第二話 四天王最弱は設定が過積載
「アベッ! アベッ! アベアベアベッ!」
筋骨隆々とした男が、おかしな声を上げている。
それもそのはずである。
筋骨隆々の男は、勇者に胸倉を掴まれ、終わる事の無いビンタを喰らい続けていた。
「テメェ! 昼飯を台無しにしやがって! 二三発殴らせろ!」
勇者が怒鳴るが、既に殴っている。
これ以上、何を殴ろうというか教えてほしいところだ。
「モーブ……、カリン……、手を貸せ……」
勇者の足元から消え入るような声が聞こえた。
視線を向けてみれば、現在、無限ビンタ地獄に嵌っている男とは対照的な、細身で不健康そうな男が転がっていた。
「すみません。同僚に『勇者を始末するところを、指を咥えて見ているがいい』と指示されているので無理です」
モーブが答える。
だが、どう考えても、指を咥えて云々の下りを言ったのは、現在助けを求めている人物だ。
薄情にも程がある。
「今更、助けを求めるなんて情けない真似してないで、自力でどうにかしなさいよ」
龍の角を頭に生やした少女が呆れた様に言う。
話の流れからして、この少女が四天王カリンなのだろう。
「テメェ等、四天王なんだろ! 二人がかりで情けねぇんだよ!」
勇者が、足元の男を一踏みして意識を刈り取り、胸倉を掴んでいる男にボディーブローを打ち込む。
それで、筋骨隆々とした男も白目を剥いて失神した。
「ったく! 四天王最強が聞いて呆れるぜ!」
そう言って、勇者が手元の男を投げ捨てる。
あっさりと終わったが、四天王戦である。
昼飯を台無しにされて始まるものでも、勇者単独で終わらせるものでもない。
ちなみに、筋骨隆々とした方がノーキン、細身の方がオーゴリらしい。
「じゃあ、昼ご飯の準備をしてきますね」
そう言って、モーブが食材を取り出す。
一応だが、コイツも四天王である。勇者の昼飯を用意する意味が分からない。
「カリンさんも食べますよね?」
「……じゃあ、いただくわ」
エプロンを装着したモーブに呆れた視線を送りつつ、カリンが答える。
その言葉を聞いて、モーブが笑顔で食材を刻み始める。
そんな中だった。
「帰ってきたぞ!」
その声と共に、賢者が姿を現した。
賢者の後ろには聖女もいる。
「四天王の角を拾ってきたぞ!」
そう言って、賢者が牛の角に見える物を見せてくる。
聖女の手には山羊のものに見える角が握られていた。
「魔族の角は、魔力が宿っていて良い素材になるぞ!」
賢者は嬉しそうだ。
聖女は興味が無いのか、角を適当な場所に放り出している。
「四天王最強を自称しているくせに、勇者の一撃で、あっさり角が折れ飛んで行った時は流石に笑えたな!」
確かに笑える。
しかも、二人分という事を考えると、都合四度にわたって角が折れ飛んで行った事になる。
勇者も狙ってやったとしか思えない。
「俺、先端恐怖症なんだよ」
勇者がそう言うが、可哀そうとかは思わなかったのであろうか?
気絶している二人は、角が生えていた部分が見事に禿の様になっている。
流石に少し可哀そうだった。
「尖った物見てると苛々するんだよ」
だからと言って素直に攻撃性に繋げ過ぎである。
しかも、実際に破壊できるだけの力があるから質が悪い。
「昼ご飯、牛肉と山羊肉なんですけど、大丈夫ですか?」
モーブが皆に聞く。
コイツはコイツで、このタイミングで、その食材チョイスは悪意があるとしか思えない。
「大丈夫だ」
「同じく」
「大丈夫です」
「……悪意に満ち溢れ過ぎじゃない?」
勇者パーティーは特に気にせず、カリンだけがツッコミを入れる。
と、言うか、カリンは若干引いていた。
「で、どうする?」
「……何が?」
勇者の問いかけに、カリンが聞き返す。
確かに、勇者の言葉だけだと何の事だか分からなかった。
「お前達も戦っていくか?」
「……正直、興味ないのよね」
「まあ、そうだろうな」
「モーブはどうするの?」
カリンの言葉にモーブが振り返る。
牛肉と山羊肉をミンチにしているのが見て取れた。
意外と闇が深そうな男である。
「そうですね……。今回は五人ですから、麻雀は無理ですし……、どうしましょう?」
勇者と魔王軍の戦いなのに、何故、ナチュラルに麻雀が候補に挙がるのか?
