第十話 順序を間違うと残りは消化試合
凄惨な現場だった。
一人の男性が、三人の若者に袋叩きにあっている。
殴り倒され、踏みつけられ、蹴り飛ばされていた。
被害にあっている男性の悲痛な声が響く。
そして、精一杯の声で、若者達を非難する。
「俺は、邪神ヨコシマ様だぞ!」
邪神らしい。
邪神らしいのだが、薄汚れ、半泣きで叫ぶ姿は哀れなものだった。
「邪神とは言え、神を袋叩きにするとは、どういうつもりだ⁉」
邪神の言葉に、三人の若者は白けた様な表情を浮かべる。
そして、若者の中の一人の青年――勇者が口を開く。
「とりあえず殴ってみただけだ」
その言葉に、邪神が絶句する。
とりあえずで邪神を袋叩きにしないでほしい。
「話をお手軽に壮大化するために神を出すのはフレッドだと思うが、魔王を倒す前に現れるのはいただけないな」
賢者が邪神を蹴り飛ばしながら言う。
「フレッドって誰よ? トレンドでしょ」
呆れた様に言いながら、聖女が邪神を踏みにじる。
そう、邪神は、今現在、勇者パーティーに袋叩きにされていた。
仮にも神の一柱に対して、あんまりな扱いである。
そんな勇者パーティーを、モーブとカリンは呆れた目で、ストケシアと女神は引いた目で、そして、いまだについて来ていたヤナギは感情を感じさせない爬虫類の様な目で見つめていた。
「前々から思っていましたけど、三人とも、ちょっと強すぎません?」
どこか呆れた様な声でモーブが呟く。
その横ではカリンが無言で頷いていた。
「あの……。ヨコシマは、仮にも上級神なのですが……?」
完全に引き切った声で女神が言う。
女神の言う通りなのだとしたら、下手をすると、三人は上級神である女神にすら勝てるのかもしれない。
「邪神を一方的に殴り倒せる存在が、何故、邪神の加護を研究していたのじゃ……?」
ストケシアが呆然と呟く。
ストケシアの言う通り、邪神そのものを倒せるなら、邪神の加護を研究する意味など無いだろう。
「勿論、興味本位だ!」
ストケシアの言葉に、賢者が元気良く答える。
その言葉を聞いて、ストケシアが考え込む様に目を瞑る。
暫しの後、再び目を開いたストケシアが落ち着いた声音で言う。
「……興味本位なら仕方ないのじゃ」
納得したらしい。
研究者気質の有る娘だからこそ納得できるのだろう。
そんな遣り取りに納得できない表情を浮かべつつも、女神が勇者達三人に問う。
「それで……、何故、三人は、それほどに御強いのですか?」
女神の問いに、勇者達が顔を見合わせる。
顔を見合わせつつも、邪神に対する暴行は続いたままである。
そして、邪神を蹴りつけつつ、少し困った様な表情を浮かべ、勇者が口を開いた。
「俺の世界の神様を知ってますよね?」
「……はい。千寿さんを召喚するにあたって、許可を貰っていますから」
「……そのまま召喚されると困るだろうからって、俺の世界の戦神に扱かれてるんですよ」
勇者の言葉に、女神は納得した様に小さく頷いた。
「なるほど……。それで、そこまで御強いのですね」
「それだけじゃないですけど、大体その通りです」
勇者の言葉が終わると、今後は聖女が邪神を踏みにじりつつ口を開く。
「私の場合、ディルのせいです」
「……と、言うと?」
女神に続きを促された聖女は、溜息を吐きつつ、賢者を軽く睨む。
そして、再度口を開く。
「ディルは、魔術の腕や学識だけでなく、物理戦闘にも強い文武両道の変態なんです」
何だ、文武両道の変態って。
だが、正鵠を射た表現な様な気もする。
賢者を指して、天才とか、秀才とか、そういう言葉は似合わない。
変態扱い位の表現がちょうどいいだろう。
「その規格外の変態を子供の頃から制御するように努めていたら強くなりました」
……虚しい力である。
変態の制御役だったばかりに手に入れた力でしかない。
「俺は、リリーの制止を振り切ろうとしていたら強くなりました」
