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このゲーム、君に届けたい  作者: 天月瞳
番外編『狐の巫女』DLC

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長谷川くんさ、そういうことだぞ

先輩と別れたあと、午前中いっぱいを資料集めに費やした瞳は、机の上に高く積み上がった資料を見て、少しばかりの達成感を覚えた。


「よし、こんなもんかな……先輩、まだいるかなぁ?」


資料でいっぱいになったリュックを背負い、帰る前に浅海先輩へ挨拶しようと歩き出す。


元の席には、午前中とほとんど同じ姿勢で本を読んでいる浅海先輩の姿があった。


「先輩」


「ん? 長谷川くん、まだいたのね」


浅海先輩は少し驚いたように顔を上げた。



「そろそろ帰ろうと思って、その前にご挨拶を」


「そうなの」


「それじゃあ先輩、そろそろ帰りますね」


「ん? ああ、ちょっと待って。私もちょうど終わったところ。一緒にご飯でもどう?」


浅海先輩は机の上の本やノートを片付けながら、瞳を呼び止めた。


「ご飯ですか? ……はい、いいですよ」


瞳は少し驚いたが、断る理由もなかったので素直に頷いた。




ファミリーレストランに入り、席に着くと浅海先輩が口を開いた。


「この前はご馳走になったから、今回は私が奢るね」


そこでようやく瞳は、彼女の意図に気づき、苦笑しながら返した。




「ありがとうございます、先輩」




それぞれ料理を注文し、料理が来る前に二人は雑談を始めた。




「長谷川くん、この前出した新作ゲーム、遊んでみたよ。なかなか面白かった」


「お褒めいただき、ありがとうございます」


「でもさ、ひとつ聞きたいことがあるんだけど」


「どうぞ」


「このゲーム、難しすぎない?私、最高でもBランクしか取れなかったよ」


浅海先輩は不満げに眉をひそめながら言った。


「先輩が設定した難易度は?」


「ノーマルだよ」


「なるほど。まあ、音ゲー未経験の人なら、それくらいが一般的です」


実は難易度は調整済みで、ノーマルは同類の音ゲーの中ではむしろ簡単な部類なのだが、瞳はそれを言えなかった。




「そうか、やっぱり私が慣れてないだけか…あ、ごめん、本当に聞きたかったのは別のことなの」


「……どうぞ?」


「今回のボイス、なんで絢音ちゃんじゃなかったの?何かありました?」



浅海先輩は、少し疑問と不満を混ぜた表情で、絢音のために問いかける。

前に見た二人の距離感からして仲は良さそうだったのに、ヒロインは絢音じゃなかったのは意外だった。


「いや、最初は絢音に声をかけたんだけど、どうしても断られてしまって…だから他の人に頼んだんだ」


瞳は苦笑して答えた。


「そうなんだ。てっきり何かトラブルでもあったのかと思ったよ」


浅海先輩は安心したように胸を撫で下ろした。




「何もなかったよ。なんでそんなふうに思ったの?」


瞳は不思議そうに尋ねた。




「知らなかったの?最近、Vtuber界隈でちょっと過激なファンが問題を起こしてて、ニュースにもなってるんだよ」


「ニュースで見たことはあるかも」


「絢音ちゃんにもちゃんと気をつけるように言ってあげてね。『ガチ恋勢』の行動って、時には本当に危ないから」


「ガチ恋勢って?」


瞳は聞き慣れない言葉に首を傾げた。




「アイドルのファンみたいに、自分の“推し”と付き合いたいとか、中には“自分が相手の恋人だ”って思い込んでる人もいるんだよ」




「そんな人たちがいるんですね…。でも、先輩、詳しいですね?やっぱりお仕事関係ですか?」




「まあ、それもあるけど……実はね、私もちょっとやってみようかなって考えてるの」


浅海先輩はふっと笑って、その仕草がどこか恥ずかしそうで頬に指を当てた。






「えっ、先輩もVtuberに……? 忙しいのに、そんな余裕あるんですか?」


驚きとともに、瞳は思わず聞き返す。



(だからこそ、Live2Dの勉強してるって言ってたんだ……)

心の中で、ひとつ謎が解けた気がした。


「もちろん、本業の片手間で……ほら、最近すごく流行ってるじゃない?」


浅海先輩は視線をテーブルに落としながら、少しだけ声を低くした。




「別に事務所に入るつもりはないよ。個人でやってみて。宣伝にもなるし、活動の幅も広げられる、大学の研究にも役立つから」




「なるほど……でも、先輩はすごく綺麗だし、普通に配信者やればもっと人気出るんじゃないですか?」


瞳は浅海先輩を見つめながら、つい本音が漏れてしまった。




「うぅ…長谷川くんって、女の子にそんなこと、よく言うの?」


浅海先輩は少しのけ反り、頬を赤らめた。

追いかけてくる人は多かったが、こんなに真正面から褒められたことはあまりなかった。




「え?はい。……変なこと言ったかな?」


瞳は首を傾げる。その表情は、まったく悪気のない純粋そのものだった。






「…自覚ないんだ……」


浅海先輩は小さく息を吸い込み、ぽつりと呟いた。






「お待たせいたしました。こちら、ナポリタンとA定食でございます」


その時、店員が料理を運んできた。


「熱いのでお気をつけくださいませ」


「ありがとうございます」


二人はそれぞれ礼を言い、料理を食べ始めた。




食事を終えた二人は、大学生活や絢音の日常について、もう少し雑談を続けた。




「今日はごちそうさまでした、先輩」


瞳は軽く頭を下げて礼を言う。


「うん、気をつけて帰ってね」


浅海先輩も微笑みながら頷いた。


「はい」



瞳が家に帰ろうとしたとき。




「ねえ」


浅海先輩が、ふと瞳を呼び止めた。




「はい?」




「ちょっと余計なお世話かもしれないけど……彼女がいる人は、あんまり他の女の子を褒めすぎない方がいいよ。誤解されやすいから」




「え?俺、彼女なんていませんけど」




「えっ?じゃあ……絢音ちゃんは?」




「幼なじみですよ。昔からの」




「うそ……あの関係で、まだ付き合ってないの?」


浅海先輩は、信じられないと言いたげにぽつりと呟いた。




「先輩、今なんて?」




「……なんでもない。とにかく、気をつけなさいってこと」


彼女はややそっけなくそう言って、目をそらした。


「いつか刺されでも文句言えないよ」」




「え、あ、はい……」


瞳はよくわからないまま頷いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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