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最終話 勇者パーティーの賢者は、今日もトレンドを追いかけます。



「美女か、美少女か、美幼女になって出直して来い!」


 その怒声と共に放たれた賢者のボディーブローが、魔王の腹部に突き刺さる。

 あまりの強打に、魔王は胃液を()き散らしながら後退する。

 そんな魔王を指差し、賢者は続けて叫ぶ。


「今時、ラスボスがオッサン魔王なんて流行らないんだよ!」


 何を言っているのか。

 確かに魔王はオッサンだ。

 美女でも、美少女でも、美幼女でもない。

 だが、最近は、そのあたりに対して厳しい世の中なので、あまり言及するのは控えていただきたい。


「訳の分からぬ事を……」


 魔王が(うめ)く様に言う。

 本当に訳が分からない。

 魔王と対面して言う事では絶対にない。


「最近は、最終的に魔王がヒロインの一人になるのが流行りなんだよ!」


 賢者は、何処の界隈(かいわい)の話をしているのであろうか?

 極めて狭い界隈の話をしているとしか思えなかった。


「アイツは、故郷に恋人がいるっていう俺の話を何時になったら理解するんだ……?」


 勇者が呆れた様に呟く。

 その横では、聖女が深々と溜息を吐いていた。


「カリンとモーブは裏切ったか……」


 魔王が吐き捨てる様に言う。

 魔王の言う通り、カリンは勇者と聖女側に立っており、モーブにいたってはノーキンとオーゴリを殴り倒している。

 これで裏切っていないは通用しない状況だった。

 だが、カリンもモーブも魔王の言葉に動じる事は無い。

 軽く溜息など吐いている。


「人聞きが悪い」

「貴方が気づいてなかっただけで、とっくに関係は切れてたんですよ」


 カリンとモーブが口々に言う。

 どこか憐みを含んだ声音だった。


「……どういう事だ?」


 そう言った魔王に、カリンが呆れた口調で答える。


「私とモーブは、元々魔族の領土だった土地の奪還には賛成したけど、人間側への進攻に関しては拒否したの覚えてないの?」


 ノーキンとオーゴリを殴る手を止めて、モーブが言葉を続ける。


「その時、進攻を強行するなら離脱すると言ったはずです」

「………………」


 モーブの言葉に魔王が沈黙する。

 その反応から、カリン達のいう事は事実なのだろう。

 ただ、魔王が重く受け止めていなかっただけの様だ。


「どうせ、最終的に従わざるを得ないと高を(くく)っていたんでしょ?」

「馬鹿にしてますよねぇ」


 そう言って、モーブが再びノーキンとオーゴリを殴り始める。


「ちょ! ちょっと待て!」

「な、何故、モーブがこんなに強いのです⁉」


 ノーキンとオーゴリが声を上げる。

 殴られながらも、現状を理解できないとばかりの疑問に(あふ)れた声だった。


「前にもボコボコにしてあげたでしょう?」

「あの時は、勝負にはなっていた!」

「こんな、一方的ではなかったはず!」


 モーブの言葉に、ノーキンとオーゴリが叫ぶ。

 そんな二人の胸倉を掴み上げ、モーブが心底呆れた様に溜息を吐く。


「俺の事、混血だって馬鹿にしてたじゃないですか?」

「そ、それが……」

「どうしたというのです……?」


 二人の言葉に、モーブは半眼となる。

 完全に馬鹿にしきった目だった。


「俺が自分達より強いと知ったら、配下の数に頼んで嫌がらせをしたでしょう?」

「………………」

「………………」


 モーブの言葉に二人は無言だった。

 その無言こそ、モーブの言葉が正しいのだと教えている。


「俺達が韜晦(とうかい)しているって、魔王以外気づいてなかったのは笑えましたけどね」


 モーブの言葉に、ノーキンとオーゴリは不思議そうな表情を浮かべる。

 そして、ノーキンが口を開く。


「韜晦って、なんだ……?」


 言葉の意味を知らなかったらしい。

 そんなノーキンに、オーゴリが(ささや)く様な声で言う。


「才能や地位を隠す事だ! 今回の場合、真の力を隠していたという事だ!」


 オーゴリの説明に、ノーキンが一人で納得した様に頷く。

 確かに難しい言葉なので、普通の人は知らなくても仕方ないと思うが、ノーキンは魔族の最高幹部の一人である。流石に知っておけという話だった。

