ゲームを考えるぞ
「どう説明すればいいかな」
瞳はくるりと椅子を回して、部室のパソコンを立ち上げると、手早くメモ帳を開いた。
カタカタとキーを叩く音が、静かな室内に小気味よく響く。
「とりあえず、一番基本的な体験版デモを作るつもりなんだ」
「ふむふむ」
絢音は目を輝かせながら瞳の隣に腰を下ろし、モニターを覗き込む。
画面に映る真っ白なメモ帳に、少しずつ文字が刻まれていく。
「グラフィックは最初は立方体と二次元タイルだけで十分。やっぱり大事なのはゲーム性だから。頭の中でどれだけ面白くても、実際に作ってみなきゃ検証できないしね」
瞳は考えながら、キーボードを叩く。
「なるほどね」
絢音も素直にうなずいた。
先ほど絢音に話したように、瞳が今回挑戦しようとしているのは――クトゥルフ題材のサンドボックスゲームだった。
「クトゥルフって、タコの顔した邪神が出てきて、怪物と狂人だらけの怖い話でしょ?」
絢音は人差し指を唇に当て、思い出すように答える。
「まあ、大体合ってるかな」
いわゆるクトゥルフ神話とは、狂気と絶望にまつわる物語。
そこに登場するのは土着の旧神や、宇宙の彼方から来訪した外なる神々。
人類と比べれば、その存在はあまりにも圧倒的で、触れるだけで正気を失いかねない。
「だから、このゲームの一番大事なコンセプトは“異形化”だよ。神に供物を捧げたり、神の領域に踏み込みすぎたりすると、SAN値――つまり理性が削られていって、外見までもが神の眷属、つまり怪物へと近づいていく」
「え、それって主人公が怪物になっちゃうってこと?」
絢音が首をかしげる。
「そう、その通り。でも、それが必ずしも悪いことじゃないんだ」
「どういう意味? “人間は脆すぎるから、いっそ人間やめます!”みたいな?」
絢音はそう言いながら、格好をつけてポーズを決める。
「正解。人間は本当に弱い存在だから、時には何かを犠牲にしないと力は得られないんだ」
「なんかカッコいいけど、ちょっと中二っぽいね」
「仕方ないよ、俺たちこういうのが好きなんだから」
瞳が笑うと、絢音も片目をつむって微笑み返した。
「うん、そうだね」
「さて、基本的なデモに必要な要素は何かな」
瞳はモニターに視線を固定したまま、指先を止めることなく打ち込んでいく。
画面に流れる文字は、彼の頭の中で形になりつつある世界そのものだった。
「まずは当然、フィールドだね。大地と海。土地はそんなに広くなくていい、100×100でいいか、海は50×50」
大地エリア:100 × 100
ブロックタイプ:砂、石、金属鉱石
地表:植物、水(湖/小川)
海洋エリア:100 × 50
ブロックタイプ:海水、海草
生物:魚(簡単なAIで自由に泳ぐ)
「……細かいね」
絢音はモニターに表示されたメモをのぞき込み、感心したように息を漏らす。
「地上にはプレイヤーキャラ1人と仲間2人。名前は……とりあえず仲間AとB」
「ちょっと適当すぎない?」
絢音は思わずツッコむ。幼なじみとして知っているが、瞳は本当にネーミングを考えるのが苦手だ。
「後で時間があればランダムネームを入れたり、プレイヤーに名前を付けさせてもいい。仲間Aの役割は、プレイヤーを導くガイド役だ」
瞳は気にせずに手を振った。
「ガイド?」
「チュートリアルを担当して、プレイヤーにできることを説明したり、ちょっとしたアドバイスをしたりするんだ。もし不運にも死んじゃったら、名簿の一番上にいる村人が引き継ぐ」
「仲間も死ぬの?」
「もちろん。この世界は危険だからね」
何しろここはクトゥルフの世界だ。人の命なんて風前の灯にすぎない。
シーンとキャラの設定が済んだら、次はゲームプレイの設計だ。
「基本的には採掘、採集、戦闘、建築が必要だね」
「結構ボリュームあるじゃん」
全部実装すれば、確かに絢音の言う通り時間がかかる。
「でも大まかなゲーム性を体験させたいから、一応全部形にしないとね。まずは一番基礎的な部分から」
瞳は少し考え、建築部分を削ぎ落として、壁、扉、設備の最低限だけ残すことにした。
「最初に必要なのはやっぱり部屋だね。形は自由でいい。密閉されていて、中にベッドが一つあれば成立」
「ベッドだけで家って言えるの?」
「じゃあ何が必要なの?」
「ゲーム機とは言わないけど、せめて家具くらいは欲しいよ」
「家具は後で追加する予定だから」
住居のほかに、作業場と祭壇がある。
作業場は装備や家具を作る場所だ。
「祭壇……」
絢音がその文字に目を止める。
「神と交信して力を得るための場所だよ」
瞳の声が、不気味に楽しげに響く。
「問題は戦闘だな……」
瞳は一度手を止め、天井を仰いだ。
蛍光灯の白い光が目にしみる。
「とりあえず、昼は探索。夜はモンスター襲撃――定番だけど、一番分かりやすい」
「時間システムを入れて、夜になったら敵が湧いてくる感じ?」
「そうだね。建物の中に隠れれば一応守れるけど、扉には耐久度を設定して、壊されれば突破される。仲間も一緒に戦ってくれる」
「なるほど……つまり仲間はガイド役であり、時には戦闘の助っ人にもなるってこと?」
「そんな感じだね。あとで他の役割も追加するかもしれないけど、今はまだ未定だ」
建物でモンスターの侵攻を防いだり、倒したりすれば素材が手に入る。
ただし難易度調整のために、序盤から大量にモンスターを出すわけにはいかない。
そこで瞳は、時間が経つにつれてモンスターが強く、数も増えるように設定することにした。
「……体験版のクリア条件は、うーん、十日間生き延びることにしよう」
「十日間って、現実時間で? ゲーム内時間で?」
「ゲーム内時間よ」
「えっ、十日だけ? 短くない?」
耐久が好きな絢音には、いまいち物足りないらしい。
「これはあくまでデモだからね」
瞳は苦笑した。
「……あ、そっか」
絢音は舌を出して、こつんと自分の額を叩く。
「――まあ、大体はこんな感じかな」
瞳はメモ帳の文章を見直してうなずくと、ファイルをメールに送り、デスクトップのメモ帳を消した。
「ずいぶん徹底してるね」
「ただの癖だよ。よし、帰ったらすぐ作業に入ろう」
構想が固まったことで、瞳の胸は高鳴り、もう部室にじっとしていられなかった。
「うん、じゃあ鍵閉めて帰ろっか」
絢音もゲーム機を電源を切って立ち上がる。
「なら、私も今日はこの辺で終わりにするかな」
絢音もゲーム機を片付け、二人で部室の鍵を閉める。
下校路を並んで歩き、やがて分かれ道に差しかかる。
「完成、楽しみにしてるからね!」
絢音が手を振る。
「任せて」
瞳も軽く手を上げて応えた。
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