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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
八作目『記憶墜落(メモリーフォール)』

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【絢音】そして、また落ちる

「はッ――!?」


 Yは弾かれたように目を覚ました。

 視界がぼやけ、天井の白がゆっくりと形を取り戻していく。

 気づけば、自分は簡素な一人用ベッドの上に横たわっていた。


 上体を起こすと、すぐ隣の机の上に一冊の灰色のノートが置かれているのが見えた。

 鏡に映るのは、軍服を着た青年――疲れきった表情を浮かべる、自分自身の姿だった。


「……さっき、何が……? 村が……燃えてた、よな……」


 絢音はまだ状況を整理しきれず、まるで現実味を確かめるように呟いた。


:もしあれが記憶なら、つまり……

:残酷すぎる……



 絢音がノートをクリックすると、画面に再び文字が浮かび上がる。


1.博士を探して会話せよ


「博士? でも、今回のキャラって軍人っぽいんだけど……?」


 首をかしげながらも、絢音はキャラクターを操作して部屋の外へと進む。


 今回のステージは、これまでよりも明らかに密度が高かった。

 行き交う研究員たち、巡回する兵士たち。まるで生きた軍事基地のようだ。


「戦争、いつになったら終わるんだろうな……」


 ポニーテールを結んだ白衣の実習生が、小さくため息をついた。

 そのあどけない顔に、絢音は「本当に成人してるのかな」と思わず心の中で突っ込む。


「博士を探してるの? なら、一番奥の研究室にいるはずだよ」

 警備の兵士が顎をしゃくって奥を示す。


 会話を重ねるうちに、今は敵国との戦争中であり、この施設が軍の研究拠点であることが明らかになっていった。

 研究が完成すれば戦争を終わらせ、世界を変えられる――そう信じて彼らは働いているらしい。


「うわ〜……絶対ロクな研究じゃないでしょ、これ」


:軍の研究がまともだった例、見たことないよな

:悪の組織フラグ立ったw


 そしてようやく、研究室の奥で博士を見つけた。

 白衣を羽織り、四角い眼鏡をかけた中年の男が、装置の前で黙々と作業を続けている。


「博士、来ました」


「ちょうどよかった。君も手伝ってくれ」


2.研究を手伝う


「データはあのUSBに保存してある。あれをこの端末に移してくれ」


 絢音は指示に従ってUSBを差し込み、データ転送を行う。

 博士は画面の数値を確認し、満足げに頷いた。


「うむ、完璧だ。では次に、機械を起動しよう」


 装置のパネルに無数の配線。

 今度は、色とりどりのコードを正しい順番に接続していくパズルが始まった。


「……なるほど、こういうタイプね」


 絢音が集中して操作していると、突然喉の奥がひりついた。


「ゴホッ、ゴホッ……し、失礼……」


 ミュートを押すのが一瞬遅れ、配信に咳が入ってしまう。


:大丈夫?

:風邪?


「大丈夫、ちょっと喉がイガイガするだけだから」


 絢音は少し息を整えて再び画面に目を戻すと、博士が喜びの声を上げた。


「成功だ! これで戦争は終わる!」


:展開早っw

:もう完成!?

:これは絶対ろくなことにならないやつ


「たしかに……でも、これ、誰の記憶なんだろう……?」


 絢音がそう呟いた瞬間、轟音が鳴り響いた。


 激しい振動とともに、キャラクターがよろめき倒れる。


「敵襲! 敵襲だ!」


 外では銃声と爆発音、怒号と悲鳴が入り混じり、世界が崩壊していくようだった。


 博士は急いで端末を操作し、小さな円柱形の装置を青年に手渡す。


「この中に研究のすべてが入っている。持って行け、早く!」


「博士は……?」


「私はもう一つのデータを持って別ルートで脱出する。

 だがもし捕まったら、そのデータは必ず破壊しろ。

 方法は――横のボタンを押して、合言葉を唱えるんだ」


「了解!」


3.データを持って、この場を脱出せよ


「とにかく、逃げるしかない!」


 絢音はキャラクターを操作し、燃え上がる基地を駆け抜けた。

 銃撃の光が視界を走り抜け、爆風が画面を揺らす。

 味方の悲鳴、敵の怒号――そのすべてが混じり合い、恐ろしいほどの臨場感を生み出していた。


 どれほど走ったのだろう。

 基地の姿が遠く霞んだ頃、青年はようやく足を止めた。


「はぁ、はぁっ……!」


 膝に手をつき、肩で息をしながら、彼は後ろを振り返る。

 その瞬間――背後の世界が黒い闇に呑み込まれ、音もなく崩れ落ちていった。


 そしてまた、次の記憶の層へ――静かに、深く、墜ちていく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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