間奏
夜更け、部屋にはモニターの光だけが淡く灯っていた。
瞳はパソコンの画面に向かって、いつもなら制作画面が映っているモニターに、今夜は見慣れないホラーゲームが映っていた。
珍しく、自分のゲーム作りではなく、プレイに専念していた。
とはいえ、「ゲームをプレイする」より、他人のゲームを研究していた。
でなければ、ノートを取りながらゲームなんてしないはずだ。
今プレイしているのは、話題のインディーホラーゲームだ。
次のゲームで参考になりそうなと考えながら。
「うんうん、こういう場所に鏡を配置すれば、視線誘導でプレイヤーの注意を集められるな……」
瞳は真剣な表情で、さっき自分が驚かされた場面をメモしていた。
前作『退院』にも鏡を使ったことはあったが、このゲームの使い方はまったく異なっていた。
まずは注意を引きつけ、恐ろしいBGMで緊張感を高める。
そして一呼吸置き、「なんでもなかった」という錯覚で油断させ――後ろを向いた瞬間、鏡が割れる。
ホラーゲームは好きだが、瞳は絢音と同じく、いわゆるジャンプスケアは得意ではなかった
それでも、その効果は否定できなかった。
「お兄ちゃん、今ちょっといい?」
ドアの外からノックの音と共に、聞き慣れた声が響く。
「いいよ」
瞳はゲームを一時停止し、結衣が入ってくるのを待った。
結衣は一回り大きめのTシャツを着て部屋に入ってきた。
洗いざらしで少し色あせた胸元には、青い有名ゲームキャラがプリントされている。
「ん?それ、俺のTシャツじゃない?」
瞳は一目で自分の服だと気づいた。
「そうだよ。このキャラ、私もけっこう好きだし」
結衣は素直に認めた。
「それに、ちょっと大きめのTシャツってパジャマにちょうどいいから、借りてた」
「そういうもんか、別にいいけど。それで、どうしたの?」
瞳は特に気にする様子もなかった。
こういうことは今に始まったことではないし、家族ならよくあることだ。
「そうそう、あのね、弥紗がお兄ちゃんの新作、ちょっと聞きたいことがあるってさ」
「うん、何かな?」
瞳は弥紗が『灰燼から燃え上がる天使の歌』を配信していることを知っていた。
「真エンドってあるの? それと、どんな要素がエンディングに影響するのかって聞いてた」
「真エンドあるよ。そうだな……選ぶ曲や会話の選択肢も影響するし、あと全部の演奏でSランクを取らないとたどり着けない」
「けっこう厳しいね」
「だからストーリーモードも用意したんだよ。ストーリーだけ体験したい人向けに」
「なるほどね。じゃあ、後で弥紗に伝えとくね。ところでお兄ちゃん、今何してるの?」
結衣はパソコン画面と机の上のノートを覗き込んだ。ホラーゲームだと気づくと、少し顔をしかめた。
「まさか次のゲームもホラーなの?」
「いや、それはまだ決めてない。今はちょっと充電中って感じ。インスピレーションをためてる最中かな」
「お兄ちゃんもインスピレーション必要なんだ。工場みたいにボタン押せばゲームが出てくるって思ってた」
一年で五本も作っちゃう化け物みたいなお兄ちゃんにも、そんな時期があるとは、結衣は少し驚いた。
「そんな風にできたらいいけどね。残念ながら無理だよ。まずは取材をしてから、どんなジャンルにするか決めようと思って」
「で、最初の参考がホラーゲームってわけ?」
「うん、何か問題ある?」
結衣は瞳を見つめ、大きくため息をついた。
「何よ?」
「お兄ちゃん、青春真っ盛りの男の子なんだから、もっと明るいゲームとか、彼女作るとかしなよ」
「話の方向変わりすぎだろ。先に言っとくけど、もしお前が彼氏作るなら、俺のチェック通らないと許さないからな」
瞳は警戒するように言った。
「シスコンじゃん、まったく……今の同年代の男の子って子供っぽいし、それに彼氏を作りたいと思ったことまだないよ。今はお兄ちゃんのこと聞いてるの」
「俺?」
「絢姉とはどこまで進んだの?それとも、他に気になる子がいるとか?」
結衣は興味津々で聞いた。
「進展ねぇ……どうなんだろうな」
瞳は少し歯切れの悪い返事をした。
公園で告白した日のことが、ふと思い出された。
夕日に染まる彼女の笑顔。
あれは、世界で一番美しい光景だった。
「あるっちゃあるし、ないっちゃないって感じ?」
瞳は少し恥ずかしそうに天井を見上げながら言った。
「それってどういうこと?」
結衣はさらに聞きたそうに身を乗り出したが、瞳は目をそらして答えた。
「うーん……今は内緒で」
「けち!」
結衣は口をとがらせて文句を言った、でも二人の間に何があったのは察した。
(やっぱり絢姉を相手にするには、敵が強すぎる。でも負けないでね!弥紗ちゃん)
結衣は心の中で、親友の弥紗にそっとエールを送った。
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