【弥紗】最後の唄
修理したバイクに乗って北へ向かうと、白い霧がだんだんと道路を覆っていった。
バイクの姿が、時おり霧の中に消えては現れる。
「すごい霧だね、これ危ないんじゃない?」
弥紗は画面を見つめながら、不安そうに言った。
:現実だったら、すぐに停車したほうがいい
:こんな濃霧の中でバイクに乗るなんて、自殺行為だよ
「そうだね」
弥紗は一旦バイクを止めて、待ってみた。
「何も起こらないね」
:進もう
:事故りそう
「進むしかないか」
もう一度、弥紗はバイクを前に進んでみた。
「霧、濃くなってきてない?」
だが、もう手遅れだった。白い霧は画面全体を覆い尽くした。
「終わった……もうダメだ……」
弥紗は絶望の声を上げた。
:やられたか!?
:もう終わりだ……
霧が晴れると、主人公ムウはいつの間にか一人で白く長い廊下に立っていた。
下を見れば、手にはライフルを持ち、体にはオリーブ色のコートを着ている。
「これは……どういうこと?」
弥紗とムウは同時に疑問を口にした。
:幻覚?
:まさか今流行りの異世界転生!?
本当に訳が分からないプレイヤー弥紗とは違い、ゲームの主人公ムウは直感的にすべきことを分かっているようだった。
「博士を探しに行かないと。今ごろ研究室で待ってるはずだ」
「博士?知らない人だ」
状況が全く分からない弥紗は、とりあえず主人公を操作して廊下の先へと進ませた。
そこには鋼鉄製の自動ドアがあり、右上には「第三実験室」と書かれていた。
IDカードを読み取らせると、無言でドアが開いた。
部屋の中には、白衣を着た中年の男性と、ムウが見たこともない機械類が多数置かれていた。
男は机の前に座り、コンピューターを操作している。
ムウは白衣の中年男性に敬礼して言った。
「博士」
男性が振り返ると、やややつれた顔に青い無精髭が見えた。何日も剃っていないようだ。
ムウを見て、男性が嬉しそうに顔を綻ばせる。
「おお、来てくれたか」
「博士、今日はどんなご用件でしょうか?」
「ははっ、そんな大げさな話じゃないよ」
博士は手をひらひらと振り、立ち上がった。
「ちょっと君に頼みたいことがあるだけだ」
「なんでしょうか?」
「私には娘がいるんだ。もし機会があれば、彼女と友達になってやってくれないか?」
「光栄ですが……なぜ私なのですか?」
ムウは疑問に思った。普通、友達になるなら同年代の方が自然なはずだ。
「たしかに、少し変な頼みだ」
弥紗も頭を傾げた。
:……友達?
:それっておいしいの?
「なに、みんな、友達いないの?」
弥紗は少し呆れた様子で言った。
:ニナちゃん、もしかして……
:裏切りですか?
「もちろんあるよ! すっごく仲のいい親友がいるんだから!」
弥紗は誇らしげに言った。
:ほう
:詳しく知りたい
:たぶん美人なんだろうな
「もちろん、彼女はね……って、あ、あぶない。もう少しで口を滑らせるところだった。
この話はやめて、ゲームに集中しよ」
:ちぇっ
:また失敗か……
実際、弥紗は普段の雑談でも、よくその親友の話をしている。曰く、「頭が良くて、美人で、優しい完璧な子」だそうだ。
場面は戻り、ふたりの会話が続く。
「君は、たしか妹がいると言っていたね」
「はい」
「うちの娘はちょっと……まあ、特殊なんだ。とにかく、機会があればよろしく頼むよ」
「わかりました」
博士は腕時計をちらりと見た。
「そろそろ時間だ。君にもう一つお願いがある」
「はい、何なりと」
「私のオフィスに行って、ある物を取ってきてくれないか」
「了解しました」
ムウは研究室を後にし、指示に従って博士のオフィスへと向かった。
そこに、彼は金髪の少女に出会えた。
少女はギターを抱えて、静かに演奏していた。
「え?」
ムウはドアの前に立ち尽くした。
「これってミュウちゃんじゃない?どういうこと?」
弥紗はさらに混乱していた。
「君は……?」
ムウは相手に見覚えがあるような気がして、不思議そうに尋ねた。
金髪の少女は声に反応して顔を上げ、ムウだと分かると微笑みながら口を動かしたが、声は出なかった。
ただはっきり少女の唇の動きがよく見える。
白い光が画面を覆い、その後、聞き覚えのある声が聞こえた。
「ムウ、ムウ! 大丈夫?」
ムウが我に返ると、自分はまだバイクにまたがっていた。
しかし、いつの間にかエンジンは止まっており、道の真ん中で立ち止まっていた。
「……ミュウ?」
「さっき急に動かなくなったから、びっくりしたよ」
「えっ? 君、白い霧見なかったの?」
「霧? なんの話?見てないけど」
「ああ、大丈夫。たぶん……夢を見ていたみたいだ」
「夢?急に、ムウは疲れてるの?」
「いや……、大丈夫だ。それより、目的地までもう少しだ。行こう」
「もうすぐ着くの?」
「うん」
ムウはうなずいた。なぜだか確信していた。
空気は湿り気を帯び、かすかに波の音が聞こえてきた。
「先のは、全部夢ってこと?」
弥紗はますます混乱した。
:そうみたい
:記憶かもしれない
「それって、ムウとミュウの出会いはすべて博士に仕組まれた?じゃあ、博士はどうなっちゃったの?」
コメントと考察を少し話して、弥紗はストーリーを続くことを決めた。
「うーん、とりあえず進もう」
そして、目の前に広がる果てしない蒼白の海。
海と空とが、境目を失い、ひとつに溶け合っていた。
「綺麗~」
弥紗は画面を見つめて、感動した。
:海だ……
:きれい
「ここが世界の果てなのかな……」
ミュウは海を見つめながら、呟くように言った。
「うん。ここが目的地のはずだよ」
そして、エンディングを告げる歌が静かに流れ始めた。
エンディングのクレジットがスクリーンで映し出される。
「えっ、これで終わり?気になることまたいっぱいあるけど、博士は?」
弥紗は少し物足りなさを感じて、また色んな謎が残っていた。
:何か条件を満たしてなかったのかな?
:クリアおめでとう!
「ありがとう。うーん……条件か、あと調べてみるね。もし別のエンディングがあるなら、動画にするか、配信でやってみようかな」
:了解です
:別のエンディングありそうね
「それじゃ、今日はこのへんで。おやすみなさ〜い」
:おやすみ~
:またね~
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