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第一話 賢者はトレンドを意識する



 山の中だった。

 人の手で整備された山ではない。木々も草々も生えたいように生えた山奥だった。

 そんな山の中。最低限、草や低木が刈られた場所に三人は居た。

 一人は眼鏡を掛け、知的な雰囲気の男性。

 もう一人は短めの髪の楚々とした雰囲気の女性。

 最後の一人は黒髪黒目の何処にでも居そうな雰囲気の目立たない男性だった。

 知的な雰囲気の男性が、楚々とした雰囲気の女性に声を掛ける。


「聖女リリーよ」

「何? 賢者ディル」


 二人は聖女と賢者らしい。

 確かに雰囲気に合っている。


「俺は、勇者との魔王討伐の旅を記録に残したいと考えている」

「そう」

「しかし、読まれない記録程虚しい物もない」

「そうかもね」

「だから、最近流行りの物語の要素を入れるべきだと考えている」

「……それで?」

「だが、捏造(ねつぞう)はできない。だからこそ、流行りの物語の要素を実際に旅の中で起こしてしまおうと考えている」

「………………」


 聖女は半眼だ。

 その表情からは不信感がありありと読み取れた。

 だが、そんな事には構わず賢者は続ける。


「まずは流行りを調べる事が大事だと考え、数多の物語を流し読んだ」


 流し読むな。参考にするならちゃんと読め。

 賢者というわりにいい加減である。


「最近は、勇者というと清廉潔白な感じではない場合が多く感じる。少し前など、勇者は主人公ではなく、下衆(げす)勇者に恋人を寝取られるところから始まる物語などもあったくらいだ」