少なくとも、真面目に戦うつもりがない事だけは良く分かった。
「とりあえず、昼ご飯食べてから考えませんか?」
「……そうだな。そうするか」
モーブの提案に勇者が頷く。
その返答を聞いて、皆が、思い思いの場所に腰を下ろす。
こうして、勇者パーティーと魔王軍四天王(二名気絶)の昼食会が始まった。
「上がりよ」
そう言って、カリンが手札を投げる。
「これで、勇者チーム、四天王チーム共に二勝ですね」
ババ抜きである。
七並べ、ポーカー、ブラックジャックと来て、最終的にババ抜きをしていた。
「とりあえず、こっちの二勝分で、あの二人を拾って帰るので、勇者さん達も要求があったら言ってください。二勝分は従いますので」
モーブが、そう言って、目を覚ましそうだったオーゴリとノーキンを踏みつけて意識を刈り取る。
中々、容赦のない男である。
「要求って言われてもな……」
「特にないですよね?」
勇者と聖女が顔を見合わせる。
敵の四天王が要求に従うと言っているのである。
要求が無いって事は無いはずなので、良く考えてほしいものだ。
だが、困った様な表情の勇者と聖女とは対照的に、賢者は目を爛々と輝かせている。
「質問ターイム!」
賢者が声を上げる。
情報を引き出そうというつもりなら良いが、絶対に違うと分かる。
学生のノリの様な質問の気がしてならなかった。
「初恋は?」
「修学旅行の夜かよ……」
賢者の心底どうでも良い質問に、勇者が呆れた声を出す。
ハッキリ言って、四天王に聞いてみる事ではない。
「俺は、幼馴染の女の子ですかね。再会したら、手の届かない高嶺の花になってましたけど」
モーブが答える。
答える必要があるのかは正直疑問だったが、特に気にした様子もなく答えていた。
そんな様子のモーブに渋い表情を向けつつ、カリンが口を開く。
「……私も幼馴染の男の子よ」
心底、嫌そうな声音である。
どう考えても、勇者達と話す様な内容ではないのだから仕方ないだろう。
「詳細を希望する!」
賢者が声を上げる。
こんな話を深堀して、どうしようというのだろうか。
「ん~、そうですね……。すぐ泣くのに、妙にお姉ちゃんぶりたがる子でしたね」
「……私の方は、気弱そうなのに、妙に物怖じしない子だったわ。銀髪で、金色の瞳がキラキラしてて、女の子みたいに可愛かったわ」
カリンが、どこか遠くを見る様な目で答える。
色褪せない思い出というやつなのだろう。
「なるほど! 二つ目の質問良いか⁉」
「いや……、まあ、好きにしろよ」
「私達は、特に要求は無いですからね……」
テンションの高い賢者に、勇者と聖女が呆れた様な声だ。
質問の矛先を向けられているモーブは特に変化はなく、カリンは渋面である。
「モーブは偽名か? 偽名なら本名は?」
「あ~、それですか……。まあ、この面子なら言っちゃっても良いかな?」
この反応からして、偽名なのは間違いないらしい。
四天王の中でも、名前のいい加減さではトップを争うので、ちょっと安心した。
後、この面子ならと言っているが、過半数はお前の敵である。
「本名はアンランです。俺、人間との混血なんですけど、昔、純血の一族と揉めて、適当に名前変えたんですよね」
さらっと言う内容ではない。
名前を変えて逃げなければならない様な事態は結構深刻である。
「……アンタなら、一人で全滅させられるんじゃないの?」
カリンが半眼で訊ねる。
仮にも四天王に抜擢されるだけの実力があるなら、恐れ過ぎという気もする。
「いや、結構有力な一族で、殴り倒すと他の勢力も敵に回すんで、やり始めると、最終的に俺が魔王にならないといけないんで」
「……できないとは言わないのね?」
カリンの追及に、モーブが軽く笑って誤魔化す。
底の知れない男である。
「なるほど、なるほど! 良い感じに設定が多いじゃないか!」
設定が多いとかいうな。
余りにもメタい発言である。
「最近は、良さげな設定を多く盛り込んだキャラも多い!」
「キャラとかいうな」
「設定過多な程だ!」
「逆に、設定が碌に無いキャラも多いがな」
「さらに、後から後から設定が盛られて行く!」
「まあ、ありがちかな?」
「おそらく、それが今のフレンド!」
「何と友達になるつもりなのよ……。トレンドでしょ」
「そう、それだ!」
「設定過多は、トレンドじゃなくて、ありがちな失敗談じゃねぇか?」
相変わらずの調子で勇者一行が会話する。
モーブは特に反応していないが、カリンは心底呆れた表情を浮かべていた。
「他にないか? 良い感じに設定を盛っていこう!」
設定を盛ろうとするんじゃない。
後、二勝分だから、お前の質問タイムは終わったはずである。
「まあ……、答えるのは良いですけど、そんなに無いですよ?」
「そんな事は無い! 実は変身できるのを知っているぞ!」
ボスキャラが変身……、ありがちな設定ではある。
「それ言ったら、魔王も変身できますよ」
「一回だけだろ? しかも、大した事が無い変身なのは偵察で見抜いている!」
