オレよオレ、なんか久しぶりな感じだぜ
昼休みの教室。
「よう!久しぶり」
茶色の髪を短く刈り上げた佐藤信が、右手を挙げて声をかけてきた。
一年の鍛錬で、体つきはさらに引き締まり、まるで別人のようだ。
「毎朝顔合わせてるだろ」
瞳が呆れたように返す。
「はは、そうなんだけどさ。部活が忙しすぎて、こうしてゆっくり話すのは久しぶりに感じるんだよ」
「まあ、部長だから仕方ないな」
「お前も部長だろ? なんでそんなに余裕そうなんだ」
「いや、こっちは新入生集めるだけで死ぬほど大変なんだから」
「……どこも苦労してるんだな」
「で? 今年はもう彼女作らないのか?」
瞳がニヤリと笑って茶化す。
信は二年のときに部長を引き継いでから、以前の軽さが少しずつ消え、真面目なスポーツ青年そのものになっていた。
(昔は「彼女欲しい」しか言ってなかったのにな……人って変わるもんだな)
瞳は内心で少し感慨を覚える。
「今はそれどころじゃない。今年の目標は甲子園優勝だ」
信は手を振って一蹴した。
「それって、去年あんなに彼女欲しいって言ってたのに、ずいぶん変わったな」
「しょうがない。今年は学校にとって最大のチャンスなんだ。絶対勝つ」
「そっか。じゃあ頑張れよ」
「任せろ!」
ちょうどそのとき、眼鏡をかけたショートカットの少女が近づいてきた。
「ごめん、ちょっといい? 佐藤」
「おう、周防? どうした?」
「監督が呼んでる。できるだけ早く来てほしいって」
「監督が? わかった」
「伝言はそれだけ。じゃあ」
周防は眼鏡を押し上げ、言い終えるとき、ほんの一瞬だけ信の顔を見てから踵を返した。
「ありがとな!」
信は片手を挙げて礼を言う。
「なんで委員長が伝言役なんだ?」
瞳が不思議そうに呟く。
「知らなかったのか? 周防は野球部のマネージャーだぞ」
「えっ? 文芸部じゃなかった?」
「それはいつの話よ。去年の文化祭が終わってから変わったぞ」
「へえ、そうなんだ」
「じゃ、俺行ってくる。何の用か知らないけど」
信は軽く手を振り、教室を出ていった。
その背中を見送ると同時に、すぐ近くからひそひそ声。
「ねえ、あの二人って、絶対なんかあるよ」
絢音が戻ってきて、瞳の耳元で囁く。
「同じ部活なだけじゃないのか?」
「わかってないなあ」
絢音は自信満々の顔で首を振る。妙に得意げで、まるで真実を知っているかのようだ。
(……絢音がここまで言うってことは、本当に何かあるのかもな)
瞳は半信半疑ながらも、心の中で少し揺らぐ。
「信じなって。乙女の勘は侮れないんだよ。それに――恋愛マスター直伝だし」
絢音は胸をぽんと叩いた。
「そのマスターって……結衣だろ」
「え、なんでわかったの?」
「そんな自称するの、結衣しかいないじゃん」
「まあ確かに。でも去年の文化祭で見たでしょ? 二人が野球部で一緒にいるとき」
二人はそんなふうに無駄話を続け、気づけば昼休みが終わりかけていた。
そのとき、信が汗をにじませながら慌ただしく教室に戻ってくる。
「やっぱ野球部の部長は大変だな」
瞳は小さくため息をついた。
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