【絢音】そして、また落ちる
「はッ――!?」
Yは弾かれたように目を覚ました。
視界がぼやけ、天井の白がゆっくりと形を取り戻していく。
気づけば、自分は簡素な一人用ベッドの上に横たわっていた。
上体を起こすと、すぐ隣の机の上に一冊の灰色のノートが置かれているのが見えた。
鏡に映るのは、軍服を着た青年――疲れきった表情を浮かべる、自分自身の姿だった。
「……さっき、何が……? 村が……燃えてた、よな……」
絢音はまだ状況を整理しきれず、まるで現実味を確かめるように呟いた。
:もしあれが記憶なら、つまり……
:残酷すぎる……
絢音がノートをクリックすると、画面に再び文字が浮かび上がる。
1.博士を探して会話せよ
「博士? でも、今回のキャラって軍人っぽいんだけど……?」
首をかしげながらも、絢音はキャラクターを操作して部屋の外へと進む。
今回のステージは、これまでよりも明らかに密度が高かった。
行き交う研究員たち、巡回する兵士たち。まるで生きた軍事基地のようだ。
「戦争、いつになったら終わるんだろうな……」
ポニーテールを結んだ白衣の実習生が、小さくため息をついた。
そのあどけない顔に、絢音は「本当に成人してるのかな」と思わず心の中で突っ込む。
「博士を探してるの? なら、一番奥の研究室にいるはずだよ」
警備の兵士が顎をしゃくって奥を示す。
会話を重ねるうちに、今は敵国との戦争中であり、この施設が軍の研究拠点であることが明らかになっていった。
研究が完成すれば戦争を終わらせ、世界を変えられる――そう信じて彼らは働いているらしい。
「うわ〜……絶対ロクな研究じゃないでしょ、これ」
:軍の研究がまともだった例、見たことないよな
:悪の組織フラグ立ったw
そしてようやく、研究室の奥で博士を見つけた。
白衣を羽織り、四角い眼鏡をかけた中年の男が、装置の前で黙々と作業を続けている。
「博士、来ました」
「ちょうどよかった。君も手伝ってくれ」
2.研究を手伝う
「データはあのUSBに保存してある。あれをこの端末に移してくれ」
絢音は指示に従ってUSBを差し込み、データ転送を行う。
博士は画面の数値を確認し、満足げに頷いた。
「うむ、完璧だ。では次に、機械を起動しよう」
装置のパネルに無数の配線。
今度は、色とりどりのコードを正しい順番に接続していくパズルが始まった。
「……なるほど、こういうタイプね」
絢音が集中して操作していると、突然喉の奥がひりついた。
「ゴホッ、ゴホッ……し、失礼……」
ミュートを押すのが一瞬遅れ、配信に咳が入ってしまう。
:大丈夫?
:風邪?
「大丈夫、ちょっと喉がイガイガするだけだから」
絢音は少し息を整えて再び画面に目を戻すと、博士が喜びの声を上げた。
「成功だ! これで戦争は終わる!」
:展開早っw
:もう完成!?
:これは絶対ろくなことにならないやつ
「たしかに……でも、これ、誰の記憶なんだろう……?」
絢音がそう呟いた瞬間、轟音が鳴り響いた。
激しい振動とともに、キャラクターがよろめき倒れる。
「敵襲! 敵襲だ!」
外では銃声と爆発音、怒号と悲鳴が入り混じり、世界が崩壊していくようだった。
博士は急いで端末を操作し、小さな円柱形の装置を青年に手渡す。
「この中に研究のすべてが入っている。持って行け、早く!」
「博士は……?」
「私はもう一つのデータを持って別ルートで脱出する。
だがもし捕まったら、そのデータは必ず破壊しろ。
方法は――横のボタンを押して、合言葉を唱えるんだ」
「了解!」
3.データを持って、この場を脱出せよ
「とにかく、逃げるしかない!」
絢音はキャラクターを操作し、燃え上がる基地を駆け抜けた。
銃撃の光が視界を走り抜け、爆風が画面を揺らす。
味方の悲鳴、敵の怒号――そのすべてが混じり合い、恐ろしいほどの臨場感を生み出していた。
どれほど走ったのだろう。
基地の姿が遠く霞んだ頃、青年はようやく足を止めた。
「はぁ、はぁっ……!」
膝に手をつき、肩で息をしながら、彼は後ろを振り返る。
その瞬間――背後の世界が黒い闇に呑み込まれ、音もなく崩れ落ちていった。
そしてまた、次の記憶の層へ――静かに、深く、墜ちていく。
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