波乱の予感
突然現れた結衣に、二人は同時に驚いて立ち上がった。
結衣の視線は瞳と弥紗の間を行き来し、驚きの色を浮かべている。
「ちょ、ちょっと待って! 結衣ちゃんが思ってるようなことじゃなくて、私と先生はただ……っ!」
「先生?」
結衣の視線が瞳に止まり、首をかしげる。
「これは、どういうプレイなんですか?」
「結衣ちゃん……!」
焦った弥紗が慌てて説明しようとするが、瞳が右手を差し出してそれを制した。
「からかわないで、結衣」
瞳は苦笑しながら、結衣の額に指を伸ばし、ツンと軽く突いた。
「あぅ、バレちゃった?」
結衣は口にしていたアイスキャンディーを引き抜き、「てへ」と舌を出して笑った。
「一体どこでそんなこと覚えたのよ……」
弥紗は少し羨ましそうに、その様子を見つめていた。
「ふふっ、私ね、前からお兄ちゃんが新しいゲーム作ってるの知ってたんだ。ていうか、それを弥紗ちゃんに教えたの、私だし。言わなくても分かるよ~」
その一言に、弥紗はほっと胸をなでおろした。
「それで、弥紗ちゃんは今、ボイス収録してるの?」
「ううん。ただのテストプレイだよ。うち、録音できる設備なんてないし」
「お兄ちゃんが簡単な録音機材、用意してみたら? そのうち役に立つかも」
「一理あるね。あとでちょっと調べてみるよ」
瞳は納得したように頷いた。
「じゃあ弥紗、そのまま続けていいよ。私は横で見てるだけだから」
結衣は当然のようにベッドの端に腰を下ろす。
「気をつけてね。ベッド、汚さないでよ」
瞳は結衣の手に持たれたアイスを見て、つい口を出した。
「大丈夫、大丈夫。ちゃんと気をつけてるから」
弥紗は再び席に戻り、ゲームを再開した。
「これ、前に私がテストしたときより、完成度上がってない?」
しばらくプレイを見ていた結衣が、興味深そうに尋ねる。
「もちろん。素材は随時更新して入れ替えてるし、あとはアイテムのモデリングだけかな。ボイスと曲の契約がまとまれば、すぐにプラットフォームでテスト配信できるよ」
「ボイスと曲って、いちばん大事なところじゃん」
「うん、ちょっと楽観的すぎたかもね……」
瞳はそう言って、苦笑いを浮かべた。
もともと何とかなるだろうと楽観していたし、少なくとも楽曲の使用許可くらいは簡単に取れると思っていたが、今回は痛い目に遭った。
「やっぱり、もっとしっかり準備しておかないとね」
テスト版のプレイ時間はそれほど長くなく、途中での会話や弥紗がヒロインのセリフ読み上げを含めても、約一時間ほどで終わった。
「どうだった?」
瞳の問いかけに、弥紗は少し考えてから答えた。
「うん、全体的にすごく遊びやすかったし、導線も自然。あまり考え込まずにスッと入れる感じ。それに、ヒロインがすごく可愛いし、猫もね」
「ありがとう。改善したほうがいいところはある?」
「このデモのシナリオって、ここまでで終わりなの?」
「そうだね。本編の第一章の冒頭まで進む予定。出会いのあと、次のイベントに入る前に、メインノードと自由探索パートが入る感じかな」
「それはちょうどいい構成かも。ゲーム全体の雰囲気がちゃんと味わえるし、自分に合ってるかどうか判断しやすいね、私的には物足りないけど、デモとしてはちょうどいい」
「そうか、それならよかった」
瞳が弥紗のゲームに対する感想をメモし終えると、弥紗は結衣の方をちらりと見た。
「それじゃ、今日はお邪魔しました。結衣ちゃんも、また今度で遊ぼうね」
「うん、夜にでも、また通話しよっか」
そう言って、結衣も弥紗と一緒に瞳の部屋を出た。
玄関先まで見送りに来た結衣が、ふいに口を開いた。
「弥紗ちゃん」
「はい?」
「まあ、たぶんないと思うけど、一応聞いておこうかなって」
「えっ、何のこと?」
「弥紗ちゃん、もしかしてお兄ちゃんのこと……好きになったりしてないよね?」
「……え?」
弥紗は一瞬フリーズし、その言葉の意味を理解した瞬間、顔を真っ赤に染め、胸の前で両手をバタバタさせながら、震える声で答えた。
「そ、そんなことないよ!? せ、先生にそんな気持ちなんて、あるわけないしっ。ただ、ただゲームをあんなに作れるのがすごいなって、尊敬してるだけだから!」
その反応があまりにも可愛くて、結衣は思わず吹き出し、弥紗の肩をぽんと抱いた。
「大丈夫、私は反対しないよ?」
「ち、違うってば……!」
「はいはい。でもね、一つだけ言っておくよ」
「な、なに?」
「もしあの鈍感男を本気で落とすつもりなら、かなり手強いライバルがいるからね?」
「て、手強いライバル……?」
「ふふっ、情報提供はここまで。これ以上話すのはフェアじゃないからね」
そう言って結衣は弥紗から手を離した。名残惜しそうに「えっ……」と声を漏らす弥紗。
「じゃあ、弥紗ちゃん、応援してるからねっ」
ウインクひとつしてドアを閉めると、残された弥紗は口をパクパクさせながら、言いかけた言葉を飲み込んで立ち尽くしていた。
「公平のために、絢姉にも知らせておこうっと」
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