【鈴宮あさみ】世界最速でやりますよ!【配信事故】
浅海晴香は、ダウンロードバーが少しずつ進んでいくのを見つめながら、なんとも言えない表情を浮かべていた。
もともと落ち着いた性格で、氷のように整った美貌も相まって、彼女のことを知る人は皆、晴香を「大人っぽくて頼れるお姉さん」だと思っている。
そんな中――後輩の男子が、自分のために人気アップも兼ねてゲームを作ってくれた、という状況だ。
……この流れで「ホラーゲームは苦手です」なんて、言えるわけがない。
先輩としての威厳、そして何より、後輩たちにとってのイメージ。
それに今回は学弟だけではなく、自分の【娘】まで見ているのだ。
「長谷川くん……恨むわよ」
普段ホラー映画すら見ない晴香は、小さく毒づく。
――でも、先輩として泣き言を言うわけにはいかない。
だが自分の機転を褒めたい気持ちもあった。絢音を呼んだのは正解だ。
少なくとも、一人で恐怖に耐えることは避けられる。
コラボ配信にはいくつか方法がある。
遠隔でつなぐ、スタジオを借りる――だが今回選んだのは最もシンプルな手段。
絢音が晴香の部屋に来て、二人で並んで配信する、というものだ。
「そろそろ時間ね」
画面の時計を見た晴香が呟くと、ちょうどインターホンが鳴った。
ドアを開けると、青いトップスにジーンズ姿のポニーテールの少女が、ぱっと明るい笑顔で立っていた。
「晴香学姊、お久しぶりです!」
「絢音! ようこそ」
「これ、一緒に食べようと思って、ドーナツ買ってきました!」
「ありがとう。さ、中に入って」
二人はリビングでドーナツをつまみながらしばらく雑談して、晴香はスマホで時間を確認する。
「そろそろだね、行こうか」
「うん!」
晴香の配信部屋は書斎だ。
仕事と休憩、生活と配信――それらをきちんと分けたいという彼女なりのこだわりだった。
書斎に入り、機材とゲームの準備を最終確認する。
「じゃあ、始めるわよ?」
「大丈夫、いつでもいいよ!」
絢音の明るい返事を聞き、晴香は配信開始ボタンを押した。
画面中央に現れたのは、淡い水色のパーカーを着た銀髪の少女。
背景は薄紫色の書斎風ルーム。
「こんばんは、鈴宮あさみです」
:こんばんは
:待ってました!
「今回、このゲームを世界最速で配信できる栄誉をいただきました。
瞳中之景先生の厚い――厚いご厚意に、まずは感謝を」
その「厚意」という言葉の前に、わずかに間があったのは……きっと気のせいではない。
「そして今日、このゲームを一緒に遊んでくれる人を紹介します」
「こんばんは~、鈴宮琉璃です!」
:おお!琉璃ちゃん!
:こんばんは〜
:立ち位置がスタンドみたいなんだけどw
琉璃の立ち絵は半透明で浅海の背後に表示されている。
これは同時に二人を動かす機材がないため、むしろ演出として活かした形だ。
「操作は基本的に私、琉璃ちゃんは横からツッコミ担当、って感じでいくわね」
「任せて!」
画面がゲーム映像に切り替わり、浅海と琉璃は右下に小さく並んで表示される。
最初にお馴染みの猫ロゴが表示され、そのままタイトル画面へ。
真っ暗な部屋でパーカーの人物がパソコンに向かって座っている背中のシルエット。
その上に白い文字で――【配信事故】
「タイトルから既に配信者の心をえぐってくるんだけど……」
晴香が思わず苦笑する。
「確かに、配信者にとって“配信事故”は一番怖いもんね」
絢音も同意する。
「ゲームスタートはこれかな?じゃあ、始めましょうか」
晴香は「配信開始」のボタンを押した。
ゲームが始まると、まずはキャラクターメイキングの画面が表示された。
主人公の職業はVTuberという設定なので、冒頭で自分の見た目を設定できるようになっている。
「ここ、本当は自分のモデルをそのまま入れられるんだけど……今回はシステムを試したいから、新しいの顔をつくっていこうか」
晴香はそう言ったが、内心では“自分の姿でホラーゲームに放り込まれたくないから”というのが本音だった。うまく理由をつけて回避する。
「どれどれ……結構選べるパーツ多いな」
顔の形、体型、衣装、髪型、瞳の色など、選択肢が多すぎて少しだけ目がまわる。
「……よし、これでいこう」
最終的に、銀髪のクール系お姉さんVTuberが出来上がった。晴香は満足げに小さく頷く。
「これがママの新ビジュアル? めっちゃ可愛い!」
「褒めてくれてありがとう」
外見の設定が完了し、いよいよゲーム本編が始まった──。
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