今日の放課後、時間ある?君にちょっと話したいことがあってさ
ゲームが大ヒットしてから、もうしばらく時間が経った。
もし最初からこんな結果が出ていたら、瞳はきっと天にも昇るような気分で、舞い上がってたかもしれない。
でも、あの苦しい時期があったおかげで、今の瞳は地に足をつけて、自分をしっかり見つめ直すことができた。
「絢音にはちゃんとお礼を言わないとね」
ほとんど確信に近かった、絢音が「鈴宮琉璃」であるということは。
「でも、どうやって切り出そうか……」
絢音が自分からは何も言っていない以上、瞳の方からそれを口にするべきか迷っていた。
彼女はあくまで助けるために行動してくれただけで、もしかしたら秘密にしておきたいのかもしれないのだ。
悩みに悩んだ末、瞳はやはり絢音に正直に話すことを決めた。
あれだけ助けてもらっておきながら、何も知らないふりをするのは、かえって不誠実な気がした。
それに、ゲームでこれだけ稼げたのだから、せめて食事くらいはご馳走して、ちゃんとお礼をしたい。
元々、瞳は朝一で直接絢音に伝えようとしたが、
万が一、誰かに聞かれでもしたら──絢音に迷惑がかかるかもしれない。
だからこそ、放課後に二人きりで話す時間を作る必要があった。
そんな思いを胸に、瞳はスマホを手に長く文章を考えた末、ようやくメッセージを送った。
【放課後、時間ある?ちょっと話したいことがあって】
「!?」
スマホを見た絢音は、勢いよく立ち上がり、椅子が床に大きな音を立ててずれた。
「絢音ちゃん、大丈夫?」
近くのクラスメイトが心配そうに声をかける。
「はは、なんでもない。ただ、虫が急に出てきてびっくりしただけ〜」
絢音は照れくさそうに笑いながらそう答え、椅子に座る前にちらりと瞳を見た。
その視線には、驚きと少しの戸惑いがにじんでいた。
【いいよ】
返ってきたのは、たった一言のシンプルな返事だった。
それから瞳は時折、絢音の視線を感じるようになった。
顔を上げて何か聞こうとすると、絢音は赤くなってすぐに視線を逸らしてしまう。
「なあ長谷川、お前さ……今日、清水さんがずっとお前のこと見てない?」
佐藤までもが気づいたようで、こっそり耳元でささやいた。
「なんかやらかして、まだ謝ってないんじゃないの?」
「いや……心当たりはないけど……?」
瞳はしばらく考えてみたが、特に思い当たる節はなかった。
だが、絢音の様子はその後も落ち着くことはなかった。一日中どこか上の空で、仲のいい女子からも心配されるほどだった。
「絢音ちゃん、大丈夫?体調悪い?」
「大丈夫だよ、心配しないで。ただちょっと、考えごとしてただけ」
「何かあったら、ちゃんと言ってね?」
絢音は胸の前で両手を軽く振って、「大丈夫だよ」と笑顔を見せた。
放課後、校門を出たすぐに二人は合流した。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
少し緊張した面持ちの絢音が、素直に瞳の後ろをついていく。
そして二人が向かったのは、近くのカフェだった。
店内に入った瞬間、絢音はきょとんと首を傾げる。
「……カフェ?」
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」
若いウェートレスが注文を取り行ってきた。
「何でも好きなもの頼んでいいよ。今日は俺のおごりだから」
「えっ、じゃあ……紅茶でお願いします」
絢音は少し挙動不審にあたりを見回し、それから小さな声で答えた。
「俺も紅茶で。何か食べたいものはある?」
瞳も自分の飲み物を注文し終えると、絢音に尋ねた。
「ううん、大丈夫。……それより、お話って?」
だが絢音は、そんなことよりとばかりに、緊張した様子で尋ねた。
「おっと、いきなり本題に入るとは……」
瞳は緊張を隠すように、深く深呼吸をした。
これだけ親しいのに、こうしてちゃんと感謝の言葉を伝えるのは、なんだか照れくさい。
「この前は、助けてくれてありが……」
絢音は目をぎゅっと閉じ、大きな声で答えた。
「はいっ!……えっ?」
目を開けた絢音は、一瞬、瞳の言葉の意味がわからなかったようだった。
「……えっ?」
二人は顔を見合わせ、しばし沈黙。
瞳はちょっと戸惑いながらも、話を続けた。
「この前、君の配信見たよ。あれのおかげで、ゲームめっちゃ売れてさ」
「……あ、うん。おめでとう」
絢音の脳内でようやく状況が整理された。
彼女はそっと目を逸らし、ぼそっとつぶやく。
「なーんだ、そっちか……。てっきり、あの木偶がやっとデレてくれたのかと……思ったのになぁ〜……」
「え、何か言った?」
「べっつに!」
絢音はムッとしながら、少し怒ったように答えた。
「今日、あんたの奢りなんでしょ?」
「う、うん」
「じゃあ、一番高いスイーツを……二つで」
怒りと悲しみを食欲に変換した絢音は、スイーツをガツガツと食べ始めた。
食べる合間にも、ちらちらと睨むように瞳を見上げる。
「……やっぱり怒ってる?」
瞳はそっと前に差し出されたスイーツに視線を落としながら、探るように声をかけた。
「べつに」
「俺、なんかやらかした……?」
「怒ってないけど?」
そう言いながらも、絢音はじっと瞳を見つめたまま、
やがてふっと息をついて、どこか諦めたように微笑んだ。
「……もう、ほんとバカ。
でも……ふふ、よかった。売れて、本当によかったね」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もしよろしければ★★★★★とレビュー、それにブックマークもどうぞ!
励みになりますのでよろしくお願いいたします!