清水絢音の進撃
時計の針が、朝の九時半を指していた。
「よし、準備完了」
瞳は最後に鏡の前で服と髪型を整え、約束の場所へと向かった。
絢音の指定で、今日はあえて最寄りの駅前で待ち合わせをすることになっていた。
絢音が「ちょっとした儀式感がほしい」って言ってたからだ。
駅までは徒歩で約十分。正直、絢音の家とあまり変わらない距離だ。
「とにかく、駅前の……って、うそでしょ?」
瞳は遅れないようにと、三十分も早めに家を出たのに、すでに駅前には見覚えのある姿が立っていた。
二人の金髪の若い男たちが彼女の周りにいて、身振り手振りを交えながら何か話している。
「ラノベでもなかなか見ないような展開を、まさか現実で見ることになるなんて……」
瞳はそう呟きながら足早に近づき、片手で絢音の肩をそっと抱いた。
「すみません、俺の彼女に何かご用でしょうか?」
絢音の身体が一瞬こわばったが、瞳だと気づいてすぐに安心したように力を抜いた。
「もう、遅いよ」
絢音は瞳の手を軽く叩きながら、甘えるように言った。
「ちっ、なんだよ、彼氏いたのか。行こうぜ」
二人の金髪男はそれ以上絡むことなく、文句を言いながらその場を離れていった。
「大丈夫だった?」
男たちの姿が完全に見えなくなるのを確認してから、瞳は絢音の顔を見下ろした。
彼女は顔を赤らめ、声をかけられてやっと我に返ったようだった。
「うん、大丈夫」
「それならよかった」
瞳が手を離すと、絢音が小さく「あっ」と声を漏らした。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
少し距離を取ったことで、瞳はようやく絢音の全身を見渡せた。
白いフリル付きのブラウスに淡い緑色のミニスカート、黒いショルダーバッグを下げていて、清楚で爽やかな印象だった。
「うん、とても似合ってるよ」
以前結衣に教わったことを思い出して、瞳は頑張って褒めた。
「……ありがとう。瞳も似合ってるよ」
表情が崩れそうになるのを堪えながら、瞳は前回からあまり成長していない自分を少しだけ嘲った。
「せっかくだし、先に映画館に行こうか」
「うん、あ、ちょっと待って」
絢音が瞳を呼び止め、瞳は振り返った。
「手、つなごうよ」
「えっ?」
「さっきの二人にまた会ったら、面倒でしょ?この方が安心だから」
「そ、そうだね……じゃあ……」
少し無理のある理由だったが、瞳は慎重に手を差し出した。
絢音の手は少し冷たかったが、とても柔らかかった。
「何観たい?」
瞳は絢音の手を握りながら、首をかしげて聞いた。
「ちょっと調べてきたんだけど……この映画はどうかな?」
絢音が口にしたその提案に、瞳は少し驚いた。
それはいつも二人で観るホラーやアクションじゃなくて、流行中の恋愛映画だった。
「いいよ。じゃあ、チケット買おっか?」
カウンターで二人分のチケットを買った後、瞳が尋ねた。
「ポップコーンとドリンクも買う?」
「うん。でも、ポップコーンは二人で一つでいいかな」
「了解」
ポップコーンとドリンクを買って席に着くと、ポップコーンは二人の間に置かれ、繋いでいた手も、名残惜しそうにそっと離した。
「そろそろ始まるね」
映画が本編に入ると、二人は自然とスクリーンに意識を向けた。
物語は高校生同士の青春ラブストーリー。出会い、すれ違い、そして再会して抱きしめ合い、キスを交わす。
そんな展開だった。
瞳はふと絢音の横顔を盗み見た。
するとちょうど絢音も同じタイミングで瞳を見ており、目が合ってしまった。
「「あっ」」
慌てて瞳は視線をスクリーンに戻した。
映画が終わると、瞳は残っていたポップコーンを口に運びながら、ゆっくりと立ち上がった。
絢音も立ち上がり、自分の手元を見つめて一瞬ためらったが、何も言わなかった。
「行こう」
瞳がそっと手を差し出すと、絢音の顔がぱっと明るくなって、嬉しそうにぎゅっと握り返した。
映画館の外に出ると、少しまぶしい陽射しと、ポップコーンの香りがまだ鼻に残っていた。
「この後は、ランチ?」
「うん、ちょっと早いけど……一旦カフェで軽く何か食べよっか」
「いいね」
二人はカフェを探し、今回は瞳がいつもとは違う店を選んだ。
「コーヒーひとつと、あとこのセットで」
「紅茶と、あとパフェをお願いします」
席に着いた二人は、さっそく映画の感想を語り合い始めた。
「さっき再会したあの場面、愛し合ってる二人がまた出会えるって、やっぱりいいよね」
「うん。普段あまりこういう映画観ないけど、意外と悪くなかったかも」
「でしょでしょ〜」
二人は映画の細かいシーンについて語り合いながら、どこが一番好きだったかなどを楽しそうに話していた。
「お待たせしました。こちら、ご注文のお料理になります。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます」
ウェイターがテーブルに料理を置いていくと、瞳は自分のサンドイッチを指さして訊いた。
「ちょっと食べる?」
「うん、ありがとう」
絢音はそう言って一切れを手に取り、瞳も一切れを口に運んだ。一瞬、会話が止まり、それぞれ食事に集中する。
食べ終えると、絢音は嬉しそうにスプーンを手に取り、パフェを一口すくった。甘いものを口に含むたびに、彼女の表情がふわっと緩む。
「ん〜っ、おいしい……はっ!」
急に何かを思い出したように、絢音はスプーンですくったパフェをそのまま瞳の方に差し出した。
「ん? なに?」
「はい、あ〜ん」
絢音はニヤニヤしながらそう言った。
「えっ? な、なに? どしたの急に……?」
瞳は戸惑い、頬を赤らめながら訊いた。
「さっきサンドイッチもらったでしょ? これはそのお返し」
「いやいや、これ、恥ずかしすぎるって……」
「言わないでよ、私だって恥ずかしいよ!」
「じゃあやらなきゃいいじゃん……」
「うるさい、早く食べなさい。あ〜ん!」
顔を真っ赤にしながらも、絢音はスプーンをしっかり差し出した。
「ママ、あの人たちは何してるの?」
「しーッ!見っちゃだめだよ」
隣の親子の客から聞こえた。
「ほら、笑われてるってば、はやく!」
「……はいはい、あーん」
一口食べた瞬間、お互いの目を見られなくなって、
気まずいような、でもちょっとだけ嬉しいような沈黙が流れた。
食事を終えた二人は、カフェを後にした。
「このあと、どうする?」
自然と手をつなぎながら、絢音が首をかしげて訊ねる。
「うーん……ちょっと考えさせて」
瞳は内心のドキドキを必死に隠しながら、平静を装って答えた。
(やばい……このままだと、どこまで理性がもつんだろ……)
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