賢者が何でもない風に言う。
何でもない風に言っているが、とんでもない話である。
聖女と賢者が馬鹿げた理由で戦い続けた結果として、賢者ディルという規格外の変態が完成したのである。
「……ちなみに、俺が二人に合流した後は、俺もディルの制止に入ってました」
苦虫でも噛み潰した様な表情で勇者が言う。
その言葉に、聖女も苦い表情で頷いた。
「結果的に三人とも強くなったな!」
楽し気に言う賢者に、勇者と聖女は冷たい視線を向ける。
そんな三人に、モーブが呆れた様に言う。
「同士討ちで強くなったって事ですか?」
「まあな……」
「そうですね……」
「その通りだ!」
賢者が誇らしげに言うが、決して誇れることではない。
結果として強くなった事は良い事なのかもしれないが、それにしても限度がある。
明らかな過剰戦力が出来上がっていた。
「いい加減、蹴るのを止めろ‼」
邪神が叫ぶ。
その言葉に、勇者が訝し気に下を見る。
「そういや、居たんだったな」
「意識しないで蹴っていたのか貴様は‼」
邪神の叫びに、とりあえずといった風に三人は暴行を止める。
暴力から解放された邪神が、満身創痍の有様ながら立ち上がる。
「仮にも神だぞ! 俺を何だと思っている⁉」
威勢だけは良い邪神が吠える。
だが、それに怯える様な面々ではなかった。
どこか冷めた表情で三人が口々に言う。
「なんだと思っていると言われてもな……。普通に迷惑野郎だと思ってるぞ」
「登場順序を守らない場違い野郎」
「普通にゴミだと思っています」
遠慮とかないのであろうか?
敵ではあるが、相手は一応は神である。
「ふざけるな! 何で、最近はお前等みたいのばかりなんだ⁉ ここ三年でボコられたのは三度目だぞ!」
邪神の言葉に、勇者達は訝し気な表情を浮かべる。
「三度目……?」
「後ろの二人だ!」
勇者の言葉に、そう叫んで、邪神がモーブとカリンを指さす。
指さされた二人が、気まずげに視線を逸らしていた。
「あっちの娘は三年前! あっちの目立たないのは二年前! 突然やって来たと思ったら、一方的にボコボコにしやがって!」
モーブとカリンにもボコられていたらしい。
よく殺されずにいられたものである。
「お前等も、登場順序を守らいないとか言いやがって! やって来たのはお前等だろ! 何で来たんだよ⁉」
ごもっともである。
自分から来ておいて、登場順序を守れも何もない。
だが、そんな荒れ狂う邪神に対し、勇者は表情を一切変えないままに答える。
「邪神の住処があるってカリンが言うから、ちょっと顔を出しておこうと思っただけだ」
「俺は親戚のおじさんか何かか⁉ そんな軽いノリで来るんじゃねぇ‼」
叫び疲れたのか、邪神が深々と息を吐く。
そして、苛立たし気に勇者達を睨みつけた。
だが、そんな邪神に興味は無いらしく、勇者がモーブ達に振り返る。
「お前等、何で、こいつに会いに来たんだ?」
勇者の質問に、モーブとカリンが視線を彷徨わせる。
そして、少し言い難そうにしながらもカリンが口を開いた。
「気づいてると思うけど、幼馴染のアー君は、神族の血を引いてたのよ。だから、何か情報を持ってないかと思って……」
「拷問しに来たと?」
勇者の言葉にカリンが顔を顰める。
「大人しく話せば殴るつもりは無かったわ」
言い訳するように言うが、言外に拷問した事を認めた様な言葉だった。
その事に気づいた勇者は、呆れた様に溜息を一つ吐いた。
「……それで、モーブは?」
勇者に問われ、モーブが気まずげに口を開く。
「いや、此奴、カリンさんに報復を企んでたんで、身の程を教えておこうと思いまして……」
「……それでヤキを入れに来たと?」
「まあ、そうですね」
あまりにも軽いノリである。
仮にも邪神を相手にしたというのに、生意気なゴロツキを殴り倒した程度の言い方だった。