 聖女は相変わらず半眼だ。

 だが、構わずに賢者は続ける。


「おそらく、それが今のトレント!」

「何で樹木系モンスターなのよ。トレンドでしょ?」

「そう、それだ!」


 賢者の知的な雰囲気は、本当に雰囲気だけの様だ。

 話す内容からは、知性の欠片も感じられない。


「……で、何が言いたいわけ?」


 聖女言葉に、賢者が笑顔を浮かべる。

 白い歯を見せ、爽やかな笑顔だ。

 そして、その笑顔のまま、聖女に向かって極めて軽く宣言する。


「俺、いっちょ寝取られてみようと思う!」


 賢者がとんでもない宣言をした瞬間だった。

 突如として、聖女のアッパーが賢者の顎を打つ。

 力強い、良いアッパーカットだった。

 賢者の身体が、軽く数メートルは打ち上がり、そして、重力に従って地に落ちる。


「その宣言を貴方の婚約者である私に聞かせた真意を教えてくれる?」


 自らの拳を鳴らしながら、聖女が賢者に歩み寄る。

 聖女の目は()わっていた。

 そんな状況の中、地に落ちた賢者が、ゆっくりと起き上がる。


「へっ……。良い御褒美(ごほうび)だ。感じたぜ」

「感じるな。気持ち悪い」


 本当に気持ち悪い。

 よく、こんな男と聖女は婚約したものである。


「それで、ふざけた宣言を私に聞かせた理由は?」


 賢者の胸倉を掴み上げながら聖女が再度訊ねる。

 そんな聖女に、賢者は神妙に一つ頷いて見せ、答える。


「流石に本人の許可を取らないと怒られると思って」

「堂々と許可を取りにくれば怒られないとでも思ったの?」


 聖女のボディーブローが賢者の鳩尾を抉る。


「追加の御褒美……! ありがたい!」


 もはや、怒られたくてやっているんじゃないかと思えてきた。

 賢者が、あまりにも変態すぎる。

 そんな頭を抱えたくなるやり取りの中、外野から声が掛かる。


「何やってんだ?」


 その声と共に、茂みの中から一人の男性が姿を現す。

 黒髪黒目の意志の強そうな風貌の青年だった。


「おお! 勇者千寿(せんじゅ)よ!」


 勇者らしい。

 名前からして、良くあるパターンの日本からの召喚勇者だろう。

 いつの間にか聖女の手から逃れた賢者が、その勇者の肩を気安く叩いている。


「勇者千寿よ! 最高峰というと、最近はAランクではなく、Sランクという概念が定着している!」

「……そうだな」

「そして、それに飽き足らず、SSランクとか、SSSランクとか、Sを重ねるのが定番だ!」

「まあ、そうだな」

「おそらく、それが今のブレンド!」

「何を混ぜる気だ……。トレンドだろ」

「そう! それだ!」


 相変わらずの調子の賢者に、呆れた様子の勇者が溜息を吐く。


「それで……、何が言いたい?」


 勇者の問いかけに、賢者が嬉しそうな笑顔で一つ頷き、そして、勇者に向かって提案する。


「俺と一緒にSSSランクの下衆勇者を目指してみないか!」


 その瞬間。

 賢者が言いきった、その瞬間だった。

 勇者のハイキックが賢者の側頭部を襲った。

 数回転と言わず、軽く十回転程しながら賢者が吹き飛んでいく。

 適当な木にぶち当たり、跳ね返って賢者が地に落ちる。

 そして、


「勇者の御褒美。しかと感じたぜ!」

「感じるな。気持ち悪い」


 訳の分からぬやり取りと共に賢者が何事もなかったかの様に立ち上がる。

 いくら何でも無茶苦茶である。

 常人だったら普通に死んでいる。


「無敵変態・賢者ディルめ……」


 勇者が吐き捨てる様に呟く。

 そのマイナーロボットアニメの様な呼称は何なのかが気になるところだった。


「まあ、コイツがクズなのは今に始まった事じゃないか」

「そうですね。ディルがゴミなのは昔からです」


 酷い言い草である。

 だが、ここまでの賢者の発言から仕方ないとも思えた。


「勇者千寿よ! ハーレムに興味は無いか⁉」

「ねぇよ。故郷に恋人がいるんだよ。魔王を殴り倒して、早く日本に帰りてぇんだよ」


 そう言って、勇者が拾って来たのであろう木の枝を地面に投げ下ろす。

 どうやら、野営の準備をしていた様だ。


「ところで、一つ聞きたいんだが?」


 そう言って、勇者は視線を賢者とは別の方向に向ける。

 その視線の先には、先程までの騒ぎに一切関わらずにいた、特に特徴の無い、どこにでも居そうな若い男性が居た。

 既に焚火を起こし、その火で魚など焼いている。

 強火の遠火でじっくりと魚に火を通しているのが見て取れた。


「ああ。あの人ですか。私も気になっていたんですよね」


 勇者の視線を追った聖女も勇者に同意する様に言う。

 そして、二人が異口同音に疑問を口にした。


「「あれは誰?」」


 知り合いではなかったらしい。

 話の最初から居たにも関わらず、勇者も聖女も知らない人物だったというのに驚きだ。


「何⁉ あいつを知らないのか⁉」


 賢者が心底驚いた風に言うが、芝居臭さが鼻についた。

 そんな賢者に、勇者と聖女が顔を(しか)める。

 この反応からして、賢者が関わっているのは確実であり、賢者が関わっている以上、面倒事の可能性が高かった。


「おーい! ちょっと、来てくれ!」


 賢者が特徴の無い男性を呼ぶ。

 その声に、男性は素直に立ち上がり、勇者達に向かって近づいて来た。


「この二人に自己紹介してくれ。お前の事を知らないらしい」


 賢者の言葉に、男性が軽く会釈して口を開く。


「魔王軍、四天王の一人、モーブ=モブです」


 魔王軍だった。

 しかも、四天王とか、魔王軍の最上位武官の称号だ。

