……」


 その呟きは、賢者の耳に届く事は無い。

 黙る事なく、スローライフ案を語り続ける賢者の声に搔き消され、ただ、勇者の耳にだけ聞こえていた。

 そして、勇者は、つい漏れた自らの呟きに、自嘲する様に小さく溜息を一つ吐いた。






「やってらんないのよ!」

「はいはい。大変ですね」


 山の中だった。

 山の中に置かれた炬燵(こたつ)に足を突っ込んだカリンが騒いでいた。

 その横では、モーブが適当に相槌(あいづち)を打っている。


「……何やってんだ?」


 半眼で勇者が訊ねる。

 その声には、隠すつもりのない呆れが込められていた。

 まあ、山の中で炬燵に入った魔王軍に出会えば、こういう反応にもなるだろう。


「いや……。カリンさんの愚痴(ぐち)を聞いてたんですよ」

「愚痴?」

「ええ。カリンさんは、魔王軍で最強の女性ですから、三馬鹿から妙なアプローチがあるんですよ」

「……三馬鹿?」

「魔王フソンと四天王のノーキンとオーゴリです」


 仮にも上司と同僚を三馬鹿という言葉で一(くく)りにするのは如何なものだろう。

 まあ、ありがちな陰口と言えばその通りなのだが。


「アプローチって言うと……。求婚でもされてんのか?」

「求婚って言うよりセクハラよ!」


 怒鳴り声を上げて、カリンが炬燵の天板に拳を叩きつける。

 カリンの怒りの大きさを表すように、天板から派手な音が響いた。


「まあまあ。お酒も用意しましたから、今日は、飲んで忘れましょう」


 そう言って、モーブがカリンの前にグラスを置く。

 そして、どこからともなく取り出される芋焼酎。

 酒のチョイスが大分オッサン臭い。


「……そういえば、何で、ここに居たんだ?」

「いやぁ……。千寿さん達の移動経路を予想すると、この辺で騒いでいれば会えると思いまして」


 グラスに芋焼酎を注ぎながらモーブが答える。

 モーブの返答に勇者が首を傾げる。


「俺達に用があるのか?」

「……正直、セクハラ絡みの愚痴を男一人で聞くのはきついんです」


 モーブの言葉に勇者が半眼になる。


「俺達を巻き込むつもりだったと?」

「ぶっちゃけそうです」


 モーブが臆面もなく肯定する。

 この男は、頼る相手を間違えているとしか思えない。

 勇者達は、名目上、モーブの敵のはずである。


「まあ、この辺りで野営するつもりだったからいいけどよ……」


 そう言って、勇者が荷物を下ろす。

 よく見れば、最低限、草は刈られ、焚火も起こされている。

 ここで野営しろと言わんばかりだった。

 明らかにモーブの仕業だ。あまりにも用意周到すぎる。


「一応言っておくが、俺もセクハラ絡みの愚痴の相手なんてできないぞ?」

「話を聞くだけで大丈夫ですよ。……俺は、つまみでも作ってきますんで」


 そう言って、モーブが料理に向かう。

 よく見れば、焚火の傍に簡易的な調理場まで用意されていた。

 そして、手際よく、モーブは料理を始める。


「……もしかして、逃げやがったか?」


 勇者が呟く。

 もしかしなくとも、完全にカリンの愚痴からの逃亡である。

 あまりにもさり気ない逃亡だった。


「どうすっかなぁ……」


 乱暴に自らの頭を()きながら、勇者がカリンに視線を向ける。

 完全に()わった目で芋焼酎を(たしな)むカリンの姿がそこにはあった。


「ここは、私に任せていただけませんか?」


 聖女が勇者に声を掛ける。

 根拠は不明だが、その目には自信の光が宿っていた。


「大丈夫なのか?」

「問題ありません。……人々の悩みを聞くのも聖女の仕事ですから」


 そう言って、聖女がカリンの対面に座る。

 二人とも無言だった。だが、そこには妙な緊張感が張り詰めている。

 それは、勇者をして、思わず息を飲むほどの緊張感だった。

 まるで理由の分からぬ緊張に、勇者は声を出す事が出来ずにいる。

 暫し、静寂が場を支配した。

 そして、その沈黙を破ったのは賢者だった。


「……勇者千寿よ」