 そんなノーキンを横目に、オーゴリがモーブに問う。


「俺『達』というのはどういう事ですか?」


 オーゴリが引っかかったのは、その部分だった様だ。

 答えの予想はついているのだろうが、それでも納得できていない様な表情だった。

 そんなオーゴリに軽く視線を向け、モーブが答える。


「カリンさんも、貴方達をまとめて相手にして一蹴できる位に強いという事です」


 モーブの言葉に、オーゴリは苦虫でも噛み潰した様に顔を歪め、ノーキンは素直に驚いた顔をする。


「一応、言っておきますけど、俺とカリンさんの部下には、貴方達位の実力の者なら十人以上いますよ」


 モーブのその言葉に、ノーキンとオーゴリが戦意を喪失した様に脱力する。

 本当に一応言ったといった風なモーブの声音に、それがハッタリでもなんでもないと気づいてしまったようである。

 現実を受け入れられない様な、目の焦点が合っていない表情で、何やらブツブツと呟き始める。

 そんな二人を一瞥(いちべつ)して、モーブは二人を投げ捨てる。

 最早、脅威でもなんでもないと判断したようだ。

 まあ、勇者達にとって、初めから脅威でもなんでもなかったと思うが、憂さ晴らしも兼ねたのだろう。

 ともかく、これで、魔王側の戦力は魔王一人になった。

 既に決着は着いた様なものだったが、それでも魔王は諦めていなかった。

 戦意を奮い立たせる様に唸り声を上げ、勇者達に宣言する。


「我が肉体には、神より賜った変身能力がある! 神の力の前に絶望するがいい!」


 そう叫ぶなり、魔王の身体が歪み始める。

 四肢と胴体は歪ながらも太く大きく変化し、その背からは蝙蝠のものに似た翼が生える。

 そして、魔王自身でも制御しきれない魔力が溢れ出す。

 通常の人間が見れば、その威容に気を失うであろう程の迫力だった。

 だが、勇者達は、特に反応を示さない。

 それもそのはずである。

 前回、魔王に力を授けたであろう邪神を袋叩きにしているのである。

 その邪神から力を与えられただけの存在に恐れ戦けという方が無理がある。

 実際、勇者側の者達の目は冷ややかだった。

 だが、そんな冷ややかな視線に気づきもせずに魔王が声を上げる。


「これが、神の力だ! 勇者如きに敗北するはずがない!」


 魔王が自信満々に宣言する。

 だが、邪神が既に勇者達に敗北している事を知っていると、その自信に満ち溢れた姿が酷く哀れだった。

 魔王が、早々に実力差に気づく事を祈るしかない。


「まずは、貴様からだ!」


 そう叫んで、魔王が賢者に殴りかかる。

 巨岩の様な拳が賢者に迫る。

 だが、賢者は慌てる事もなく、ゴミでも見るかの様な目で魔王を見つめていた。

 そして、魔王の拳が賢者に衝突する。


「……なっ⁉」


 魔王の驚愕の声が響く。

 それもそうだろう。

 魔王が自信満々に放った拳は、確かに賢者に直撃していた。

 だが、当の賢者は、何でもない風にそこに佇んでいた。

 防御すらしていない。

 それでも、なんの痛痒すら感じていない顔でそこにいる。

 その賢者が、軽く……、少なくとも、そう見える風に魔王の拳を押しのける。

 まるで抵抗できずに拳を押しのけられた魔王が驚愕に表情を歪ませた。

 賢者が、無言で魔王に向かって一歩踏み出す。

 互いの体が接触しそうな程の近距離になった。

 そして、賢者が叫ぶ。


「もうちょっと、(ひね)った変身しろよ!」


 賢者のアッパーが魔王の顎を強打する。

 魔王の身体が景気よく打ち上がった。


「身体が少しデカくなっただけだろ! もっと分かりやすく異形の姿になるとか! いっそ美形になるとか! ……とにかく、意表をついて来いよ!」


 床に落ちた魔王に対し、賢者が駄目出しをする。

 もう、いっそ、止めを刺してあげてほしい。

 命を懸けた戦いで披露した渾身の変身が一発芸の様な扱いである。


「お、おのれ……」


 魔王がダメージを感じさせる動きで立ち上がる。

 だが、この状況に至っても戦意を失わない姿勢には感動すら覚える。

 もう、魔王は楽になっていいと思う。


「……貴様らに、この魔術を防げるか!」


 そう叫んで、魔王が掌に魔力を集中させる。

 地が、水が、火が、風が、そして、闇の力が集まっていく。


「混沌に沈むがいい!」