 男性……、モーブの言葉に、さしもの勇者と聖女も動揺を隠せない。

 二人して後退り、そして、小声で何事か相談を始める。


「あんな、全力でモブである事を主張する名前、初めて聞いたぞ」

「偽名……、ですよね?」

「偽名じゃなかったら困るだろ。親は、どんな思いで名前つけたんだって話になる」


 モーブの名前に対するダメ出しをしていた。

 魔王軍の最上位武官が現れた事よりも、その人物の名前に衝撃を受けていた。


「あの……、全部聞こえてるんですが」


 モーブが困った様に声を掛ける。


「後、魚を焼いてる途中なんで、帰って良いですか?」


 魔王軍の四天王のくせに、勇者よりも焼き魚が気になるらしい。

 確かに、強火の遠火とか、妙に詳しそうな焼き方をしていた。

 やけにキャンプ慣れしていそうな四天王である。


「ディルは知ってたの?」


 聖女の言葉に賢者が力強く頷く。


「さっき知り合った」


 力強く頷いたわりに、極めて浅い関係性だった。


「事前に調べていた情報だと、魔王軍の穏健派で、魔王軍で一番やる気の無い男だ」


 いくら穏健派でも、敵の目の前で魚を焼き始めるのはどうかと思う。

 やる気以上に危機感が欠如しているとしか思えなかった。


「ちなみに、何をしに来たんだ?」


 勇者の言葉に、既に焼き魚に向かって帰る最中だったモーブが振り返る。


「勇者と戦って来いって言われたんで、とりあえず、野営地にお邪魔しました」


 なら、何故、魚など焼いているのか。

 いまいち行動の読めない男である。


「とりあえず、魚は八尾あるんで、一人二尾で良いですよね?」


 勇者達の分も焼いているらしい。

 本格的に何をしに来たのか疑問である。


「まあ……、別に構わないが」


 いや、そこは構っておこう。

 一応、襲撃に来た敵なのだ。

 差し出された食べ物を無警戒に口にするべきではないと思う。


「スープも作りますんで、夕飯はちょっと待っていてくださいね」


 そう言って、焚火に戻っていくモーブ。

 そして、その背中を黙って見送る勇者と聖女。

 その二人の表情は何とも言えない微妙な物だった。






「ロン。タンヤオのみです」

「上がり方まで地味だな」


 牌を倒したモーブに勇者が呟く。

 勇者、聖女、賢者、そしてモーブの四人は、何故か雀卓を囲んでいた。

 ちなみに、麻雀セット一式は、賢者がどこからともなく持ってきた。


「と、言うか、戦うって、麻雀で良いのか?」

「まあ、戦い方は指定されてませんから、別に良いんじゃないですかね?」

「なんで、お前まで疑問形なんだよ……」


 モーブの言葉に、勇者が呆れた様に言う。


「良いじゃないですか。……面倒ですし」


 いくら戦うのが面倒でも、雀卓囲んで終わりにするのはどうかと思う。

 ちなみに、現在トップは勇者、二位は聖女、三位はモーブで、ラスは賢者である。


「今のタンヤオで飛びだ!」


 賢者が力強く言い放つ。

 当然、飛んだのは賢者本人である。


「役満ばっかり狙うのをやめなさい」


 聖女が呆れた様に言う。

 賢者は、この局、見え見えの国士無双を目指して、中張牌(チュンチャンパイ)(二から八までの牌)を狙われての放銃である。


「で、どうする? 続けるか?」


 勇者の言葉に、モーブは少し悩む様に視線を彷徨(さまよ)わせ、口を開く。


「いや、もう良いんじゃないですかね?」


 とりあえず、麻雀は終了らしい。

 私としても、そうしてくれると助かる。

 麻雀に詳しくない上に、これを読む人も意味が理解できない人が居るはずである。


「……一応、お前の負けなんだから、何か情報でも話して行けよ」

「そうですね……」


 勇者の言葉に、モーブが悩む様に首をひねる。

 そして、


「他の四天王の情報でも聞きますか?」


 あっさりと同僚を売る事を決めた様だ。

 酷く軽い口ぶりである。

 そこに、躊躇(ちゅうちょ)とか罪悪感は感じられない。


「まあ、聞くだけ聞いておくか……」

「じゃあ、一人目は、オーゴリっていう奴ですね」

「オーゴリ?」

「ええ。(おご)り高ぶった奴で、魔術が得意です」


 モーブの言葉に、勇者と聖女が顔を見合わせ、小さな声で話し始める。


「驕り高ぶったオーゴリって……」

「偽名……、ですかね?」

「いや、本名ですよ」


 本名らしい。

 こうなると、モーブも本名の可能性が出てきた。

 魔族の名づけが気になるところである。


「二人目は、接近戦が得意なノーキンです。コイツも本名です」

「……性格は?」

「典型的な脳筋ですね」


 再び勇者と聖女が顔を見合わせる。

 まあ、ここまでいい加減な名前だと、顔も見合わせたくなるだろう。


「ちなみに、この二人が四天王最強の座を争ってますね」

「……お前は?」

「俺は、四天王最弱って事になってます」

「なっている?」

「まあ、魔王に真面に従うつもりも無いですからね。適当にやってますよ」


 そう言って、モーブが笑う。


「三人目は、カリンさんって言う女性です。この人は、回復とか支援魔術が得意です」

「今度の名前は……、普通、だよな?」

「大丈夫……、だと思います」


 勇者と聖女が妙な警戒心を持ってしまった様である。

 ここまで妙な名前ばかりだったのだから仕方ないだろう。


「カリンさんも穏健派で、やる気がなさそうですね。……実力的には先の二人を一度に相手にして、一蹴できるくらいには強いと思いますよ」


 それなら、四天王最強の座とは何なのか?