「こんな化け物まで居るなんて思わないだろ⁉ 異常に手が出るのが早いし! 分かってたら、報復なんて考えずに大人しくしてたわっ!」
邪神が叫ぶ。
その叫びは、もはや嘆きに近かった。
そして、愚痴るような口ぶりで、さらに叫ぶ。
「娘の方も、何故か神の力を持ってるし! 目立たない方にいたっては、上級神の一柱の……!」
「四天王フライングニィィィッ!」
邪神の叫びを遮って、モーブの飛び膝蹴りが邪神の顔面に突き刺さる。
不意の攻撃に、邪神は為す術もなく倒れ伏す。
だが、それで終わってはくれなかった。
「四天王チョークスリーパー!」
その声と共に、モーブが邪神の首を絞めにかかる。
窒息狙いというより、完全に首を折りにかかっている。
容赦というものが一切感じられない攻撃だった。
「……⁉ …………! ………………‼」
声にならない悲鳴を上げながら、邪神が必死にモーブの腕をタップする。
ギブアップの意志は明確だ。
だが、それでもモーブは腕を緩める事をしなかった。
「……何やってんの?」
訝し気な表情で、カリンがモーブに問いかける。
そんなカリンに、モーブは引き攣った顔で答える。
「正義の血が騒いじゃって!」
前回は魔王軍の血が騒ぎ、今回は正義の血が騒ぎ……。
此奴の血は騒ぎっぱなしである。
「それは良いんだけど、そいつ、なんか気になる事言ってなかった?」
「いや! 特に何も言ってなかったと思いますよ!」
「モーブと上級神の一柱がどうとか……」
「そういえば‼」
カリンの言葉を遮り、モーブが大声を上げる。
モーブのその顔は必死だった。
モーブの正体がバレれば監禁待ったなしなのだから仕方ないだろう。
「そういえば、カリンさん、神の力を持ってるんですね⁉」
あまりに露骨な話題の転換である。
露骨ではあるのだが、今現在、モーブは邪神の首をへし折る事を諦め、全力で絞め落としにかかっている。
自然な会話の流れなど気にする余裕はなさそうだった。
「……幼馴染から貰った力よ」
「そうなのですか?」
聞き返したの聖女だった。
聖女を含めた勇者パーティーの面々は、少なからず驚いた様な表情を浮かべている。
「幼馴染は、私の一族が神の力を手に入れる為に育てられた子だったのよ」
「神の力を……?」
「ええ。神の力を持つ女性に、一族の血を引く子供を産ませたの」
「何故、その様な事を?」
「性質の近い存在からなら力を取り込めると考えたみたい」
そう言って、カリンは忌々し気に溜息を吐く。
そして、悲し気に顔を歪ませて続ける。
「結果を言えば、その試みは成功したわ」
「……カリンさんの事ですね?」
「ええ。……族長が力を奪う為にアー君を殺そうとした時、アー君は、ありったけの力を私に渡してから逃げて行ったの」
そう言って、カリンは悲し気に目を伏せる。
「『自由に生きて』って、……そう言って、いなくなったの」
カリンの声は震えていた。
話を聞いた聖女も悲し気に目を閉じた。
沈痛な雰囲気が辺りを包み込む。
そして、そんな空気の中、モーブは、邪神を絞め落とす寸前まで追い込んでいた。
絞め殺さんばかりの気合の入り方だった。
勇者と賢者は、そんなモーブを呆れた目で見ている。
話を振ったのはモーブである。
話に出たカリンの幼馴染もモーブである。
現在、重苦しい空気になっているのは、二重にモーブのせいだった。
その張本人が、自己保身の為に、邪神とは言え、神を絞め落とそうとしているのである。
呆れるな、と言う方が無理があるだろう。
「…………! ………………‼」
声にならない断末魔と共に、ついに邪神が絞め落とされる。
邪神の全身から力が抜ける。
全身の体重をモーブに預け、小刻みに身体を痙攣させていた。
軽く息を荒げながら、モーブが邪神を解放する。
そして、一仕事終えた感じで汗など拭いながら言う。
「カリンさん。辛い過去があったんですね」