 その声と共に、魔王の魔術が放たれる。

 見る者を不快にさせる様な、どす黒い魔力の塊だった。

 その魔術が、特に(かわ)す仕草すら見せなかった賢者を飲み込む。

 そして、その背後にいた勇者を、聖女を、カリンをも飲み込んだ。


「フハハハハッ! 混沌にすり(つぶ)されるが良い!」


 勝ちを確信した様に魔王が哄笑(こうしょう)する。

 どす黒い魔力は不気味に(うごめ)き、膨張し、そして、最後に霧散していく。

 後に残されたのは、つまらない物でも見るかの様な目をした勇者達だった。


「ハハハハ……、ハァ⁉」


 哄笑していた魔王が間抜けな声を上げる。

 勇者達は、誰一人死んでいない。

 それどころか、負傷している者すらいなかった。

 魔王、渾身の魔術である。

 無防備に受けて見せられた挙句、無傷でいられると、流石に魔王の立つ瀬がない。


「馬鹿な⁉ どうやって防いだ⁉」


 叫ぶ魔王に、半眼のカリンが答える。


「ただ、立っていただけよ」


 身も蓋も無い。

 せめて、防いだ事にしてあげてほしい。


「……出力が低いんですよ」


 聖女が言う。

 言っておくが、魔王の全力の一撃だった。


「術の練度が低いな」


 賢者が言うが、だからと言って無防備に受けて無傷なのは承服しかねる。


「……そもそも、術が不完全なんだよ」


 苛立(いらだ)たし気にそう言って、勇者が前に出る。


「こんな雑魚の為に召喚されたと思うと腹が立ってきた」


 ……勇者達が強すぎるだけである。

 一応だが、今代の魔王は歴代最強の魔王である。


「こんな茶番、とっとと終わらせてやる」


 勇者が冷徹に宣言する。

 どちらかというと、悪役の台詞な気がする。

 勇者が言う言葉ではないと思う。

 だが、そんな事に構わず、勇者は勇者らしからぬ言葉を続けて吐き出す。


「俺が、本当の混沌を教えてやる」


 勇者が教えて良い物ではない。

 勇者なら勇者らしく、秩序を重んじてくれ。

 だが、そんな願いも(むな)しく、勇者の手に魔力が集中する。

 地が、水が、火が、風が、光が、そして、闇の力が混ざり合う。


「勇者千寿よ! 俺も巻き込まれそうなんだが⁉」

「この位置! 俺も巻き込まれます!」


 賢者とモーブが慌てたように叫ぶ。

 立ち位置的に、完全に攻撃範囲内だった。

 だが、そんな事に構わず、勇者が叫ぶ。


「混沌に消えろ!」


 勇者の魔術が放たれる。

 魔王のものとは違う何かだった。

 黒ではない。白でもない。

 何色でもなく、それでいて、何色でもあった。

 見る者が理解を拒む何か。

 それが放たれた。

 迫り来るそれを見た者達が叫ぶ。


「魔王シールド!」

「元同僚ツインシールド!」


 かなり、非人道的な叫びだった。

 その叫びの通り、賢者は魔王を引っ掴んで盾にしている。

 モーブも戦意喪失しているノーキンとオーゴリを盾にしていた。

 勇者の放った何かが五人を飲み込む。

 その何かが荒れ狂った。

 それは、目を刺す様な光だった。

 それは、目を凝らしても何も見えない様な闇だった。

 そして、それは、肌を焼く熱さであり、凍える様な寒さでもあった。

 それら全てが同時に荒れ狂った。

 理解できない何か。

 それこそが、勇者の放った混沌だった。

 (しば)し、勇者の混沌が場を埋め尽くす。

 決して短くはないが、長くもない時間だった。

 そして、その混沌が消え、世界に秩序が戻った時、その場には倒れ伏した五人が居た。

 五人とも微動だにしない。


「……あれ、流石にまずくない?」


 引き()った表情でカリンが言う。

 魔王が放った紛い物とは威力が違った。

 神すらも殺しうる一撃だった。

 神域に達したカリンだからこそ分かる、人が扱ってはいけない術。

 それが、敵味方問わずに放たれたのである。


「お灸をすえるのには、丁度いいと思いますよ」


 何でもない風に聖女が言う。

 その言葉に応える様に倒れ伏した五人の内の一人が起き上がる。


「流石に死ぬかと思った!」


 賢者だった。

 衣服の裾がボロボロになっているが、割と元気そうだった。

 だが、この賢者をしてここまで言わせるとは、本気で洒落にならない威力だった様である。

 その事に気づいたカリンが叫ぶ。