 先程の(ふく)みのある言い方からして、モーブも素直に四天王最弱と見て良いのか疑問だ。

 下手をすると、真の四天王最弱候補二人が最強の座を争っている可能性すら有る。


「他に何か聞きますか?」

「……いや、いい」


 頭痛を(こら)える様に勇者が眉間を揉みほぐしながら答える。

 その答えを聞いたモーブが立ち上がる。


「そうですか。それじゃあ……」

「デザートの時間だ!」


 突如として賢者が叫ぶ。

 その手には、フルーツゼリーの乗った皿があった。


「冷えましたか?」

「フッ。賢者の力の前には造作もない事よ」


 賢者の声が、今の今まで聞こえていなかったのは、ゼリーを冷やしていたかららしい。

 一体、何をやっているのか。

 皿を受け取ったモーブが、ゼリーを切り分け始める。


「デザートまで用意してたのかよ……」

「部下から果物をもらったもので」


 だからと言って、何故、勇者と食べようという発想になるのか?

 もしかして、友達がいないのだろうか?


「美味いのがムカつくな」


 ゼリーを一口食べた勇者の感想である。

 割と酷い言い草だ。


「とりあえず、カリンさん以外の四天王情報なら教えますので、必要なら言ってください」

「……魔王の情報は?」

「知りたければ教えますよ。……放っておいても、そのうちカリンさんあたりが叩きのめすと思いますけど」


 モーブの言葉に勇者が渋い顔をする。


「それが本当なら、俺が召喚された意味が分からん……」


 もっともである。

 そして、穏健派が魔王を嫌っているのが良く分かる話だった。


「じゃあ、帰りますんで、また会いましょう」


 そう言って、モーブが魔術で空に飛び上がる。

 そして、軽く手を振った後、飛び去って行く。


「マジで麻雀だけして帰ったな……」

「何しに来たんですかね?」


 モーブを見送って、勇者と聖女が呆然と呟く。

 確かに何をしに来たのか理解不能だった。

 いくら戦意もないのに戦って来いと指示されたからといって、麻雀だけして帰るのはどうかと思う。

 せめて、もう少し、誤魔化すつもりはなかったのだろうか?

 これなら、指示を無視した方が良かったまである。


「良い! 良いぞ!」


 突然、賢者の声が響く。

 見れば、賢者が鼻息荒く何か書き物をしている。


「どうした?」


 (いぶか)し気に勇者が訪ねる。

 それに、賢者は書き物の手を止める事無く答える。


「モーブだ! あの男は良い!」

「……何が?」

「俺は魔術で偵察して、魔王軍の主要幹部の実力は大体把握していた!」

「そうなのか?」

「ああ! 偵察だと、魔王軍最強は魔王ではなく四天王カリンだった!」

「あいつの言ってた事、マジだったんだな……」


 どこか呆れた様な勇者に、賢者が続けて叫ぶ。


「だが一人! モーブの実力だけは分からなかった!」

「ああ……、かなり腕が立ちそうだったな」

「そうだ! 実力を上手く隠していた! だが、実際に会って分かった! 魔王軍最強はモーブだ!」


 魚を焼いて、麻雀やって、ゼリーを配って帰っただけの男が魔王軍最強なのだとしたら、魔王軍が心配だ。


「四天王最弱! そう言われていた者が実は最強だった!」

「ありがちな展開だな」

「そうだ! 定番とも言える! すなわち、これはトレード!」

「交換するな。トレンド」

「そう! それだ!」


 そう叫んで、賢者は相変わらずの鼻息の荒さで書き物を続ける。

 それを勇者は呆れた様な目で眺める。


「千寿さん」

「ん?」

「ゼリーが残ってるんですけど、食べますか?」


 そう言って、聖女がゼリーを勇者に勧める。

 割と大きめのボールで作ったらしく、フルーツゼリーは大量に残っていた。


「そうだな……、貰うか」


 そう言って、勇者が聖女からゼリーを受け取る。

 ゼリーを食べる勇者。

 鼻息荒く、書き物を続ける賢者。

 賢者を眺めて、呆れた様に溜息を吐く聖女。

 そんな状況の中、夜は更けていく。


 こうして、勇者パーティーの賢者による、トレンドを追いかける旅は始まったのだった。


 これと同時に短編コメディーで「2LDK」という、くだらない話を上げているはずです。

 良かったら読んでください。

 あと、本編を完結させた「婚約破棄のゴングが響く!」という話の、おまけ話も上げていると思いますので、気になったらどうぞ。


 ついでに、良かったら評価をお願いします。

 私の承認欲求が満たされますw

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