【晴香】え?配信者はみんなそうなの?
ゲーム画面が切り替わり、真夏の太陽が照りつける空が映る。
そこからカメラがゆっくりと下へ移動し、灼けたアスファルトの道路が映し出された。
小野晴「ありがとうございます」
少女の声が響く。引っ越し作業を手伝ってくれた業者に礼を言っているようだ。
字幕には〈小野 晴〉という名前が表示されている。
「おお、ボイス付き!? びっくりした……主人公、晴ちゃんなんだ」
開幕からビビらせポイントが来るかと身構えていた晴香だったが、肩透かしのように突然の少女ボイスに心臓が跳ねた。
「この声……新人声優さんかな?」
聞き覚えのない声質に、晴香は少し首を傾げる。
同時に、以前 瞳から「声当ててみない?」と誘われたことを思い出す。もちろん“私は声優じゃないから”と丁重に断ったのだが。
「でも、声可愛いね」
隣の絢音が素直に感想を漏らす。
:確かに
:立ち絵も可愛い感じだな
全体的なグラフィックはアニメ寄りで、主人公の小野晴も清潔感のある美少女として描かれている。
「何かあれば、またいつでも呼んでくださいね」
業者が親切に言い残し、トラックは去っていく。
少女は汗を拭いながらアパートの入口へ向かった。
小野晴「2-3……っと」
アパートの階段を上がり、自分の部屋を見つける。引っ越しで扉が閉まりきっていなかったようだ。
「ん……? なんか視線、感じたような……」
振り返った晴が見たのは、閉まる扉の影だけだった。
:隣人かな?
:誰の視線なんだよこれ
この疑問は、そのまま晴香の胸にも突き刺さる。──これは間違いなくなんかの伏線だ。
部屋に入った小野晴。
まだ何もない空間に、〈本〉〈服〉などとラベルの貼られたダンボールが積まれている。
するとここで最初のミニゲーム、「部屋のレイアウト」が始まる。
家具やインテリアの種類は多くないが、色や模様を自由に選べ、配置も好きに決められるようだ。
「えっと、マイクは……紫にしようかな。琉璃ちゃん、ベッドって何色が良いと思う?」
「女の子なら、やっぱりピンクじゃない?」
「いいね、それで決まり!」
そんな風に二人でわいわい言いながら部屋作りを進め、ようやく配信部屋が完成する。
家具の設置を終えた主人公は、パソコンの前に座り込んだ。
小野晴「ネットも繋がったし……引っ越しでバタバタしてて、配信何日も空いちゃった。みんな元気にしてるかな……」
「琉璃ちゃんも、こういう不安ある? 私はまだ配信始めたばかりだから、よく分からなくて」
晴香が興味深そうに尋ねる。
「あるよ。あと、配信空けすぎると罪悪感も出てくる」
絢音は苦笑しながら続ける。
「だって、あれだけ応援してもらってるんだし、何か返さなきゃって思っちゃうんだよね」
:配信者の健康と幸せが一番の恩返しだよ
:そうそう、無理して配信する人もいるしな
:健康第一!
「そうなの?」
晴香は小首を傾げる。
:でもあさみちゃんはもっと配信していいよw
:確かにw
:あさみちゃんは心配いらないタイプ
「私は成熟した大人ですから、自己管理は完璧ですよ」
胸を張って自信満々に言う晴香。
「──よし、続きいこっか」
マウスをカチリとクリックし、ゲームは再び動き出す。
小野晴「みんなこんばんは〜、ハルです!」
画面内の銀髪美女が手を振りながら挨拶をする。
「本名そのままか! 適当すぎでしょ!」
自分も名前の浅海をもじっただけなのを完全に忘れている晴香に、横で絢音がクスッと視線を送る。
小野晴「ただいま〜! 引っ越し終わりました!」
:引っ越しお疲れ!
:おかえり〜
:久しぶりだな〜
視聴者と他愛もない話を交わし、しばらくして配信は締めに入る。
小野晴「じゃあ、今日の配信はここまで! みんな、おやすみ〜!」
コメント欄がクローズアップされる。
:おやすみ〜
:ゆっくり休んでね
──その瞬間、BGMがふっと途切れた。
:逃がさないよ
他のコメントと違い、その文字だけフォントが僅かに崩れ、血のような色で画面に滲む。
まるでコメントではなく、画面そのものに「刻まれた」かのように。
「ちょ、怖っ!! 誰よ、こんなコメントしたやつ!?」
晴香はビクッと肩を揺らし、こっそり絢音の様子を窺ってから、咳払いひとつで誤魔化して元の姿勢に戻る。
「こういうコメント、たまに見かけるよ。変なこと言うリスナーって一定数いるから」
経験豊富な絢音はあっさりと言う。
「えっ、現実にもいるの?」
:いるいる
:割と見る
:琉璃ちゃんの枠でも、たまに湧くよなw
「マジで!? 琉璃ちゃん、大丈夫なの?」
少し心配そうに見つめる晴香に、絢音はへらっと笑って肩をすくめる。
「大丈夫、実害ないから。──ほら、ゲームを続けましょう」
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