「……なんだ?」

「止めた方が良いと思うぞ」

「……なんでだ? 同じ女性の方が共感できる部分もあると思うぞ」

「いや……、リリーは神殿で結構なセクハラ被害にあっていたんだ」

「……つまり?」

「愚痴が二倍になる可能性が高い」


 賢者の言葉に勇者が慌てて視線を聖女達に向ける。

 だが、既に遅く、聖女がグラスに満たされた芋焼酎を呷る瞬間だった。


「神殿の脂ギッシュセクハラオヤジ共が! 神殿は婚活場所じゃないってのよ! 神の下に送ってやろうか!」


 普段からは想像できない様な口調で聖女が叫ぶ。

 しかも、言っている事がかなり物騒だった。

 無理に聖職者っぽい言い方をしているだけで、シンプルに『殺す』と言っているのと変わらない。

 勇者が思わずといった風に後退る。

 賢者は、いつの間にかモーブの下で調理助手を始めていた。

 此奴の逃げ足も中々のものである。


「リリーさん……」


 カリンが聖女のグラスに芋焼酎を注ぐ。

 カリンの酌を受けた聖女は、芋焼酎の瓶をカリンから受け取り、無言でカリンのグラスへと注ぐ。

 そして二人は、硝子(がらす)のぶつかりあう()んだ音と共にグラスを交わし、一気にグラスを傾けた。


 そう、それは、セクハラ被害者の会、愚痴り飲み会開催の合図だった。


「な~にが、『俺の子を産ませてやる』よ! 誰が、お前の子供なんか産むもんですか!」

「うわっ! キッショ! 魔王軍って、そんなに直球で気持ち悪いのが居るの⁉」

「魔王のクズ野郎も、四天王最強(笑)の二人も、言い方は違うけど、大体、そんな感じよ!」

「幹部が揃って気持ち悪いじゃない!」

「そうなのよ! 神殿はどうなの?」

「聖女を(めと)って還俗(げんぞく)したい貴族出身連中が集ってくるのよ! 婚約者が居るっつーの!」

「最悪! 普通、婚約者持ちに言い寄る⁉」

「しかも、貴族出身だからか、上から目線で口説いてくるのよ! 何様のつもりなのよ!」


 二人の愚痴が止まらない。

 二人揃って、この場に居ない人物達に罵声を浴びせかけている。

 その様に、流石の勇者も恐れ戦いた風だった。

 そんな勇者に声が掛かる。


「千寿さん。追加のお酒、持って行ってください」


 そう言ったモーブの横には、何処から取り出したのか、酒瓶が山と積まれていた。

 その酒の量に、勇者が目に見えて引く。


「こんなにいらねぇだろ……」


 どう考えても致死量だった。

 人が一度に飲んで良い酒の量ではない。

 だが、モーブと賢者が力なく笑う。

 どこか諦めた様な表情だった。


「……もしかして、飲むのか?」


 モーブと賢者が揃って頷く。


「嘘だろ……」


 信じられないとばかりに呟く勇者。

 本当なのだとしたら酒豪というレベルではなかった。


「カリンさんはねぇ……」

「リリーはなぁ……」


 モーブと賢者が何処か遠くを見つめながら呟く。

 そして、続けた言葉が重なる。


「「ザルじゃなくて(わく)」」


 その言葉に、勇者の顔が引きつる。


「枠って……、確か、ザル以上の酒飲みの事だよな?」

「ええ。カリンさん、ストレスが溜まると、際限なく飲み続けるんですよ」

「リリーもだ。あの状態になったら、俺も何時もみたいにふざけられない」


 どうやら、賢者は、普段、ふざけている自覚はあったようである。

 賢者の場合、もう少し、真面目に人生を送っても良いと思う。


「じゃあ……、どうすんだよ?」


 勇者の問いに、モーブが酒瓶の山を指し示す。


「お酒を切らしたら駄目です」

「つまみもな」


 そういう妖怪でも相手にしているかのような言いぐさである。

 酒とつまみを切らしたらどうなるのか疑問だが、あの賢者をして悪ふざけをしていない事から、恐ろしい事になる事だけは良く分かった。


「勇者千寿よ」

「……なんだ?」

「俺も、カリン嬢の事は分からないんだ……」

「俺は、リリーさんの事が分かりませんね……」

「……何が言いたい?」