賢者も賢者で、意外と抜け目がない。
敵の戦力分析を行っている事を考えると、最低限以上の働きはしている様だ。
「まあ……、邪神からの加護さえなければ、変身されても、俺とカリンさんなら殴り倒せますね」
「邪神の加護……? ああ、聖剣じゃないと倒せないとかいう話あったな」
勇者が、思い出した様に呟く。
割と重要そうな情報なので、きちんと覚えていてほしいものである。
「君達が複数回変身できるのは分かっている! 実際、何回変身できるか教えてくれ!」
「俺は五回です」
賢者の質問にモーブがアッサリと答える。
そして、五回という回数。いくら何でも盛りすぎな変身回数である。
フ〇ーザ様でも三回だったのだ。多けりゃ良いってものじゃない。
「やはり、変身すると強くなるんだな⁉」
「そりゃあ、まあ、強くはなりますよ。けど、どっちかって言うと、さっき言った、揉めた連中に気づかれない為に今の姿になってるんですよ」
実力を隠す為や、力を抑える為といった理由でなく、かなり後ろ向きな理由で真の姿を隠しているようである。
「私は三回よ」
カリンが答える。
こちらはフ〇ーザ様と同じ回数である。
魔王よりラスボスらしい設定の二人である。
「一応、確認するが、あっちの二人は?」
そう言って、賢者が気絶しているオーゴリとノーキンを指さす。
「何時でも全開フルパワーですね」
「最低限、探りは入れたけど、特に変身とかはしないみたいよ」
底が浅い様で何よりである。
これ以上、面倒な設定を盛り込んだキャラは御免こうむりたい。
「話をまとめると、モーブは、四天王最弱と言われているが、実際は魔王軍最強。五回の変身能力を持っていて、過去のトラブルから名前を変えて生きているという訳だな?」
「まあ、そうですね」
こうしてみると、二話目にして、やたらと設定を盛り込んだキャラが出たものである。
設定が多けりゃ良いってものでもないので、この辺にしていただきたい。
「今はこの辺で良いだろう。追々、設定は追加していこう」
追加していこうとするんじゃない。
どうせ、死んだ設定になるに決まっているのだから、設定はアッサリしていて丁度良いくらいだ。
「カリン嬢も良い感じだからな! そちらも設定は盛っていこう!」
止めろと言っている。
設定が多くても、私が使いこなせないから、設定を作る意味がない。
そもそも、こんな場末のコメディー作品で、設定に凝っても需要は無いぞ。
「まあ、今日の所は帰りますね」
「ああ! 充実した時間だった!」
帰り支度を始めるモーブに、賢者が大きく頷いて見せる。
一通り荷物をまとめた後、モーブがオーゴリとノーキンのもとに向かう。
「じゃあ、これ、持ち帰りますので」
モーブは、そう言って、オーゴリとノーキンを手早く縛り上げる。
二人を海老反りの態勢に固定し、足と首に縄を渡して持ち運びしやすくしている。
容赦というものがまるでなかった。
完全に荷物扱いである。
「……もう少し、手加減してあげたら?」
若干、引いた様子でカリンが声を掛ける。
例え嫌いな相手だったとしても、もう少し手心というものを覚えるべきだ。
あまりに憐れすぎる姿だった。
「じゃあ、ゴミ袋に入れて帰りますか」
そう言って、モーブが、かなり大きめのゴミ袋を取り出す。
今度はゴミ扱いだ。
この男には人の心というものが無い様である。
「いや……、まあ、良いか」
全てを諦めた様な瞳でカリンが呟く。
止める者がいなくなった事もあり、モーブは、縛り上げられたままのオーゴリとノーキンを袋にぶち込んだ。
結局、縛り上げたままなら、袋に放り込む意味が無いと思う。
「じゃあ、また会いましょう」
「ああ。追加設定を考えてきてくれ!」
そう言った賢者に軽く苦笑して、モーブが袋詰めされた四天王二人をぶら下げ、空に飛び上がる。
カリンも溜息を一つ吐いて飛び上がる。
そして、軽く会釈した後、二人は飛び去って行く。
「予想以上に弱かったな」
勇者が呟く。
それに、聖女が苦笑を浮かべる。
「ええ。モーブさんとカリンさんと比べると、他の二人は少々弱すぎましたね」
一応言っておくが、他が強すぎるだけで、あの二人も十分に強力な魔族のはずである。
そう言った意味では、モーブとカリンを四天王として抜擢した魔王は、能力を見る目は確かだと言えるだろう。
「良いじゃないか! 四天王最強を名乗っていた者が、実は強かった四天王最弱に歯牙にもかけられていない! 実にタレントを押さえている!」
「トレンド」
「そう! それ!」
相変わらずの賢者に、勇者が溜息を吐く。
そして、心底面倒臭そうな表情で空を見上げる。
「魔王も大した事なさそうだし、とっとと殴り倒しに行っちゃいけないのかね?」
誰にともなく発せられた勇者の言葉。
その言葉は、誰にも聞かれる事無く、風に乗って消えていったのだった。
ちなみに、その日の夜、魔王城では、モーブがオーゴリとノーキンを適当に放置して、割とシャレにならない騒ぎを引き起こしていた。




