【絢音】この記憶は、誰のものだ?
「俺は……誰だ……?」
中年の男がベッドの上に座り、自分の両手を茫然と見つめていた。
「……何かが足りない……?」
男は拳を握りしめ、まるで何か大切なものを失ったような感覚に襲われる。しかし、それが何なのか思い出せない。
:記憶喪失?
:今回はどんな展開だ?
「おかしいな……ノートがない……?」
ゲーム内のキャラクターはまだ気づいていないが、画面の外の絢音はすぐに理解した。
――一番大事なアイテムがないのだ。
少し焦りを覚えるが、それ以上に自分の身体の不調の方が気になった。
(身体が重い……でも、大丈夫。まだ続けられる……)
男は立ち上がり、周囲を見回した。
男はゆっくりと立ち上がり、薄暗い部屋を見回した。
殺風景な空間。家具はわずかで、棚には銃を隠すように収めた分厚い本を見つかった。
机の上には、乱雑に広がる資料の束が山のように積まれている。
:銃があるぞ
:この男、ただ者じゃないな
「博士……?」
洗面所の鏡の前に立った男の口から、その言葉が漏れた。
鏡に映る人物は白衣を着ており、引き結ばれた唇と陰鬱な表情が、やせた頬をより一層不気味に見せていた。
:前の記憶にいた博士?でも顔が違うような……
:表情怖すぎ
:よく見ると、前回の兵士に似てない?
「確かに似てる……でも、これからどうすれば……?」
絢音のつぶやきは、そのまま画面内の男の言葉のようだった。
部屋をくまなく調べ直すと、机の資料の中から一つの住所が見つかった。
「他にやることもなさそうだし……行ってみるか」
部屋を確認し終えると、絢音は操作キャラを動かして外へ出た。
街には多くの人が行き交っていたが、誰一人として彼に反応する者はいなかった。
目的地に辿り着くと、それは古びた研究所だった。
携帯していた認証カードで扉を開けると、中は静まり返っている。
:ちょっと怖い……
:完全に悪役の研究所感ある
:なんで誰もいないの?
白く冷たい蛍光灯が、無人の空間を淡く照らしている。
長い廊下の先にあった部屋の中央には、銀色の巨大な装置がそびえ立っていた。
配管の隙間から青白い光が漏れ、まるで心臓の鼓動のように脈打っている。
「えっ……?」
絢音は思わず目を見開いた。まさか、この記憶の中でこの機械を見るとは思ってもみなかった。
:この装置、見覚えあるぞ
:記憶ダイブのマシンじゃない?
:展開、熱くなってきた!
隣の机には灰色のノートと金属製のペンが置かれている。
男はノートを開いた。中には数式がびっしりと書き込まれていた。
「違う……こんなはずじゃない……!」
男の表情が苦痛に歪み、ノートを閉じる。
「この中身は……?」
「これは……一体……?」
絢音も状況をつかめず、困惑していた。
男がもう一度ノートを開くと、文字がぐにゃりと歪み、ページは真っ白に。
そこに黒い文字が浮かび上がった。
1.装置を起動せよ
「おおっ、やっと元に戻った!」
絢音は嬉しそうに声を上げた。
「……っ!」
次の瞬間、世界が激しいノイズに包まれた。
耳鳴りのような音が響き、映像が歪む。
「な、何が起こったの!?」
絢音は焦りを隠せない。
男は震える手でノートに書き殴る。
俺はXXX。絶対に、自分が誰かを忘れてはならない!
名前の部分だけは、乱れた筆跡で判別できなかった。
世界は崩れかけた映像のように点滅し、男は拳を握りしめ、力任せにスイッチを叩きつけた。
そして――世界がぐにゃりと歪み、回転を始める。
気づくと、男は街の中に立っていた。
スーツ姿で、ぼんやりと前を見つめている。
白く無機質な都市。行き交う人々。
「街……? でも、なんで誰の顔も見えないの?」
絢音ははっと気づく。通行人たちには“顔”がなかった。
:経費削減のモブ?
:記憶の持ち主が他人に興味ないから?
:ホラー展開!?
「うーん……どれなんだろう?」
絢音にも確信はなかった。
男は信じられないというように周囲を見回している。
「ここは……第三都市? そんなはずは……ここは俺の故郷のはずだろ……?」
「どういうこと? ここって一体どこなの?」
絢音の混乱は深まり、体調も悪化していく。頭がぼんやりしていた。
「違う……ここは博士の記憶じゃない……これは……俺の記憶……?」
男は何かを思い出したように、手の中のノートを開く。
2.家に帰る
「……帰る、か」
その言葉を反芻するように口にし、男は足を動かした。
辿り着いたのは、古びたアパート。
たどり着錆びついた手すり、剥がれ落ちた壁の塗装。だが、どこか懐かしい匂いがした。
「……本当に、俺の家だ……」
男は自然な動作でポケットから鍵を取り出し、扉を開ける。
:鍵まで持ってるのか?
:ますます分からん展開だ……
中は意外にも整っており、まるでつい最近掃除されたばかりのようだった。
「やっぱり……間違いない」
ローテーブルの上に置かれた一冊の報告書。
男はそれを手に取り、目を走らせる。
統計によると、現在人類の生活の九割以上がAIに依存している。
そして全AIを統括する終端システムは、まもなく自壊する予定である。
原因は単純だ。創造者はAIが人間を完全に支配するのを防ぐため、
自身の死後、すべてのAIが崩壊するよう設計した。
今回の任務の目的は、その創造者の記憶に潜入し、
終端の最高権限を取得、設定を書き換えることにある。
:これ現実でもありそうで怖い
:リアルすぎる設定だな……
「なるほど……でも、潜入したのは博士の記憶のはずだよね?
今見てるのは、まるで主人公自身の記憶みたい……?」
絢音が疑問を漏らす。
:混乱してきた……
:今、誰の記憶の中にいるんだ……?
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