 何時になく真剣な表情の賢者とモーブが勇者に酒瓶を突き出す。


「共感できる相手が居る事によって、被害が縮小するかもしれん」

「そして、愚痴が愚痴をよんで、逆に被害が拡大するかもしれません」


 その言葉に、勇者は顔を引きつらせ、酒瓶を受け取る。

 そして、勇者は、無言で酒瓶の輸送を開始した。


「そういえば、ディルが、スローライフに興味は無いか? とか、言っててさ!」

「スロ~ライフ~?」

「今はスローライフ物がトレンドらしいわよ!」

「興味あるに決まってるじゃない!」

「そうよね! 送れるなら、とっくにスローライフを送ってるっての!」


 言いながら、聖女とカリンが勇者から酒瓶を受け取る。

 一升はあった芋焼酎が、既に空になっていた。

 常人だったら、潰れるのに十分な飲酒量である。


「いっそ、この辺りに家でも建てて、スローライフを送っちゃう⁉」

「それより、魔王の奴を殴り倒して、魔王城跡地に家でも建ててやったらどう⁉」

「良いわね! 畑も作って、魔王達を下働きさせたら楽しくない⁉」


 楽しくない。やめてくれ。

 お前達なら本当に出来てしまうのだから洒落になっていない。


「つまみが出来ました! 千寿さん! 運んでください!」


 そう叫んで、モーブが唐揚げの乗った皿を突き出す。


「こっちの枝豆も茹で上がるところだ! 出来次第運んでくれ!」


 賢者も叫ぶ。

 勇者は一言も発さずに、つまみと酒を運ぶ。

 言葉を発しないのは、場の空気に溶け込む為だろう。可能な限り関わりたくないという意思が読み取れた。


「千寿さん! 適当に()まみ食いしてください! 食べないと体力が持たないと思います!」


 モーブが指示を出す。

 この言い方から、長期戦になるのだろう。

 最早、戦場の様な(あわ)ただしさだった。

 補給される酒。

 瞬く間に無くなる酒。

 並べられるつまみ。

 いつの間にか皿だけになった料理。

 終わりが見えなかった。

 聖女とカリンは酒とつまみを際限なく消費していく。

 まるでブラックホールに吸い込まれているかの様だった。


「くっ! お酒の消費が激しい……!」


 モーブが呻くように呟く。

 既に、一人当たり一斗と言わずに消費していた。

 もう、ザルとか枠とかの次元ではない。

 完全に人知を超えたアルコールの化け物である。


「こんな時の為にマジックバッグに入れていた酒樽を出す!」


 そう叫んで、賢者は人が入りそうな程の大きさの酒樽をマジックバッグから取り出す。

 どう考えても二人で飲み切れる量ではない。だが、あの二人ならば、あるいは、とも考えられた。


「何時まで飲むんだよ……」


 勇者が呟く。

 既に日は沈み、月明かりが勇者達を照らしていた。


「ディル! スローライフをやりたいんでしょ? ちょっと家でも建ててよ!」


 聖女から、賢者に対して無茶ぶりが飛ぶ。


「モーブ! 私達もスローライフを送ろうよぉ!」


 多少は酒が回ったのか、カリンがモーブに絡み始める。

 賢者とモーブが顔を引きつらせる。

 賢者に絡む聖女。モーブに絡むカリン。

 賢者とモーブが走り回る。

 料理をし、一発芸を行い、酌をした。

 そんな中、勇者は黙々と料理を運び続ける。

 宴は終わらない。

 終わってくれない。

 終わる兆しがまるで見えなかった。

 そして、夜が更け切った頃、勇者は影と一体化する(すべ)を身に着け、賢者とモーブは一発芸『鯉の滝登り』を身に着けた。



 翌朝、男達は倒れていた。

 モーブは調理台にもたれ掛かる様に。

 勇者は影に溶け込む様に。

 そして、賢者は聖女に建てさせられたログハウスの前で倒れていた。

 そんな状況の中、まるで何も無かったかのように、聖女とカリンはログハウス内で優雅に朝食をとっていた。


ネタ切れ気味ですw

更新間隔が空き気味になると思います。

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