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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
六作目『異星の下:ラ=ライエの召喚』

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ゲームを考えるぞ

「どう説明すればいいかな」

瞳はくるりと椅子を回して、部室のパソコンを立ち上げると、手早くメモ帳を開いた。

カタカタとキーを叩く音が、静かな室内に小気味よく響く。


「とりあえず、一番基本的な体験版デモを作るつもりなんだ」


「ふむふむ」

絢音は目を輝かせながら瞳の隣に腰を下ろし、モニターを覗き込む。

画面に映る真っ白なメモ帳に、少しずつ文字が刻まれていく。



「グラフィックは最初は立方体と二次元タイルだけで十分。やっぱり大事なのはゲーム性だから。頭の中でどれだけ面白くても、実際に作ってみなきゃ検証できないしね」

瞳は考えながら、キーボードを叩く。


「なるほどね」

絢音も素直にうなずいた。


先ほど絢音に話したように、瞳が今回挑戦しようとしているのは――クトゥルフ題材のサンドボックスゲームだった。


「クトゥルフって、タコの顔した邪神が出てきて、怪物と狂人だらけの怖い話でしょ?」

絢音は人差し指を唇に当て、思い出すように答える。

「まあ、大体合ってるかな」


いわゆるクトゥルフ神話とは、狂気と絶望にまつわる物語。

そこに登場するのは土着の旧神や、宇宙の彼方から来訪した外なる神々。

人類と比べれば、その存在はあまりにも圧倒的で、触れるだけで正気を失いかねない。


「だから、このゲームの一番大事なコンセプトは“異形化”だよ。神に供物を捧げたり、神の領域に踏み込みすぎたりすると、SAN値――つまり理性が削られていって、外見までもが神の眷属、つまり怪物へと近づいていく」


「え、それって主人公が怪物になっちゃうってこと?」

絢音が首をかしげる。

「そう、その通り。でも、それが必ずしも悪いことじゃないんだ」

「どういう意味? “人間は脆すぎるから、いっそ人間やめます!”みたいな?」

絢音はそう言いながら、格好をつけてポーズを決める。

「正解。人間は本当に弱い存在だから、時には何かを犠牲にしないと力は得られないんだ」

「なんかカッコいいけど、ちょっと中二っぽいね」

「仕方ないよ、俺たちこういうのが好きなんだから」

瞳が笑うと、絢音も片目をつむって微笑み返した。

「うん、そうだね」


「さて、基本的なデモに必要な要素は何かな」

瞳はモニターに視線を固定したまま、指先を止めることなく打ち込んでいく。

画面に流れる文字は、彼の頭の中で形になりつつある世界そのものだった。


「まずは当然、フィールドだね。大地と海。土地はそんなに広くなくていい、100×100でいいか、海は50×50」



大地エリア:100 × 100


ブロックタイプ:砂、石、金属鉱石


地表:植物、水(湖/小川)


海洋エリア:100 × 50


ブロックタイプ:海水、海草


生物:魚(簡単なAIで自由に泳ぐ)


「……細かいね」

絢音はモニターに表示されたメモをのぞき込み、感心したように息を漏らす。


「地上にはプレイヤーキャラ1人と仲間2人。名前は……とりあえず仲間AとB」

「ちょっと適当すぎない?」

絢音は思わずツッコむ。幼なじみとして知っているが、瞳は本当にネーミングを考えるのが苦手だ。


「後で時間があればランダムネームを入れたり、プレイヤーに名前を付けさせてもいい。仲間Aの役割は、プレイヤーを導くガイド役だ」

瞳は気にせずに手を振った。

「ガイド?」

「チュートリアルを担当して、プレイヤーにできることを説明したり、ちょっとしたアドバイスをしたりするんだ。もし不運にも死んじゃったら、名簿の一番上にいる村人が引き継ぐ」

「仲間も死ぬの?」

「もちろん。この世界は危険だからね」

何しろここはクトゥルフの世界だ。人の命なんて風前の灯にすぎない。


シーンとキャラの設定が済んだら、次はゲームプレイの設計だ。


「基本的には採掘、採集、戦闘、建築が必要だね」

「結構ボリュームあるじゃん」


全部実装すれば、確かに絢音の言う通り時間がかかる。


「でも大まかなゲーム性を体験させたいから、一応全部形にしないとね。まずは一番基礎的な部分から」


瞳は少し考え、建築部分を削ぎ落として、壁、扉、設備の最低限だけ残すことにした。


「最初に必要なのはやっぱり部屋だね。形は自由でいい。密閉されていて、中にベッドが一つあれば成立」

「ベッドだけで家って言えるの?」

「じゃあ何が必要なの?」

「ゲーム機とは言わないけど、せめて家具くらいは欲しいよ」

「家具は後で追加する予定だから」


住居のほかに、作業場と祭壇がある。

作業場は装備や家具を作る場所だ。


「祭壇……」

絢音がその文字に目を止める。

「神と交信して力を得るための場所だよ」

瞳の声が、不気味に楽しげに響く。


「問題は戦闘だな……」

瞳は一度手を止め、天井を仰いだ。

蛍光灯の白い光が目にしみる。


「とりあえず、昼は探索。夜はモンスター襲撃――定番だけど、一番分かりやすい」


「時間システムを入れて、夜になったら敵が湧いてくる感じ?」


「そうだね。建物の中に隠れれば一応守れるけど、扉には耐久度を設定して、壊されれば突破される。仲間も一緒に戦ってくれる」


「なるほど……つまり仲間はガイド役であり、時には戦闘の助っ人にもなるってこと?」

「そんな感じだね。あとで他の役割も追加するかもしれないけど、今はまだ未定だ」


建物でモンスターの侵攻を防いだり、倒したりすれば素材が手に入る。

ただし難易度調整のために、序盤から大量にモンスターを出すわけにはいかない。

そこで瞳は、時間が経つにつれてモンスターが強く、数も増えるように設定することにした。


「……体験版のクリア条件は、うーん、十日間生き延びることにしよう」

「十日間って、現実時間で? ゲーム内時間で?」

「ゲーム内時間よ」

「えっ、十日だけ? 短くない?」

耐久が好きな絢音には、いまいち物足りないらしい。

「これはあくまでデモだからね」

瞳は苦笑した。

「……あ、そっか」

絢音は舌を出して、こつんと自分の額を叩く。


「――まあ、大体はこんな感じかな」

瞳はメモ帳の文章を見直してうなずくと、ファイルをメールに送り、デスクトップのメモ帳を消した。


「ずいぶん徹底してるね」

「ただの癖だよ。よし、帰ったらすぐ作業に入ろう」

構想が固まったことで、瞳の胸は高鳴り、もう部室にじっとしていられなかった。




「うん、じゃあ鍵閉めて帰ろっか」

絢音もゲーム機を電源を切って立ち上がる。


「なら、私も今日はこの辺で終わりにするかな」

絢音もゲーム機を片付け、二人で部室の鍵を閉める。


下校路を並んで歩き、やがて分かれ道に差しかかる。


「完成、楽しみにしてるからね!」

絢音が手を振る。


「任せて」

瞳も軽く手を上げて応えた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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