七夜夢のスタッフチームは化け物か!?
最近、掲示板やSNSで名前を見かけるようになったゲームがある。
ジャンルはサンドボックス。
しかも、まだ体験版にすぎない。
――それなのに、天川社をはじめとするVTuberたちが配信で次々と取り上げ、一気に注目を浴びていた。
画面に広がるのは『瞳中之景』がいつも通りハイクオリティなドット絵。
そこにキャラクターたちの神秘的な雰囲気が重なり、プレイヤーの期待はいやがうえにも高まっていく。
【完成版に期待】
【今年一番楽しみなゲーム】
【金出すから早く作れ】
――そんなコメントが画面を埋め尽くす。
「瞳、見て見て! みんなすごい盛り上がりだよ!」
ベッドに腰を下ろした絢音が、スマホを掲げてはしゃいだ。
「はは……こりゃ下手なものは作れないな」
瞳は苦笑したものの、胸の奥ではじわりとプレッシャーが膨らんでいく。
枠組みを作り終え、ゲーム性が認められたと分かったその瞬間。
瞳はすぐさま七夜夢へ連絡を入れていた。
――一人で作るなら、どうあがいても数か月はかかる。
順調に進んだとしても、だ。
新入部員を勧誘するためなら、もはや手段を選んでいる場合ではなかった。
「ねえ瞳、完成版っていつ頃になりそう?」
最初のブロック版から、いまの綺麗な体験版まで遊んできた絢音は、期待を隠しきれない。
「……一か月後、かな」
「えっ、早っ!? ゲームってそんなスピードで作れるの!?」
大きな瞳がさらに丸くなる。
「七夜夢だからこそ、だな」
そう答えながらも、瞳自身が一番驚いていた。
小規模とはいえ、テスト込みで一か月完成など常識ではあり得ない。
――だが、黒崎さんに言わせれば。
「怪物」は七夜夢ではなく、短期間でフレームを組み上げた瞳自身なのだろう。
実際、七夜夢に任せているのは、ほとんどが瞳の仕様どおりの作業だ。
キャラクターデザインに至るまでラフを用意している。
熟練の制作チームどころか、大学生グループに投げてもそこそこの完成品ができるレベルだった。
「やった! 一か月後には遊べるんだ!」
「うん……でも新入生の勧誘シーズンには間に合わないな」
ため息をこぼす瞳。結局はチラシを刷って配るしかない、と考える。
「それは仕方ないよ。安心して、私も一緒に配るから!」
「……助かる」
そう言ってパソコンへ向き直ると、瞳は制作理念の整理に取りかかった。
出す時は完成品がまだないから、説得力は弱い。
それでも――やっておいて損はない。
「さて、何から書こうか……まずは題材の発想だな」
サンドボックスを選んだ理由。
なぜクトゥルフを題材にしたのか。
理由は単純だった。
サンドボックスはまだ作ったことがなく、挑戦してみたかった。
クトゥルフは――ただ、好きだから。
「いや、これじゃ……だめか」
瞳は眉をひそめ、書き直そうとする。
「そう? 私は瞳らしくていいと思うけどな。好きって、一番の原動力でしょ?」
絢音が身を乗り出し、興味津々で画面を覗き込む。
――「好き」
その一言に、ほんの少し心臓が跳ねた。
平静を装い、瞳は答える。
「まあ……間違ってはいないけど。でもこれじゃ、人を惹きつけられない気がする」
「ははっ、それは確かに」
瞳は数秒考え込み、現実的な分析へと切り替える。
ドット絵なら必要なリソースが少なく済む。
複雑なプログラムも不要で、素材も作りやすい。
テキストとデザインを固めれば、制作の難度は高くない。
そしてクトゥルフ。
確かにメジャーではないが、だがハマった者はコアなファンになる。
そこに【異化】を核としたゲーム性を組み込む。
供物を捧げれば捧げるほど、プレイヤーは邪神に近づき――
やがて怪物へと変貌し、神秘に抗う力を手にする。
けれど、知れば知るほど狂気に沈むのがクトゥルフの真骨頂。
だからこそ、クラシックなSAN値を導入した。
SAN値が下がれば、相応のデメリットが発生する。
「でも、細かく書きすぎるとネタバレにならないかな」
瞳は別の懸念を思いついた。
物語で後の展開を先にバラされるのが最悪なように、ここでも詳細を書きすぎれば遊ぶ気を削いでしまうかもしれない。
「推理小説の冒頭で犯人の名前に赤線引く感じ?」
絢音は首を傾げながら例を挙げた。
「いや、それは悪質すぎるだろ……」
瞳は思わず背筋がぞわっとした。
「じゃあ、どうするの?」
「うーん……発想の仕方とか、デザインのときに考えたこととか。そのあたりに絞るのがいいかな」
「ふむふむ、それは面白そう。普段なかなか知れないしね。ゲームデザイナーがどんなことを考えて作っているのかって」
「よし、じゃあこの方向で書いてみるか」
絢音に賛同され、瞳はやる気を増し、指をほぐして再びキーボードを叩き始めた。
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