「モーブ! モーブは⁉」


 かなりの慌てようだった。

 慌てながらも、カリンは残りの四人に視線を巡らせる。


「…………?」


 そして、(いぶか)し気な表情を浮かべた。

 モーブらしき姿が無いのである。

 カリンが困惑しているのが良く分かった。

 そんなカリンに、軽く苦笑しつつ、聖女が一人を指差す。


「あそこにいますよ」


 聖女の指差した先。

 そこには、一人の男性がうつ伏せで倒れていた。

 顔は見えないが、頭には龍の角が生え、銀髪なのは確認できた。


「……モーブ?」


 困惑しながらも、カリンが声を掛ける。

 その言葉に、銀髪の男がうつ伏せのまま返事する。


「流石に、全力じゃないと防げそうになかったんですよ……」


 その声は、確かにモーブの声だった。

 だが、顔を上げない。

 そんな様子のモーブにカリンが歩み寄る。


「元の姿に戻るんで、ちょっと待ってください」

「………………」


 モーブの言葉にカリンは無言だった。

 無言のまま、モーブの角を掴む。

 そして、一気にモーブの顔を引き上げた。

 モーブの顔が(あら)わになる。

 銀髪に龍の角、何時もの何処にでもいそうな顔とは違い、中性的で美しい顔立ち、そして、金色の瞳が光り輝いていた。

 カリンの目と、モーブの金色の目が合う。

 その瞬間、モーブの顔が引き攣った。


「……アー君?」


 カリンの言葉に、モーブ……、いや、アンランは満面に冷や汗を浮かべる。

 カリンの言葉は疑問形だった。

 だが、その言葉には、否定を許さない確信の響きがあった。

 アンランの目が泳ぐ。


「アー君?」


 カリンの繰り返された言葉に、アンランは、ついに観念した様に目を泳がせる事を止めた。


「え~……、まあ……、そうです、ね」


 かなり煮え切らない返事である。

 だが、それでも、カリンは弾けた様な笑顔を浮かべる。

 そんな笑顔を向けられ、アンランはバツが悪そうな表情で立ち上がる。

 立ち上がったアンランに、カリンは笑顔のまま言う。


「……お帰り。アー君」


 カリンの頬を涙が伝う。

 それは、紛れもなく嬉し涙だった。

 そんな様子のカリンに、アンランは少し戸惑った様に微笑んで言葉を返す。


「ただいま。カリン」


 そう言って、アンランはカリンに手を伸ばし、その頬を伝う涙を(ぬぐ)う。

 そのアンランの手を握り、カリンが言う。


「ずっと、一緒だよ」


 暖かい言葉のはずだった。

 だが、その言葉に薄ら寒い何かがあった。

 アンランが、一瞬、硬直する。

 その瞬間だった。

 金属の擦れる乾いた音が響いた。

 恐る恐るといった風に、アンランが視線を自分の手に落とす。



 ……アンランの手首に手錠がかかっていた。



 アンランの表情が一気に引き攣る。

 アンランが視線を上げてみれば、嬉しそうな顔で、手錠のもう一端を自分の手首にかけるカリンが居た。


「カリンさん……?」

「……さん?」

「……カリン。この手錠は?」


 その質問に、カリンはこれ以上無いくらい嬉しそうに笑って見せる。


「これで、ずっと一緒にいられるね」


 その言葉に、アンランは引き攣った表情のまま勇者達を振り返り、叫ぶ。


「救援! 救援を求めます!」


 アンラン、必死の救援要請だった。

 だが、そんなアンランに、勇者は見向きもしない。


「じゃあ、女神様、聖剣を返しますね」

「……欠けていますね」

「四天王との激戦で欠けた事にしました」

「……分かりました。そういう事にしておきましょう」


 勇者は、いつの間にか呼び出された女神に聖剣を返却している最中だった。

 着々と帰り支度が進んでいる。

 放っておいたら黙って帰宅しそうな雰囲気だった。

 既にアンランの事など目にも入っていない。

 助けを求めても無視される事だけは確かだった。

 そんな勇者に見切りをつけて、アンランは賢者に向かって叫ぶ。


「ディルさん! 救援を求めます!」

「………………」


 返事はない。

 賢者は無言だった。

 無言で、自分の手首にかけられた手錠を見つめていた。

 そんな賢者の(かたわ)らには、賢者の手首から伸びた手錠のもう一端を自らの手首にかけた聖女が佇んでいた。


「やっぱり、捕まえておいた方が良いという結論に達しました」


