プロローグ
朝の通学路、桜の花びらが舞い散っていた。
長谷川瞳はゆっくりと歩いていた。今日は始業式。
そして、瞳が正式に高校生になる日でもある。
学校に近づくにつれて、同じ制服を着た生徒たちがだんだんと増えてきた。
瞳は少し緊張しながら、生徒たちが集まっている掲示板の前に向かい、自分のクラスを確認する。
一組の中に自分の名前を見つけてほっと息を吐いた後、、ふとある名前に視線が止まった。
一瞬立ち止まった後、静かに踵を返し、自分のクラスへと向かった。
教室にはすでに何人かの生徒がいて、三、四人のグループでおしゃべりをしている。
瞳は自分の席を見つけ、静かに腰を下ろした。
「よう!こんにちは」
隣の席から声がかかる。振り返ると、茶色の髪をした少年がにこやかに片手を上げていた。
小麦色の肌に口元の笑み。なぜか、どこか軽薄そうな印象を受ける。
「こんにちは」
瞳も軽く会釈して返す。
「俺、佐藤信。」
「長谷川瞳です。」
佐藤と名乗った少年は周りを見渡し、少しいやらしい笑みを浮かべた。
「聞いてくれよ。今朝、登校中にチェックしたんだけど、この学校、可愛い子多いぞ」
「うん……それが?」
瞳は少し戸惑いながら問い返す。
「『それが!?』だと?」
佐藤は信じられないというように瞳を見つめた。まるで未知の生物を見るかのように。
「思春期の男子が『それが?』って……ありえないだろ!」
「いや、たとえそうでも、だからどうしたの?」
「マジかよ……マジで変わってんな、お前」
「そう?」
佐藤が長々と語ろうとしたその瞬間、中年の男性教師が教室に入ってきた。
「静かに。私は君たちの担任だ。みんな、まずは黒板の名簿に従って席についてくれ」
生徒たちは順に名前を確認し、それぞれの席に着いていく。
瞳の席は教室の右側、一番後ろの窓際だった。
「これはもう運命だな。友達になろうぜ」
隣には先ほどの佐藤が座っており、にこにこと声をかけてきた。
瞳は微笑んでうなずく。
「よろしく」
「おう、任せとけって!」
教師は教室を見回し、全員が揃っているのを確認した。
「では、自己紹介を始めよう。右前の席から順番にな」
生徒たちは順番に立ち上がり、自己紹介をしていく。
やがて、ポニーテールの少女が立ち上がった時、教室が一瞬静まりかえり、すぐにささやき声が飛び交った。
「おい、見てみろよ。めっちゃ可愛い子だぞ」
佐藤が小声で言う。
「うん、そうだね」
瞳は複雑な表情でその少女を見つめながら、うなずいた。
「清水絢音です。永裕中学校から来ました。ゲームが好きです。よろしくお願いします」
少女が話し終えると、教室中から一斉に拍手が起こった。
その後も、生徒たちが順に自己紹介をしていく。
「おっ、俺の番だな!」
佐藤は自信満々に立ち上がり、大声で言った。
「佐藤信です!彼女募集中!興味ある人は直接声かけてね!」
教室は一瞬沈黙し、特に女子たちの冷たい視線が佐藤に注がれる。
その横で、瞳は居たたまれない気持ちになっていた。
しかし当の佐藤は、自信満々の表情のままだった。
「こほん……はい、次の人」
そして、最後に瞳の番が来た。彼は立ち上がって自己紹介をする。
「長谷川瞳です。永裕中学校出身です。よろしくお願いします」
「ん?長谷川、お前、さっきの美人さんと同じ中学なのか?」
「うん、そうだよ」
瞳は苦笑しながら答えた。
実際、二人は小学生の頃からの幼なじみだったが、絢音の迷惑になると思い、それは言わなかった。
もともとはとても仲が良かったが、中学三年になった頃から、急に距離ができ始めた。
よく一緒にゲームをして遊んでいた絢音は、ある日を境に忙しそうになり、
何度か誘っても、何かと理由をつけて断られるようになった。
ちょうど瞳自身もやりたいことがあり、そんなやり取りが続くうちに、次第に連絡も減っていった。
瞳は気になってネットで調べてみた。
思春期を迎えると、異性の友人と疎遠になるケースは少なくないようだ。
漫画や小説でよくある話がどこまで本当かは分からないが、
今、二人の関係が以前のようではないのは、間違いなかった。
「これが“成長”ってことなのかな……」
瞳は小さく呟いた。
だけど、瞳は気づいていなかった。彼を静かに見つめる視線があったことに。
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