どの口で言うのか。
いい加減、此奴も腹を決めて良い頃だと思う。
此奴が逃げ回るから話が拗れているのである。
「……終わったの?」
「ええ! ばっちり絞め落としました!」
半眼のカリンに、モーブは元気良く答える。
そして、適当な場所に邪神を蹴り飛ばす。
流石に、あんまりな扱いである。
そんなモーブに、カリンは深々と溜息を一つ吐く。
「とりあえず、魔王城に向かう?」
カリンの言葉に、勇者達は少し考えた後、一斉に頷く。
魔王討伐も大詰めのようだ。
だが、勇者達に緊張感は無かった。
まあ、魔王よりも上の存在である邪神があの有様なのだから仕方ないだろう。
そして、それぞれが出発の準備を始めた時だった。
勇者の視線が、ある一点で止まる。
「………………」
一言も発していなかったヤナギが、意識のない邪神の顔を覗き込んでいた。
「ククッ……。クククッ!」
不気味な笑い声さえ上げている。
何やら、ろくでもない事態なのが良く分かる構図だった。
「……ど、どうかしたのか?」
恐る恐るといった風に勇者が訊ねる。
完全に腰が引けていた。
そんな勇者に、ヤナギは、首の動きだけで視線を向ける。
「じゃ、邪神……。か、神の身体構造に、きょ、興味があります……」
ヤナギのその言葉に、勇者は雷にでも打たれたかの様に動きを止める。
暫し、勇者は動かないままだった。
そして、再度動き出してからの行動は素早かった。
意識のない邪神を素早くヤナギに押し出し、早口に言う。
「差し上げます」
差し上げるな。
仮にも神である。
勝手に他人に上げていいものではない。
「ふ、腑分け……」
「ご自由にどうぞ!」
ご自由にして良い訳がない。
此奴も、自分の為ならば神すら差し出す外道野郎のようだ。
「あの……。一応、神なので、解剖されると困るのですが……」
女神が困った様に言う。
そんな女神に対し、ヤナギが不気味な笑みを浮かべて見せる。
「だ、大丈夫です……。死なない程度の腑分けですから……」
どんな解剖なのか。
気になるが、決して見てみたくはない。
「そ、そうですか……」
女神が引いている。
神すらドン引かせるのは凄いと思う。
「よし! 今のうちに出発するぞ!」
外道勇者が、邪神を生贄にして出発を宣言する。
ヤナギを引き離す好機と見て取ったようだった。
「ふむ……。儂は、この辺で失礼するのじゃ」
そう言って、ストケシアが飛行魔術を発動する。
「これ以上、里を空ける訳にはいかんのじゃ。機会があれば、また会う事もあるじゃろう」
「分かりました! じゃあ、お疲れ様です!」
別れを惜しむ事もなく、軽いノリで勇者が別れの挨拶をする。
そんな勇者に、ストケシアが苦笑を浮かべる。
「それでは、さらばなのじゃ」
そう言い残し、ストケシアが去っていく。
それを見送った勇者達は、手早く出発準備を終える。
「それでは、魔王討伐が成ったならば、私を呼んでください」
「はい! その時はお願いします!」
女神の言葉に、勇者が早口に返事する。
勇者のその言葉を聞いて、女神も姿を消した。
「じゃあ、行きましょう! さあ、行きましょう!」
意識のない邪神の様子を伺いながら、モーブが出発を急かす。
それに便乗する様に、勇者も仲間達を急かし始める。
「善は急げだ!」
そう言って、勇者は足早に歩き出す。
その背後では、ヤナギが不気味に笑みを浮かべている。
「ククッ! クククククッ!」
ヤナギの笑い声が響く。
明るさなど欠片もない。不気味百パーセントの笑い声だった。
悪魔でも、もう少し朗らかに笑いそうなものである。
そして、そんな笑い声を背に受けた勇者達は、最終的に駆け足でその場を去って行ったのだった。
ちなみに、邪神は腑分け寸前に目を覚まし、どうにか解剖は免れた。
そして、数年後、ヤナギは何故か邪神の妻になっていた。
次で最終話とする予定です。