 聖女が何でもない風に言ってのける。

 その言葉に、顔を上げた賢者は絶望に染まった表情を浮かべる。

 そして、賢者は叫ぶ。


「救援! 救援を求む!」


 そんな叫びに、勇者は、賢者とアンランを軽く一瞥する。

 そして、勇者は軽く微笑んで二人に言葉を掛ける。


「俺は自分の世界に帰る。もう会う事も無いだろうが達者でな」

「無理! 達者にできない!」

「千寿さん! よく見てください! 俺達は監禁されそうになっています!」


 勇者の言葉に、賢者とアンランは必死に叫ぶ。

 だが、勇者がその叫び応える事は無かった。


「女神様。宜しくお願いします」

「……分かりました。勇者としてお疲れさまでした。足立千寿さんが幸福な人生を送れる事をお祈りします」


 勇者の言葉に、女神は一瞬の逡巡(しゅんじゅん)の後、送還の奇跡を行使する。

 湧き出した光に勇者の身体が包まれていく。

 光の中から、勇者が別れの挨拶を口にする。


「リリー、カリン。世話になったな。二人の幸福を祈ってる」


 勇者の言葉に、聖女とカリンは小さく頷いて見せる。

 勇者は異世界へと帰るのだ。これで今生の別れになるだろう。

 その事が分かっているからだろう。二人のその顔は、何処か寂しげだった。

 それは、感動的な別れの光景にも見える。

 だが、彼女達の横で手錠につながれた男共が圧倒的に感動を台無しにしていた。


「ディル、モーブ」


 勇者が手錠につながれた二人に声を掛ける。

 そして、二人の顔を軽く眺めた後、小さく笑って言う。


「まあ、頑張れや」


 そう言って、勇者が鼻で笑う。

 その瞬間、勇者の姿が掻き消える。

 あまりにも、あんまりな別れの言葉である。

 賢者とアンランが呆然とした表情を浮かべる。

 暫し、勇者の居た空間を四人は眺めていた。

 だが、それも長くは続かなかった。

 カリンがアンランに向き直る。


「アー君の部屋を用意してあるんだよ」


 カリンが笑顔でアンランに言う。


「私も、帰ったら、ディルの部屋を作らないとですね」


 聖女は、誰に言うでもなく言う。

 二人の言葉に、賢者とアンランは顔を引き攣らせて叫ぶ。


「「それ、監禁部屋の事⁉」」


 だが、その叫びに答える事なく、聖女とカリンは手錠の鎖を引き始める。

 賢者とアンランが必死に抵抗する。


「待って待って待って待って!」

「リリー! 落ち着いてくれ!」


 抵抗するが、聖女とカリンは謎の力を発揮して二人を引きずる。

 そんな状況に、アンランが賢者に向かって叫ぶ。


「ディルさん! この手錠作ったの貴方ですよね⁉ どうにかしてください!」

「分かった! どうにかしてみる!」


 賢者が叫び返しながら手錠を外そうと足掻く。

 アンランも必死に手錠の開錠を試みていた。


「モーブ! ……この手錠が外れたら、一緒に逃げよう!」

「その妙な言い方は何ですか⁉ 俺、そういう趣味は無いですよ!」


 賢者の微妙な言い回しの言葉に、アンランは拒絶を叫ぶ。


「大丈夫だ! 最近の作品傾向的に、そういう要素もありだ!」

「何の話ですか⁉ 言ってる場合じゃないでしょ!」


 賢者の言葉に、アンランが全力でツッコむ。

 勇者が居なくとも、賢者は相変わらずだ。

 勇者パーティーの魔王討伐物語は終わった。

 それでも、賢者は物語を気にする。

 魔王は滅び、勇者は自分の世界へと帰って行った。

 主人公の勇者はもう居ない。

 だが、それでも、彼らの人生はこれからも続く。

 彼ら自身の、彼らの物語は中ほどにも達していない。

 だから……。


「男二人の逃避行も今のトレンド!」

「慌てすぎて、ちゃんとトレンドって言っちゃってるじゃないですか! 冷静になってください!」


 だからこそ……




 勇者パーティーの賢者は、今日もトレンドを追いかけます。


これで完結となります。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。


ちなみに、ノーキンとオーゴリはモーブがギリギリで助けて生きています。

彼らには、魔王になったカリンにこき使われる未来が待っていますw

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