図書館の美人先輩
高二に進級して、瞳が最初に直面した問題は――。
「この結果は予想していたけど、まさかここまで酷いとはね……」
瞳は苦笑しながらモニターを見つめた。画面には、自分の最新作【灰燼から燃え上がる天使の歌】の販売成績が表示されていた。
個人開発者としては悪くない売上で、評価も結構良かった。
長い目で見れば、回収できる可能性もゼロではない。
だが、天川社所属のVTuberを声優に起用し、楽曲のライセンス費用まで加味すると、まさに「大赤字」そのものだ。
「まあ、これも一つの教訓だよね。後悔はしてないけど」
瞳は早くも次のゲームについて考え始めた。
大規模な開発はまず除外、そして今回は本当にボイスは使えない。
さすがに連続の大赤字は避けたい。
「結局、また小規模な作品だな……ん? なんかデジャヴを感じるぞ、前回も同じこと言ってたような……?」
「いやいや、同じ轍は踏まないぞ」
瞳はぶんぶんと頭を振り、再び思考に集中した。
小規模なインディーゲームなら、瞳が以前作った『退院』は、その条件にぴったりだった。
「じゃあ、『退院』みたいなゲームをもう一回作るか?」
(でも、あんまり同じようなゲームばかり作りたくないんだよな……)
「うーん……とにかく、まずは物語から考えよう」
そう、瞳のゲーム作りはほとんどいつもここから始まる。
「何か良いインスピレーションがないかな……」
瞳はノートを開き、そこには数多くのアイデアや発想が書き込まれていた。
「うーん……図書館に行って、何かヒントを探してみるか」
瞳は軽装に着替え、リュックを背負って出かけた。
市内には比較的大きな図書館があり、瞳はそこによく通っている。
「いい天気だな」
瞳は空を見上げた。夏の太陽がまぶしく輝いているが、その分、汗がにじむほどの暑さだった。
「ふぅ……生き返った」
冷房の効いた図書館に入り、瞳はほっと息をついた。
「さて、どこから始めようかな」
周囲を見渡し、まずは映像作品関連の設定資料集を探してみることにした。何かインスピレーションが得られるかもしれない。
「おお、さすが大型図書館。こんな本まであるのか?」
瞳の目が一気に輝いた。これが図書館特有の魔力なのかもしれない。
来るたびに、つい予定外の興味深い本を見つけてしまい、本来探すべきものを忘れてしまう。
「現代ホラー映画の傑作紹介か。これは面白そうだな」
瞳は興味津々でページをめくっていく。
「これは見たことある。あ、これは名前だけ聞いたことあるな。今度見てみようか。はっ!?」
読み進めているうちに、ふと我に返った瞳は慌てて顔を上げた。
「やばい、罠にかかった……」
自業自得ではあるが、幸い瞳は元々の目的を思い出し、本を閉じて気を取り直す。
「やっぱり借りて帰ろう」
立ち上がると、今度こそ設定集を探しに向かった。
「ん?」
隣のテーブルに、どこかで見たことのある顔があった。
黒髪の若い美女。右目の下には印象的な涙ボクロ。
声をかけるべきか、そっとしておくべきか迷っていると――。
「あら、長谷川くん。久しぶりね」
黒髪の女性が視線に気づき、顔を上げて瞳を見た。
黒のワンピースを着たその女性は、知的な美しさに満ちていた。
「浅海先輩、お久しぶりです」
「本当に偶然ね。長谷川くん、どうしてここに?」
浅海先輩は自分の額を軽く叩いた。
「って、図書館に来たなら、もちろん本を探しに来たんだよね」
「はい、資料探しに来たんです」
「またゲーム制作のため?」
「そうですね。新作に参考になりそうなものを」
「また新作? 本当に熱心ね、長谷川くん」
浅海先輩は感心した様子で言った。
「はは、それが趣味みたいなものですから。浅海先輩は何を?」
「私は? 大学のレポート用の資料を調べてるの」
よく見ると、浅海先輩の前には美術関係の本が山積みになっていた。
「大学……先輩って、まだ学生だったんですか?」
瞳は少し驚いた。
「なによ、私、そんなに老けて見える?」
浅海先輩の表情がわずかに曇り、瞳は自分が地雷を踏んだことに気づいた。
「いえ、違います! 全然そんなことは……ただ、もうそんなに有名な先生なのに、てっきり社会人だと……まさか学生とは思いませんでした」
瞳は慌てて弁解した。
「口うまいわね」
浅海先輩は「ふん」と鼻を鳴らし、瞳の失言を許した。
「先輩は美術学科なんですか?」
「そうよ」
名の知れた有名大学の名前を聞き、瞳は思わず感嘆の声を漏らす。
「さすが先輩……この資料は全部、研究のためですか?」
瞳は机の上に積まれた大量の資料を見ながら尋ねた。
「一部はそうね」
「美術学科って、どんなことを学ぶんですか?」
「そうね、興味があるなら教えてあげるわ」
浅海先輩は、自分が現在取り組んでいる研究テーマについて簡単に説明した。
「ただ、今は個人的にLive2Dに興味があってね」
「Live2Dって……VTuberを作るときの、あれですか?」
「そう。あなたも知ってるでしょ、私はVTuberのキャラデザを請け負ったことがあるけど、モデリングは他のスタッフに任せてるの」
「なるほど」
「だから、自分でも一通りできるように学んでみようと思って」
少し雑談を交わした後、浅海先輩がスマホを取り出した。
「そういえば、まだ連絡先交換してなかったわよね」
「えっ、いいんですか?」
「大丈夫よ。絢音ちゃんと仲がいいなら、まあ、信頼できるってことよね」
連絡先を交換した後、浅海先輩はにこっと笑って言った。
「これで連絡しやすくなったね。もし何か依頼があったら、気軽に声かけてね」
「はい、ありがとうございます!」
「でも、変なこと送ってきたら、絢音ちゃんに全部チクるからね?」
「絶対しませんよ、そんなこと!」
「ふふっ、ちょっとからかっただけ」
浅海先輩はウインクをひとつしてみせた。
冷静知的な顔が少し小悪魔的な表情することを、、瞳は思わず心臓が高鳴った。
「じゃあ、私はレポートの続きをするから」
「はい、ではまた」
瞳は軽く会釈して、その場を後にした。
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